冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
1 / 281
第一章 冒険者に拾われた僕

01 生き延びなさい

しおりを挟む
 


 樹々の焼ける匂いがする。
 逃げ惑う人の中で僕を抱きかかえた父さまから血の匂いがして、僕は必死にシャツを握りしめていた。一度後ろを振り返った母さまが、「もぅ、これ以上は……」と声を漏らす。
 父さまがよろめいて、抱き上げられていた僕は枯草の上に投げ出された。

「あなた! サムエル、大丈夫?」
「ぼ、ぼくは……平気……」

 肩で大きく呼吸を繰り返す、父さまの顔が苦しそうに歪んだ。
 背中には刺さったままの矢が何本も見える。

「僕、走るよ! 自分で!」
「……いや……」

 血に濡れた銀糸の髪の向こうから、濃い紫の瞳が僕を見つめた。

「隠れるんだ……サムエル」
「でも……」
「奴らはどこまでも追って来る。子供をさらって他は皆殺しにするつもりだ」

 少し離れた場所にも、息絶えた親子がいた。
 子供の背格好は僕と同じくらい……あれは、リボルおじさんとレオだ。開いた瞳が白く濁り始めている。僕の顔が恐怖に引きつる。母様の方を見ると、苦し気な表情で頷いた。
 母様の金の髪にも血はついていて、淡い水色の瞳から涙が溢れる。

「すぐそこのオークの根元にあるうろに身を隠しなさい。よく隠れんぼで使っていたでしょう?」

 僕がどこに隠れていても、父さまと母さまは直ぐに僕を見つけてしまう。魔法が使える父さまは森の樹々の声を聴くことができて、だから、僕の隠れ場所は全部すぐにバレてしまうんだって……。
 僕はいやいやをするように首を横に振る。

「あの洞は小さいから僕しか入れないよ! 父さまも母さまも一緒に隠れるなんて、できない!」
「あなた一人だけ、隠れるのです」

 母さまは毅然きぜんとした声で言った。

「危険が去るまで、そこでじっとしているのです。あの者たちが去ったなら、森を出なさい。サムエルの名前は捨てるのです」
「どういう……こと?」
「この森のことも何もかも忘れ、誰にも語らず、生きていくのです」

 母さまの手のひらが僕の頬を包む。

「大丈夫、あなたは強い。精霊の加護もある」
「嫌だ……」
「生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのですよ」

 僕の腕を取り、オークの根元にある洞へと僕を連れて行く。僕一人がぴったりとおさまる大きさの穴に押し込められると、後ろから父さまが呪文を唱えた。と同時に目の前に見えない壁ができて、僕は洞から出られなくなる。

「嫌だ! 置いて行かないで! 父さま! 母さま!」

 見えない壁をどれほど叩いてもびくともしない。僕は解除の呪文を唱えるが、父さまの魔法の方が強くて壁は消えてくれない。
 母さまはリボルおじさんに「ごめんなさい」と呟いて、死んだレオをまるで自分の子供のように抱きかかえると、よろめく父さまに肩を貸す。そしてもう一度だけ僕の方を振り向いてから、父さまと一緒に森の奥へと歩き始めた。

「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! 僕も連れて行って!」

 悲鳴のよう叫ぶ僕の声は聞こえているはずだ。
 それなのに、もう父さまも母さまも僕の方を振り向いてくれなかった。どんどん小さくなっていく二人の後ろ姿を見つめながら、僕は声が嗄れるまで叫び続ける。

「お願い、僕も……連れて行って……一人に、しないで……」

 森の樹々が焼かれていく。
 父さまの魔法の守りで、僕に炎の熱は届かない。だから、目の前の光景はまるで夢の中のように見えた。
 昨日まで、平和で幸せな毎日だったんだ。
 レオと魚釣りの競争をしたり、木登りをしたり、楽しいことばかりだった。母さまから歌を教えてもらって、父さまからは弓矢を習った。八歳の僕にはまだ難しくて、ウサギ一匹捕まえることが出来なかったけれど。

 それなのに……。

 突然森の奥に現れた盗賊たちは、小さな村を焼いて片っ端から奪い始めた。父さんたちは魔法や弓矢で応戦したけれど、一人、また一人と殺されていった。
 老人や子供を含めて、十数人がひっそりと暮らす小さな集落だ。
 皆、やられてしまうのはあっという間だった。

 夜になり、夜が明けて、陽が西に傾く頃になってやっと父さまの魔法は消えた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...