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第一章 冒険者に拾われた僕
37 アーシュ・精霊の怒り
しおりを挟む葉が落ちて、枝ばかりになった森が目の前に広がる。
日々、秋が深まる季節ではあっても、まだ紅葉が始まったばかりだというのに、その森の葉は全て落ち着くし骨のような枝を空に向けていた。
「これはいったい……」
馬から下りた私は、思わず呟いていた。
私に精霊の言葉を解する能力は無い。だが、それでも目の前の森の姿が異常であることは感じ取れた。
「バルツァーレク公爵閣下!」
先行して森の調査をしていた数人が、私たちの到着に駆け寄ってきた。
我が公爵家を支えるベルタ・シュクラバル侯爵当主と、私の学友であり隣国の公爵令息であるハヴェル・ラシュトフカ。数人の従者たち。そしてこの森の様子をよく知るマイナ村の狩人だ。
ハヴェルは龍の一族だ。蒼黒い髪をゆるく束ねた頭の両端に、後ろに向かって伸びた同じ色合いの角を持つ。公爵家の四男で王位継承権は低いが、大気の精霊の声を聴き取る力にかんしては、群を抜いた力を持っていた。
「遠路を、御足労頂きました」
「ベルタ卿、これは一体どういうことだ」
労いの言葉もそこそこに、父上はシュクラバル侯爵様に問いかけた。
まるで死の森だ。
この森だけ既に、冬の最中にあるような。
父上にの問い答えたのは、マイナ村の狩人だった。
「森が、死にましてございます」
「どういうことか説明せよ」
「この彷徨いの森は、緑が豊かで獣も多く狩りに一番の森でした。ですが森の奥には精霊に護られた森の民が住まい、決して近づくことを許されていません。強力な結界で守られ、招かれた者しかたどり着くことができないのです……」
狩人は信じられないと言うように顔を一度皺だらけの手でこすってから、言葉を続けた。
「その結界が破壊され、蹂躙されてございます」
「魔物に寄ってか?」
「わかりません」
「どういうことだ?」
我が友、ハヴェルが答える。
「森がすべての真実を、落とした木葉の下に隠してしまいました」
「森の樹々が?」
「はい、森は怒りに満ちています。言葉にすることもできない残虐な行いに、精霊たちは生きるもの全てを拒絶しています。事の次第を見ていたであろう天を司る大気の精に問いましても、我々に語るものは無いと」
父上を、そして兄上と私を見つめ、厳しい表情で言葉を結んだ。
「龍族の血を継ぐ私にすら、応えて頂けません」
それは……世界を司る精霊たちの加護を失った……ということではないだろうか。
この世に生を受けて十一年。まだ私は幼く、世の理を知るとは到底口にできないほどの若輩だ。そんな私であっても、この森の荒涼とした姿が、我がバラーシュ王国の未来のように見え震えがきた。
「父上、兄上、調べましょう。ここで何があったのか。調べ、陛下にご報告し、過ちがあったのでしたら直ぐに正し、精霊たちに許しを乞うのです」
「アーシュ」
「これはいけません。いけないことがあった。このままでは、森の怒りが国中に広まってしまう……」
私に精霊たちの声を聴く力は無い。
だが、直感的に思ったのだ。
決して手を出してはいけないものに手を出し、あまつさえ穢した。破壊した。精霊の怒りを止めることは誰もできない。たった一人、精霊の加護を受けた、我が国王を除いては。
そう思い震える私の肩に兄上はそっと手を置き、森を見据えた。
「アーシュ、怯えるだけでは何もできない。精霊が何も言いたくないというのならば、我らの力だけで立ち向わねば。むしろ精霊は、我々を試しているのかもしれない」
「兄上……」
「この地を蹂躙した魔物を探しだし、見事、討ち滅ぼしてみせよと」
私はもう一度、荒涼しとた森を見つめた。
魔物の多くは、人ばかりでなく大地に生きるもの全てに害をなす。邪竜のように、国すら簡単に亡ぼす物もいる。
だが龍族のように、魔の力を持ちながらも人や獣、大地と共に暮らし加護を受ける者たちもいる。ただ魔物が暴れたというだけで、精霊たちはお怒りになるのだろうか。
精霊はなぜ、何も語ってくれないのか……。
今、この場で思い悩んだところで、答えは見つからない。ならば、行動あるのみだ。
「かしこまりました。私は、魔物を討ってまいります」
「アーシュ」
「この王国に害なす魔物はすべて」
「うむ、それでこそバルツァーレク公爵家に相応しい」
ぽんぽんと私の肩を叩いてから、我々は枯れた森へと入って行った。
オティーリエ王女のご遺体をはじめ、何らかの痕跡を見つけることができないか。我々にできることは無いかと。
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