冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
23 / 281
第一章 冒険者に拾われた僕

23 アラン・傷物

しおりを挟む
 


 以前、マイナ村に訪れた時も、村人が使う湯屋はあった。
 この辺りは湧き水が豊富で、場所によって温泉になっている。ただ熱い湯ではないから夏はぬるいまま、寒い季節は薪を焚いて湯にするが、そうそう毎日沸かしていられない。燃料の薪が豊富に無いからだ。
 村人はたいてい、冬でもぬる湯ままの利用するらしい。
 残り湯だろうがこうして焚き直した湯を使えるのは、幸運としか言えない。

「すごーい、ひろーい」

 肌をさらすことに躊躇ちゅうちょが無いのか、サシャは脱衣室で衣服を脱ぎ捨てると、高い場所に窓を設けた浴室へと駆けていった。
 傷一つないなめらかな肌は、まるで清流を行く白い魚のようだ。髪色だけが濁った苔色になっているが、銀のままだったなら夢のように美しい姿だっだろう。

 そう、想像して、俺は一体何を考えているんだと視線を逸らす。

「サシャ、走るな、転ぶぞ」
「アランも早くー」

 浴槽は湯が湧く泉の周囲を、木や石で囲った簡単なものだ。一部に湯を引く太い管が設置され、浴場の外に繋がっている。外にはお湯を沸かして戻す窯があるのだ。そこで昔、湯の番をした記憶がある。
 だが、浴槽を囲む建物はここまで立派ではなかった。
 中に入ったのは初めてだが、小屋はここ数年の内に新しく建て直されたのだろう。まだ新しい木の匂いがしている。

「サシャ、先ずは身体を洗え」
「うんっ! ねぇ、何かいい匂いの瓶が置いてあるよ」
「先に使った小隊が置いて行った水石鹸だな」

 一つを手に取る。

「こいつはいい。王室御用達の品じゃねぇか。置いてあるってことは、使っちまってもいいだろう」

 そう呟いて水石鹸を手にたらし、何だろうと顔を覗き込んできたサシャの頭を濡らして豪快に洗う。サシャは大騒ぎだ。

「もっとやさしくやってよぉ!」
「あぁ? 水だけじゃ落ちなかった垢や埃や血のりを洗ってやってんだぞ。感謝しろよな! ほら、石鹸しみるから目は閉じとけ」
「だーかーらー、やさしくして!」
「優しくしてたら落ちねぇだろうが」
「ゆっくり丁寧でも汚れは落ちるってば」
「注文のうるせぇヤツだ」

 わしわしと爪を立てないようにして、ゆっくり髪を洗う。サシャは目を瞑って笑い声を上げている。ったく、口に石鹸が入るだろうが。何がそんなに楽しいんだ。

「せっかく染めた髪、元に戻ってない?」
「アオニ草はそう簡単に落ちねぇよ。けど直ぐにまた伸びて来るから、毎日にちょっとずつでも染めとけよ」
「うん。目立つ姿になって、盗賊に見つからったら大変だもんね」

 サシャは嫌がらずにいうことを聞いている。
 盗賊だけじゃなく、誰の目にも目立つ姿は後々厄介事を招くことになるのだが、本人が気を使っているのならそれでいい。

 ……それにしても、本当に傷一つない綺麗な身体だ。
 両親や周囲の者たちに、大切に育てられてきたのだということがよく分かる。手の中の宝石のように、慈しまれてきたのだろう。

 ――俺とは……正反対だ。

 一通り髪を洗うと石鹸を流す前に手を離した。

「残った石鹸で身体も洗っとけ」
「うん。ねぇ、今度は僕がアランを洗うよ!」
「俺は自分で洗える」
「えぇー、洗ってあげるよ」

 そう言って俺の真似をするように水石鹸を手に取り、後ろ髪の中にわしゃわしゃと指を入れる。洗うというより、くすぐってるんじゃないか、っていうぐらいの力加減だ。

「そんな力じゃ、汚れは落ちねぇなぁ」
「やさしくしてあげているんだよ!」

 ムキになって答える。
 そしてふと、指の動きが止まった。

「どうした?」
「うん……」

 急に暗い声だ。ちら、と振り向くとサシャは俺の背中を見つめていた。

「本当に……傷、いっぱいなんだね」

 背中に残る幾筋もの傷痕を、手のひらでそっと撫でる。
 俺は苦笑するように鼻を鳴らした。

「俺が戦ってきた勲章だ」
「勲章じゃなくて傷痕だよ。痛そう……」
「もう、痛くなんかねぇよ。心配するな」
「うん……」

 優しく撫でるように背中を洗う。
 何故だろう。
 背中は痛くないのに、心臓のあたりが、ぎゅう、ときしんだ。 
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

処理中です...