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第二章 冒険者ギルド
66 悲しい
しおりを挟む三階の宿の部屋に駆け込んで、僕はそのままベッドの中に飛び込んだ。
分からない。一体、何が起ったのか分からない。
マロシュと呼ばれる獣人のお兄さんに挨拶されて、少し話しをした。僕が熱を出したこと。そのせいでアランにすごく迷惑をかけたこと。そのことを直接責められたわけじゃない……と思う。
なのにすごく、自分が悪いことをしていたような気持ちになった。
皆は辛いことがあっても我慢してるのに、僕はただワガママを言っているだけの迷惑な子供で。アランを振り回して楽しんでいると思われていて。
そんな僕がアランの側に居ることでマロシュを泣かした。
僕に力ないことは、アランと出会う前から分かっていたことだ。
何もできないから盗賊に村が襲われても、逃げることしかできなかった。父さまも母さまも死んでしまった。僕はただ泣いて森を出て、出会ったアランに守られてここまで来たんだ。
分かってる。
だから出来ることがあれば、僕は何でもやろうと思って頑張っていた。
「うぇぇぇ……」
訳が分からない。ただ悲しい。
僕に力がなくて子供だということが悲しい。ずっと僕を守ってここまで連れて来てくれて、今は二人で暮らす家まで用意してくれている。そんなアランに何も返せるものが無い、ちっぽけな自分が悲しい。
守られるだけでしかない自分が嫌だ。
「えぇぇ……うぇぇ、うぁああぁ……」
次から次へと涙があふれて来る。
頭から毛布を被って、泣かないように我慢しようとしても止められない。心の中がぐちゃぐちゃになったような感じがして、どうしていいのか分からない。
ただ、悲しくて、悲しくてしかたがない。
「ア、アラン……アラン……」
枕に顔を押し付けながら、アランの名前を呼ぶ。
何もできない僕のせいで、父さまや母さまのようにアランも死んじゃったらどうしよう。アランは凄く強くて魔物も一人で倒せるぐらいだけれど、父さまだって強かった。強かったのに何本も弓矢を受けたのは、僕を守ろうとしたからだ。
アランも……僕が側にいたら逃げられないかも知れない。
ものすごくたくさんの盗賊に襲われたら、死んじゃうかもしれない。
「嫌だよぉ……ぅぁああ……ぁ、あぁ……」
血だらけで冷たくなった父さまと母さまを思い出す。
瞳が白く濁ったリボルおじさんと友達のレオを思い出す。
人が死んでしまったらどんな姿になるのか知っている。もう、あんな姿を見るのは嫌だ。アランがあんな姿になるのは嫌だ。
アランのやりたいこと、出来なくなって困らせるのも嫌だ。
喉が嗄れるぐらいたくさん泣いて、僕はいつの間にか眠ってしまった。
ふと、人の気配がして顔を上げようとしたら優しく肩をゆすられた。頭から被っていた毛布からもぞりと頭を上げる。夕暮れ時の薄暗い部屋に明かりが灯っていて、アランが……僕の顔を覗き込んでいた。
「サシャ? 大丈夫か?」
「アラン……」
顔を見たとたんに安心して、また涙があふれて来た。
甘えちゃいけない。心配かけちゃいけない。迷惑……かけちゃいけない。
そう思っても、アランの顔を見たとたんに自分の気持ちを抑えきれなくなる。枕がびしょびしょになるぐらいたくさん泣いたのに、喉もカラカラで目も熱いのに止まらない。
「どうした? 何があった?」
僕が答える前に抱きかかえる。
こんな小さな子供みたいなことをしてもらう前に、何でもない、って言わなくちゃ。なのに僕はふるふると首を横に振ることしかできない。
「怖い夢でも見たか?」
「ち……がう……」
「なんだよ、寂しかったのか?」
アランが苦笑いするみたいな声で言う。
僕はまた首を横に振ろうとしたけれど、背中をぽんぽんと軽く叩かれるのが嬉しくて、ぎゅっと抱きついてしまった。
「うぇぇ……アラン……」
「しょうがないなぁ。ちゃんと夕方までに帰って来ただろ? ん?」
少し身体を離して僕の顔を覗き込む。
アランの金色の瞳がすごく優しい。それが嬉しくて、同時に何故か悲しくて、僕はぱたぱたと涙をこぼす。その頬の涙をアランの唇がすくい取って、ふ、と軽く笑った。
僕はびっくりして目を見開く。
「泣いた顔もカワイイな」
「か、かわいくないもん!」
「ははは、そうか? 怒った顔もカワイイ」
「怒ってない!」
「そうかそうか」
何故かアランはご機嫌で、僕を抱き上げたまま耳元で囁く。
「もう俺は帰って来たんだら、元気だせ」
こくり、と小さく頷いた。
そして僕は心の中で「ごめんなさい」と呟く。早く大人になるから。迷惑かけないぐらい強くなるから、だから今は悪い子でごめんなさいと謝った。
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