冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

文字の大きさ
72 / 281
第二章 冒険者ギルド

72 アーシュ・運命の一瞬

しおりを挟む
 


 モルナシス大森林で衝撃的な現実を目の当たりにしたのは、二ヶ月ほど前。数日の捜索の後何の収穫も無いまま、我が父、ヤクプ・バルツァーレク公爵を筆頭に、小隊は王都への帰還のいた。
 途中、何体かの魔物に遭遇したが、兵たちの迅速な対応で全て撃退。損害は一切ない。
 正直……私と兄カエターン、そして親友ハヴェルの三人でも事足りるほどの戦闘ばかりである。これほど多くの兵を必要とすることなど、何も無かった。

 だが問題は、魔物討伐の有無ではない。

 国王陛下のご息女、オティーリエ王女が人知れず嫁がれたとする、いにしえの技を伝える一族――エルフ族の末裔の村が魔物に襲撃され、精霊たちは怒りの元に全てを覆い隠してしまった。
 王女並びに夫となったフベルト様のご遺体を見つけ出すことも叶わず、私たちは陛下になんら心お慰めする言葉を持たずに馬上にいる。

 それでも、通りゆく町や村々で、私たちは民に歓迎された。
 今年、兄上がご成人され騎士となられたこともあったのかもしれない。人々の生活を脅かす魔物を討伐するため、公爵自ら兵を出す、という事実も安心の元となったのだろう。
 龍族の立派な角をこうべに持つハヴェルが、並ぶ馬上からそっと声を掛けて来た。

「アーシュ、そんな顔をするな」
「ハヴェル」
「民は我らの姿に希望を見る。その象徴が浮かない顔では、国は災厄に見回れるのでは……と不安に思うだろう。その不安はやがて更なる魔物を呼ぶかもしれぬ」
「うむ」

 私は背筋を伸ばした。
 不安や焦りは私のからだの中を満たし、今や溢れるほどになっている。だがそれを決して民に悟らせてはいけない。それが陛下を補佐しお守りする公爵家に生まれた者の務めだ。

 ここ、カサルの町でも民は我らを歓迎して、沿道から歓声を送ってくれている。

 カサルは町中に幾つもの川が流れ、各都市の中継となる位置にあるためか交易が盛んだ。人と物が集まる場所には情報も集まり、この国の第二の軍兵ともいえる冒険者ギルドの数も多い。
 マイナ村で出会った、アランなる冒険者もこの都市に籍を置いているやも知れない。
 ふとそんなことを思いながら沿道に視線を向けた時、背の高い灰髪の男性に抱え上げられいた子供の姿があった。

 風が流れ、苔色がかった茶色い髪がふわりと舞う。
 と同時に前髪に隠れていた顔が顕わになった。
 白い肌にふっくらとした頬がばら色に染まっている。小さく愛らしい鼻や口元。何より、やや紫がかった水色の、ぱっちりとした瞳が馬上の私を見上げている。


 ――ほんの一瞬だけ、視線が――合った。


 十歳にもならないような小さな子供が私を見つめ、微笑む。

 息を飲む。

 その瞬間、私の胸が痛むほどに強く高鳴った。

 一目惚れという言葉は、このことを差すのだと理解した。

 だが現実は無常に、溢れる人の波に少年の姿を掻き消してしまった。抱き上げていたのはあの子の父親だろうか。人影に隠れ顔は見えなかった。
 馬の歩みを止めることもできないまま、私は少年の姿を探す。
 そんな私の様子を見て、並ぶハヴェルが声をかけた。

「アーシュ、どうした?」
「今……子供が」
「子供?」
「水色の瞳の少年だ。七歳、いや、八つか九つ程度の年頃だった」
「髪色は?」
「深い苔色がかった茶色だ……」
「なるほど、青い瞳は貴族に多いが、庶民にもいるのだな」

 そう言って前を向く。
 そうか……そうだったのか。釈然しゃくぜんとしないが既に行進はずいぶん先まで進み、少年を見つけた場所がどこだったのかも分からない。今更戻ったところでこの人出では、探し出すことも難しいだろう。
 第一、見つけ出したところでどうすると言うのか。

 一目惚れした。
 この私と王都まで行って欲しい。

 突然そんなことを口にしたところで、少年のご両親が承諾するとは思えない。仮に快諾したとして手元に呼んだとしても、ただ屋敷に囲い愛でるというのか。それではあまりに身勝手過ぎる。
 奴隷ではないのだ。
 いや、奴隷であっても、私一人の願いのために心の自由を奪っていいわけがない。

 私は夢を見たのだ。
 夢のように愛らしい少年の姿を目にして、心を奪われるという。
 そのような白昼夢を見たのだ。

「精霊が見せたまぼろしだったのかもしれない」

 背を伸ばし前を向く。
 少年の姿を忘れることはできないが、王都に戻りやらねばならないことがある。そのことに意識を向けた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...