81 / 281
第三章 試練の町カサル
81 永遠の別れになるわけじゃない
しおりを挟む朝、日の出と共に起きて、窓を開けると微かに春の匂いを感じる。
まだ雪は多く残っていても、春一番の草花は芽を出して白や淡い紫の花を開き始めていた。そして小さな声で、おはようサシャ、と囁き声が聞こえる。
「おはよう。今日はいい天気になりそうだね」
樹々も淡い緑の芽を膨らませている。
アランと二人で暮らす一軒家の小さな前庭で枝を伸ばす樹は、毎年春に淡い薄紅の花を咲かせ、夏に木陰をつくり、秋に実りをもたらす。この家と僕たちを優しく見守ってくれる守護神のような樹だ。
アランとカサルの町に来てから三年半が経った。
もう三ヶ月もすれば僕は十二歳。アランはこの夏で、二十歳になる。
「あ、やばっ!」
キッチンの方でお湯の沸く音がして、僕は窓辺から慌てて駆け戻った。
新年のお祝いにヨハナさんから貰ったお茶は、これでもう最後だ。僕の大好きな香りの茶葉が、アランの旅立つ日まで残っていて良かった。
「アラーン、ご飯! 時間無くなるよぉ」
「おぅ」
湯を浴びて、濡れた髪をタオルでガシガシと乱暴に拭きながら、シャツとラフなパンツを羽織っただけのアランが食卓に着く。
パンとスープと卵と肉。僕はサラダと果物も。
これでしばらくアランの顔が見られなくなると思ったら、少し豪華になっちゃった。
「荷物、入れ忘れない?」
「何度も確認した」
「薬やポーションの予備は?」
「持ちすぎても荷物になるだけだ」
「えぇっと……他に……」
ばくばくと食事を平らげるアランは、背も体格も二回りぐらい大きくなった。
僕も背は伸びたけれど全然アランに追いつける気がしない。むしろもっと差が出来ているように感じるぐらいだ。
食べる量が根本的に違うから……なんだろうけれど、どんなに力仕事をしてもアランのようには食べられない。これはもう種族や体質の差、なんだろうな……。
そんなふうにぼんやりと濃い灰色の髪と精悍な顔を眺めていたら、金色に輝く瞳がこちらを見上げた。
「俺は大丈夫だ。むしろサシャの方が心配だな」
ふ、と口の端を上げて笑う。
そんなさりげない笑顔すらカッコ良くて、僕の顔には熱が集まってしまう。道行く誰もが振り向くぐらいカッコイイ男に成長しちゃって、僕は目のやり場に困るんだけれどな。
とは言えなくて、視線をそらしてフォークで野菜を突っつく。
「僕だって……平気だよ」
「そうか? どんなに早くても一ヶ月、おそらく二ヶ月。三ヶ月後の六番目、サミモエル月の夏至の頃には帰れるだろうが、それまでずっとサシャを一人にしてしまう」
「一人じゃない。僕には草木の精霊たちがいる。せっかくのBランク昇格試験なんだ。僕のことは考えないで精一杯ベストを尽くしてきて」
本当は三年前の年明けに、アランはランクアップ試験を受ける予定でいた。
けれどその前の年の秋に僕と出会ったことで、ずっと先延ばしにしてきたんだ。僕を長く一人で留守番させてしまうから。
人に預けることも考えなかったわけじゃないみたいだけれど、クレメントさんは忙しいし、僕はどうも……冒険者たちには嫌われている。他にどうしてもアランのお目に叶う――もとい信用に足る人物がいないということで、今日まで来てしまった。
でもあれから僕はここでの暮らしを方を覚え、仕事を覚え、身を守る術も教えてもらった。
もう泣いて甘えているばかりの子供じゃなくなったんだよ。ほんの数ヶ月、一人でこの家を守るぐらいなんでも無い。むしろこの歳まで、僕にかかりきりにさせてしまったことが申し訳なくて……。
「Bランクになれば冒険者としての依頼の幅も広がるし、報酬も跳ね上がるんでしょう? それに、自分のギルドを開設することもできる」
「新に冒険者ギルドを開設する気はねぇな」
「それでも、更に上のAランクを目指すのなら、避けて通れない道だ」
「ああ……」
食事を終えて食卓の席を立つ。
別れの時間が刻々と近付ていて、僕は知らず知らずのうちに緊張しながら、首からかけた小さな袋をシャツごとにぎった。
この町に来る旅の途中でアランからもらった魔石は、今でも僕の宝物だ。ずっとシャツの中に隠し持っている。袋は擦り切れて、ずいぶんボロボロになってきてしまったけれど……。
長く別れて暮らすこと……寂しくない……なんて言ったらウソだ。
でもこれ以上、アランを煩わせたくない。草木の声を聴くことぐらいしか取り得のない僕と違って、アランは人望もあるし才能もある。
彼には彼のやりたいことがたくさんあるんだ。
これ以上、僕の世話だけで大切な時期を潰してはならない。彼の進む道の邪魔にはなりたくない。
「無茶をして、大怪我だけはしないでね」
準備を整えたアランを玄関先まで見送る。
これが永遠の別れになるわけじゃない。そう分かっていても離れがたい。
アランはふと僕の頭を抱き寄せて、いつものように、くんっ、と匂いを嗅いで髪先に唇をつけた。そしてうっとりとした瞳で僕を見下ろしてから微笑む。
「あぁ、ちゃんとここに戻ってくる」
そう言って、カサルの町を家を後にした。
13
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる