冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

81 永遠の別れになるわけじゃない

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 朝、日の出と共に起きて、窓を開けると微かに春の匂いを感じる。
 まだ雪は多く残っていても、春一番の草花は芽を出して白や淡い紫の花を開き始めていた。そして小さな声で、おはようサシャ、と囁き声が聞こえる。

「おはよう。今日はいい天気になりそうだね」

 樹々も淡い緑の芽を膨らませている。
 アランと二人で暮らす一軒家の小さな前庭で枝を伸ばす樹は、毎年春に淡い薄紅の花を咲かせ、夏に木陰をつくり、秋に実りをもたらす。この家と僕たちを優しく見守ってくれる守護神のような樹だ。

 アランとカサルの町に来てから三年半が経った。
 もう三ヶ月もすれば僕は十二歳。アランはこの夏で、二十歳になる。

「あ、やばっ!」

 キッチンの方でお湯の沸く音がして、僕は窓辺から慌てて駆け戻った。
 新年のお祝いにヨハナさんから貰ったお茶は、これでもう最後だ。僕の大好きな香りの茶葉が、アランの旅立つ日まで残っていて良かった。

「アラーン、ご飯! 時間無くなるよぉ」
「おぅ」

 湯を浴びて、濡れた髪をタオルでガシガシと乱暴に拭きながら、シャツとラフなパンツを羽織っただけのアランが食卓に着く。
 パンとスープと卵と肉。僕はサラダと果物も。
 これでしばらくアランの顔が見られなくなると思ったら、少し豪華になっちゃった。

「荷物、入れ忘れない?」
「何度も確認した」
「薬やポーションの予備は?」
「持ちすぎても荷物になるだけだ」
「えぇっと……他に……」

 ばくばくと食事を平らげるアランは、背も体格も二回りぐらい大きくなった。
 僕も背は伸びたけれど全然アランに追いつける気がしない。むしろもっと差が出来ているように感じるぐらいだ。
 食べる量が根本的に違うから……なんだろうけれど、どんなに力仕事をしてもアランのようには食べられない。これはもう種族や体質の差、なんだろうな……。

 そんなふうにぼんやりと濃い灰色の髪と精悍せいかんな顔を眺めていたら、金色に輝く瞳がこちらを見上げた。

「俺は大丈夫だ。むしろサシャの方が心配だな」

 ふ、と口の端を上げて笑う。
 そんなさりげない笑顔すらカッコ良くて、僕の顔には熱が集まってしまう。道行く誰もが振り向くぐらいカッコイイ男に成長しちゃって、僕は目のやり場に困るんだけれどな。
 とは言えなくて、視線をそらしてフォークで野菜を突っつく。

「僕だって……平気だよ」
「そうか? どんなに早くても一ヶ月、おそらく二ヶ月。三ヶ月後の六番目、サミモエル月の夏至の頃には帰れるだろうが、それまでずっとサシャを一人にしてしまう」
「一人じゃない。僕には草木の精霊たちがいる。せっかくのベルナルトランク昇格試験なんだ。僕のことは考えないで精一杯ベストを尽くしてきて」

 本当は三年前の年明けに、アランはランクアップ試験を受ける予定でいた。
 けれどその前の年の秋に僕と出会ったことで、ずっと先延ばしにしてきたんだ。僕を長く一人で留守番させてしまうから。
 人に預けることも考えなかったわけじゃないみたいだけれど、クレメントさんは忙しいし、僕はどうも……冒険者たちには嫌われている。他にどうしてもアランのお目に叶う――もとい信用に足る人物がいないということで、今日まで来てしまった。

 でもあれから僕はここでの暮らしを方を覚え、仕事を覚え、身を守る術も教えてもらった。
 もう泣いて甘えているばかりの子供じゃなくなったんだよ。ほんの数ヶ月、一人でこの家を守るぐらいなんでも無い。むしろこの歳まで、僕にかかりきりにさせてしまったことが申し訳なくて……。

ベルナルトランクになれば冒険者としての依頼の幅も広がるし、報酬も跳ね上がるんでしょう? それに、自分のギルドを開設することもできる」
「新に冒険者ギルドを開設する気はねぇな」
「それでも、更に上のアーモスランクを目指すのなら、避けて通れない道だ」
「ああ……」

 食事を終えて食卓の席を立つ。
 別れの時間が刻々と近付ていて、僕は知らず知らずのうちに緊張しながら、首からかけた小さな袋をシャツごとにぎった。
 この町に来る旅の途中でアランからもらった魔石は、今でも僕の宝物だ。ずっとシャツの中に隠し持っている。袋は擦り切れて、ずいぶんボロボロになってきてしまったけれど……。

 長く別れて暮らすこと……寂しくない……なんて言ったらウソだ。
 でもこれ以上、アランを煩わせたくない。草木の声を聴くことぐらいしか取り得のない僕と違って、アランは人望もあるし才能もある。
 彼には彼のやりたいことがたくさんあるんだ。
 これ以上、僕の世話だけで大切な時期を潰してはならない。彼の進む道の邪魔にはなりたくない。

「無茶をして、大怪我だけはしないでね」

 準備を整えたアランを玄関先まで見送る。
 これが永遠の別れになるわけじゃない。そう分かっていても離れがたい。
 アランはふと僕の頭を抱き寄せて、いつものように、くんっ、と匂いを嗅いで髪先に唇をつけた。そしてうっとりとした瞳で僕を見下ろしてから微笑む。

「あぁ、ちゃんとここに戻ってくる」

 そう言って、カサルの町を家を後にした。
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