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救出【リオン】
しおりを挟む怒りや苛立ち、呆れなんて言葉では済まないこの感情をどうすればいいんだ?
セシルが王都の騎士団に入団して半年あまり。言葉を交わすようになって、まだ半月やそこらでしかない。けれどこの数日の間にどれほど孤独な生まれだったか、それなのに信じられないぐらいに素直で、誠実な奴なのかを知った。
侯爵家の養子となったボクは今でこそ爵位持ちだけど、元は平民。貧しい下町の生まれだ。
必死に生きても搾取され、虐げられる者の苦しみは嫌と言うほど知っている。一生懸命な奴を見殺しにするヤツは、殺しても殺したりない。
「リオン、今は熱くなるな」
「ダニエル……」
片翼に肩を叩かれ、ボクは一つ息を吸う。
今は一刻も早く魔物に捕らわれたセシルを救出し、この迷宮から連れ出すことだ。
「防御や回復、解毒魔法が得意な者は?」
「僕が」
申し出たのは、先の祝典でお菓子を差し入れした第四騎士団に所属するベン・オーダムだ。
「よし、魔物を天井から剥がし落とす。同時にセシルを捕らえている触手に氷結魔法をかけるが、彼にも影響が及ぶだろう」
「ピンポイントで耐寒魔法ですね」
「触手への特攻は俺たちが」
ダニエルがエヴァン様と声を掛け合う。
生まれる前から一緒の二人だ。彼ら以上に息の合う者はいないだろう。
「リオン様たちに降りかかる触手は、私たちで対処します」
ベンと同じ第四のアリスター・フォレットと第五のバーナビー・ウィルビーが、片翼の騎士たちと共に声を上げた。互いのポジションが決まれば行動するのみ。
周囲に明りを灯し、足場を照らす。
触手の魔物はこちらに気づき動き始めるが、まだ様子を伺っているのか動きが鈍い。
捕らえられたセシルは気を失っているようだ。
ダニエルとエヴァン様が剣を抜いた。
ボクは魔法の詠唱を始める。
正直、ピンポイントを狙う攻撃魔法は得意じゃない。派手に相手をまる焦げにする方が魔力も神経も使わない。
以前ダニエルに、「リオンは普段、隠密行動が得意なクセに、攻撃魔法は派手なのな」と笑って言われたことがあった。
一番怖いのは人間だ。どんな裏の手を使ってくるか分からない。
人間には慎重にもなるが、対魔物は手加減が要らない。さっさと倒して帰るに限る。
そうだ、こんなやつ、さっさと倒して帰ろうぜ。
「行くぞ!」
最初の氷結魔法が天井や壁に張り付いていた触手を凍らせ、自重で落とす。
たが相手はその程度でダメージを受けるようなヤツじゃない。直ぐにボクたちに向かって攻撃の触手を伸ばし始めた。それをアリスターやバーナビーが片翼の騎士たちと共に凍らせ、たたき割っていく。
アシュクロフト兄弟が特攻するタイミングで、セシルを捕らえる触手に魔法を叩きつけた。
隣ではベンが、間髪入れずに耐寒魔法でサポートする。
全てが見事にかみ合った連携技。
一人でも呼吸を外せば大怪我を負う。
こんな戦いで、かすり傷ひとつだって負いたくない。
「はぁぁああ!」
真っ直ぐセシルに向かう兄を援護する形で、ダニエルが剣を振るう。
襲い掛かる触手。
追撃にもアリスターやバーナビーは的確に凍らせ、ベンは兄弟にも耐寒魔法の防御を追加する。爵位持ちではない商家の息子と陰口を言うヤツもいるが、ベンの実力は本物だ。
「セシル!」
からめ取る触手を剣で砕き、ぐったりとしたセシルにエヴァン様が声を上げた。
剣を収め担ぎ上げる兄を手助けしながら、ダニエルがボクに合図を送る。
「皆、ボクの周囲に集まって!」
どれほど繰り返し氷結の魔法をかけ触手を砕いたとしても、息の根を止めることはできない。
セシルを抱きかかえたエヴァン様とダニエルがボクの後ろにまで戻ったのを見て、唇の端を上げた。
「ヤツを消し炭にするよ。火炎防御魔法を三重で」
「はっ!」
アリスターたち三人が耐熱防御魔法の詠唱を始める。
ボクは、特大の火炎魔法を唱え始めた。
触手の魔物が慌てたように動くが、このボクに捕捉されたなら逃げられないよ。どでかい魔法の衝撃は他の隊や地上の本陣にも届くだろうけど、かまうもんか。
こそこそと逃げ回っているモーガンも、気づかないでは済まないだろう。
灼熱の火炎が放たれ、派手な轟音と衝撃波が迷宮を揺るがす。
いかに防御に特化した魔物だろうと、この炎の前では羽虫のようなものだ。
瞬く間に灰になり消えていった魔物を前に、ボクはふんと鼻息をついた。
数拍の間を置いて、アリスターは再び明りを灯し風の魔法で新鮮な空気を呼び込む。周囲の状況を瞬時に把握して対処する臨機応変さは、さすがフォレット侯爵令息と呼ばれるだけある。
「セシル、セシル……」
腕に抱きながら、軽く頬を叩くエヴァン様。
セシルは眉を歪ませるが意識は戻らない。ひとまず、息があるだけよかった。
様子を見たアリスターが仲間に呼びかける。
「触手の魔物は、特殊な麻痺毒をで捕らえた者の動きを封じます。まずは解毒を」
「うん!」
頷いたベンが解毒魔法をかける。
と、それに反応してセシルが大きく咳込んだ。体をうつ伏せにして、嘔吐しようとするが胃に何も入っていないのだろう、えづくばかりで何も吐き出せない。
その震える背を、エヴァン様は抱きかかえながらさすって声をかける。
「セシル……」
「かはっ、は、ぁあ……」
通常、これだけの解毒魔法を施せば、多少は回復して意識を取り戻すはずだ。けれど……何かおかしい。
その異変にダニエルも気づいたみたいだ。
「リオン、これ……ヤバいんじゃないか?」
「うん……」
セシルはモーガンの手によって、繰り返し違法な媚薬を使われていた。
薬によっては魔物の体液の毒と合わさり、思いがけない副作用をもたらすことがある。解毒魔法で効果が出ないということは、既に中毒となるほど媚薬の成分がセシルを蝕んでいる。
そうなれば神殿の神官による神聖魔法か、以前、エヴァン様がセシルに渡したという超特級の魔法薬ぐらいしか対処方法がない。
高価な魔法薬をセシルが持ち歩いているとは思えない。
とはいえこのままでは、神殿に着くまでセシルの体が持たない。
応急処置の方法も、無いわけじゃない……が。
同じ答えに行き着いたのか、ダニエルがボクを見て頷いた。
「エヴァン、話がある」
ダニエルが声をかけた。
何か重要な話と察したエヴァン様は、セシルをいったんベンたち預け、魔物が消し炭になった空洞の奥へと二人で移動した。
……他に方法がないとはいえ、これはセシルにとって辛すぎるかもしれない。
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