79 / 281
第二章 冒険者ギルド
79 アラン・悪夢
しおりを挟む暗い冷たい部屋に、鎖の音が響く。
――これは、夢だ。あの頃の夢をまた……見ている。
そう思うのに身体は自由が利かない。視線を上げと吊り上げられた両腕は鎖で繋がれ、暗い天井まで続いている。ここは地下に備えられた、お仕置き部屋だ。どれほど助けを呼んでも絶対に声は届かない、絶望の部屋……。
湿っぽくて、黴臭い匂いが鼻を突く。
同時に感じるのは、血と肉の腐ったような匂いだ。
頭がガンガンしてくる。
「う……」
呻いて視線を遠くに向けると、部屋の向こうに倒れている者の姿があった。
壁に備え付けられたロウソクの灯り一つでは、誰なのか……顔までは分からない。それでもきっと、同じ奴隷部屋に投げ込まれた誰か……だ。
倒れた者が身じろぎする。
生きているのか。
俺は言葉を上げようとするが、喉は張り付いたように声は出ない。
倒れていた者が俺の方に向いて、虚ろな瞳で俺を見上げる。そして囁く。「助けて」と。俺は駆け寄ろうとするが鎖が鳴るだけでまともに動くことができない。
床に横たわる者はそれでもなお、繰り返す。
「助けて。助けて。助けて。助けて……」
ギチ、ギシ、と鎖の鳴る音が重なる。
叫び、駆け寄り、抱き上げたいのに両手首を噛む鎖は頑丈で、引きちぎることができない。気づけば床に横たわる人は、一人、二人と増えている。
俺に手を伸ばす。
手を伸ばし囁く「助けて……」と。
「今――」
助けてやると声を上げる直前、ビシッ、バシッと背中を裂くような痛みが走った。
空を切る鞭の音。
そして低く笑う、男の声。
「九番……」
髪をわし掴みされてのけ反るように顔を上げさせられた。
髭面の男の臭い息が、耳元から頬をかすめる。
「おめぇは誰も、助けられねぇよ」
「う……」
「お前は……俺の言うことだけを聞いていればいいんだ」
そう言ってまた、背中に鞭を振り落とす。
肌が裂け、熱いものが滴り脇腹を伝って石の床に落ちる。血の匂いが充満していく。
「お前の主は誰だ?」
「……う」
「言え。お前の持ち主は誰だ?」
男は繰り返し囁く。
答えるまで鞭を振り続ける。そこに冷たい液を垂らす。
「あぁぁぁああ!!」
焼けるほどの痛み。頭がおかしくなる。
「九番……お前は誰の命令に従う?」
「ズ……ビシェ、ク……。ズビシェク……」
「忘れるな。お前はただの奴隷だ」
鞭が振り下ろされる。
鎖が鳴る。皮膚を溶かす液が身体を舐め、目の前では子供たちが死んでいく。
――気が、狂いそうになる。
ふ、と目を覚ました。背中がじんじんしている。
一瞬、自分がどこに居るのか分からず、緊張に身構える。
暗い部屋。だが……真っ暗ではない。窓の外が仄かに明るい。
しんとした静寂。窓の外で雪が降っている。
これは雪明り……か。
柔らかな布と木の匂いがする。暖炉の薪の匂い。食べ物の残り香もある。何より、すぐ側にいい匂いのする温かなものがあった。
同じベッドに眠る、小さな子供だ。
茶色がかった地味な苔色の髪。でもよくよく見てみれば睫毛が銀色だ。
ぽっちりとした鼻と小さな唇。ふっくらとしたばら色の頬。安心しきった顔で安らかに眠っている。この世の恐怖も哀しみも、何もこの子を脅かすことはできないと言うように。
幸せそうな。
「サシャ……」
今、自分の置かれている状況を思い出した。
夢に見た世界は過去のことだ。俺はあそこから逃げ出した。逃げ切って、今は戦う力もつけた。もう簡単にやられたりはしない。
そしてこの目の前の子供も、大切な人を喪っている。
恐怖も哀しみを知っている。
それでも……今は、安らかに眠っている。
「サシャ……」
そっと頭の下に腕を挿し入れ、抱き寄せる。
たくさんの仲間や子供の死を見た。誰も、助けることができず俺は逃げ出した。
死んだ者たちを生き返らせることはできない。俺は、前に進むことしか……できない。
「……サシャ、サシャ……」
助けたかった。
助けてほしかった。
俺は弱く、何もできないガキだった。
奴はあまりに強かった。
今もふと……不安になる。
ズビシェクの影に怯えるだけの子供に戻ってしまうのではないかと。無力な、ただの子供になってしまうのでは……と。だから……早く大人にならなければ、と。
ふと、腕の中でサシャが身じろぎした。
慌てて少し身体を離す。
と同時に、寝ぼけた顔で透き通った水色の瞳が、瞼から覗いた。少し紫がかった、宝石のような色だ。その瞳がゆっくりと俺の方に向けられる。
そして柔らかな……笑みの、形になった。
もぞもぞと寝返りをうって、俺の胸にぴったりと頬を寄せる。
俺の心臓の鼓動を確かめるかのように。
そしてまたゆっくりと、穏やかな寝息を立て始めた。
じんわりと生きたものの温かさが染みてくる。
「サシャ……」
小さな肩を抱き、アオニ草で染めた髪に口づける。
たった一人しか守れないかもしれない。でも俺は、こいつを守る。
命に換えても……サシャを守る。
14
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる