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第二章 冒険者ギルド
60 クレメント・公爵の遠征
しおりを挟むアランの警戒に、俺も周囲視線を巡らせる。
飯屋の客の入りは変わっていない。酒を飲みつつ、給仕の女たちをからかう常連が数人と、腹が満たされて居眠りをしている冒険者が遠くの席にいる。
俺たちの話に聞き耳を立てている者もいないし、盗聴の魔法を使われている気配も無い。
下手に席を移るより、このまま話をしていた方が自然だろう。
「冒険者として何かひどく引っかかる、ってやつだ」
俺が続きを促すように頷いたのを見て、アランは声を潜めたまま言った。
「二ヶ月と少し前、俺とサシャはモルナシス大森林の方から平原を抜けて、マイナ村を通って来た。そこで公爵らの小隊を見た」
「公爵?」
「バルツァーレク公だ。ご当主と二人の子息を連れていた」
ひゅっ、と息を吸う。
当主は現国王の弟、ヤクプ・バルツァーレク公爵だ。二人の子息……ということは、今年成人して騎士となったカエターン様と、七歳年下になるザハリアーシュ様か。
それにしても……。
「なんだってそんな辺境まで」
「魔物退治だそうだ」
「遠征訓練……にしては、遠すぎるな」
「ああ、国王軍直属の小隊を駆り出さなければならないような魔物が出現したのだろう。だが……公爵ら一行は、マイナ村で湯あみをして向かわれた」
「はぁ? なんだそりゃ」
思わず声が大きくなりそうになるのを抑える。
俺の不審にアランは口の端だけ上げて笑った。冒険者なら誰でも「なんだそりゃ」になるような話だ。
「クレメント。魔物討伐なら、一刻を争うはずだよな?」
「当然だ。討伐は時間との戦いだ。夜を徹して現地に向かうのが鉄則。まさか公爵が、そんなことも知らないとは思えないが……本当に魔物討伐だったのか?」
俺の問いに、アランが答える。
「現地で隊に同行しないかと、ザハリアーシュ様に声を掛けられた。サシャもいたから丁重にお断りしたが。少なくともご子息は魔物を討伐するつもりでいた」
「ご子息には本当の討伐だと言って、実戦さながらの訓練だったとか」
「大平原を越えて、モルナシス大森林までか? いくらなんでも王都から遠すぎる」
確かに遠い。
人の足なら王都まで三ヶ月はかかる。馬での移動ならもっと早いだろうが、だとしても、間もなく年始の祭事が行われるだろうこの季節に、そんな遠くまで遠征訓練に出るのもおかしい。
わざわざ公爵が足を運ばなければならない、理由があったということだ。
「大平原を渡っていて、魔物の気配は?」
「全くなかったワケじゃないが俺一人でどうにか出来る程度の物だ。それどころか魔獣や野獣にすら遭遇せずに来た」
「既に魔物を倒した後始末に向われたとか?」
「公爵自ら、か? 少なくともザハリアーシュ様の口調では、これから魔物を探すような話しぶりだった。小さな異変でもいいから見聞きしたものは無いか? ってな」
俺は唸るように声を漏らした。
バラーシュ王国の北東にあるクバリ大平原を越え、広大な大森林の更に向うには亡国となったモルナールがある。かの地から魔物が流れ込んで来るのは、周知のことだ。
だからこそ腕に自信のある冒険者は、魔物の狩場として挑む者も少なくないが、近年は魔物の出現が減ったと聞いている。
「そう言えば……十年ほど前に、クバリ地方で精霊召喚の儀式があったな」
「んん……? 覚えがないな」
十年前と言えばアランはまだ六歳程度だ。
知らなくても不思議ではない。
「そうだ。あまり世間では知られていないが、王家が主動となって、モルナールからの魔物侵入を阻止する祭事があったはずだ。当時、冒険者仲間で噂になっていた。魔物が減れば地域住民の被害は減るが、魔石は採れなくなるからな」
事実、それ以降、クバリ周辺では凶悪な魔物の出現は激減している。
「確か……陛下のご息女、オティーリエ王女が祭事を執り行ったと聞いた。その後、王女は隣国に嫁いだらしいが……どこの国だったかな。ご成婚のお祝いも無くお触れだけが流れたものだから、王女は祭事の生贄になったのでは……なんて噂が流れたほどだ」
「祭事の……生贄……」
アランが呟いた。
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