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第二章 冒険者ギルド
77 アランのことなら何でも知りたい
しおりを挟む屋根裏部屋の掃除を終えたところで、ふと声が聞こえたような気がした。
雪の季節、草花たちの声は小さい。それでも微かに囁くような声に耳を澄ませば、教えてくれる言葉がある。アランが帰って来たよ……と。
「アラン!」
ばっ、と窓に駆け寄って、屋根裏の窓から身を乗り出すように僕は通りを見た。
この家がある辺りは道が複雑で、通りと言っても家や高い庭木や橋に隠れて全てが見通せるわけじゃない。それでも夕暮れの中、シルエットだけでそうと分かる人影を見つけて、僕はホウキを抱えたまま一階まで駆け下りた。
ちょうどそのタイミングで、玄関扉の鍵を開ける音が響く。
「アラン! お帰り!」
「サシャ」
階段脇にホウキを置いて駆け込んだ僕を、片手で抱き上げる。
アランのコートからはらはらと粉雪が落ちて、抱きついた頬や首は冷たい。それでも見つめ返す金色の瞳が優しくて、僕は今日一日一人でいた寂しさが吹き飛んでいった。
僕は草花の無い冬の季節はできるだけ外出をしないで家に居る、ということにしているけれど、冒険者として人気者のアランはそうもいかない。どうしても、とお願いされた依頼を必要最低限、できるだけ一日か二日で帰って来れるものだけを受けていた。
その間、僕は一人でこの家を守っている。
「俺の留守中、何も無かったか?」
「うん。誰も来なかったし、何も無かったよ。あ……でも僕、屋根裏の掃除した。宝箱みたいなの発見したんだ。ロウソクを立てるショクダイ? とか、なんかよくわからないけれど色んな物が入ってた。新年のお祝いの飾り物かな」
「そうか」
勢いよく報告する僕に、アランは僕を下ろしてコートを脱ぐ。
それを受け取って踏み台を使いながらコート掛けにしまうと、荷物を半分持って階段を上る。居間の暖炉の火は、アランに言われた通り少しずつ薪を足して、灰も灰置き場に片づけた。
アランは異常がないことを確かめるみたいに、一度クンッと匂いを嗅いでから、キッチンテーブルに買い出してきた食材を置いた。
「飯は食ったのか?」
「お昼は食べたよ。もうそろそろ帰ってくると思って、スープ作ろうと思ったけど鍋が重くて難しかった」
「無理するな。火傷したら困るからな」
そう言って、僕の頭を撫でる。
それが嬉しくてくすぐったくて、僕は肩をすくめて「えへへ」と笑い返した。
この新しい家に住み始めて半月が経った。あと数日で新しい年になる。
去年の今頃、僕はまだあの森で父さまや母さま、友達のレオや村の人たちと、翌年も変わらない一年が始まるのだと思っていた。
なんでもない毎日が、村での最後の日々になるなんて思いもしないで。
アランが手早く夕食を作り、僕は手のひらを上に向けて光の精霊を呼ぶ。
二人で光が漂う食卓を囲みながら小さな発見を報告する。アランはそんな僕を見つめながら、時々頷いていた。
来年の今頃も、こんなふうにアランと一緒に居られるのだろうか。
「そういえばクレメントたちがさ、昼間サシャが一人で留守番してるならヒマしてるだろうって本をくれたんだが」
食後、いつものように武具の手入れを始めようとしたアランが、古びた本を数冊鞄の中から取り出した。絵本というには文字が多いけど、子ど向けの本みたいだ。
「えぇっと……え、い、ゆう……たちの、ぼ、ぼ?」
旅の途中でお金の使い方と一緒に、いくつか文字を教えてもらった。僕が父さまから習っていた文字は、今この国ではあまり使われない古い時代のもので、だから僕は新しい文字の勉強もしている。
「英雄たちの冒険」
「神様になった五人の英霊たちのこと?」
「そうみたいだな」
ぱらぱらページをめくる。
その横顔を見つめて、僕はアランにたずねた。
「ねぇ……アラン。アランは冒険者のランクアップ試験……受けないの?」
「あぁん?」
「アランが旅から帰ってきたら、皆と、その話をする予定だったんだよね」
「どこの皆だ」
苦笑して見せる。
僕はまだ冒険者ギルドでお世話になっていた時のことを思い出した。あの地下にある食堂の階段口で、冒険者のマロシュに言われた言葉を思い出す。
アランとはたくさんいろんな話をしているのに、自分のことを話すことはとても少ない。才能のある冒険者で皆が頼りにしていて慕われていて、十代で「ランク持ち」になった凄腕なんだってことは知っているけれど。
「アランのランクって、今、どんなの?」
「興味あるのか?」
「うん、アランのことなら何でも知りたい」
マロシュに「本当にアランの肉親なの?」って疑われた時は、ドキッとしたし悲しかった。嘘の家族なんだってことを見透かされたみたいで。
アランはがしがしと頭を掻いてから、「言っておいた方がいいか……」と呟いて話し始めた。
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