冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第三章 試練の町カサル

85 アラン・この気持ちを知られるわけにはいかない

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 カサルの町から徒歩で五日ほど離れた遺跡が、今回のベルナルトランク昇級試験の場になった。思ったより町から離れていなくて良かったと、胸を撫で下ろしたのは他の奴らには秘密だ。

 数十人ほどの小隊を組み、国内で数人というアーモスランクの冒険者や他ギルドのギルマスが試験官となって、地下遺跡に潜りっぱなしの探索になる。それだけでランクを持たない者や低ランクの者は、弱音を吐くほどのきつい冒険だ。
 ま、普段ソロで活動する俺には、どうってことないが。

 リーダーの声で休憩が告げられる。
 手早く野営の準備をして身体を休めるのはもちろん、所持している物の状態を確認して補充する。壊れた武具や怪我をした場合の応急処置も必要だ。
 試験を開始した時は四十名以上いた冒険者は、五日あまりで半分まで減った。脱落して遺跡を出た者がほとんどだが、命を落とした者もいる。決して楽な試験じゃない。

「よぉ、アラン、今回も余裕だな」
「今回もって、俺……三回目。ベルナルトランク試験は初めてだぜ」
「何十回と試験を受けてやっとダリボルランクになれる奴がほとんどだっていうのに、お前はストレートじゃねぇか。やっぱり余裕だろ」
「普段の探索と変わらない」

 言いながら片手で入手した魔石を袋別に分け、栄養補給に干し肉をかじる。その中で、サシャが持っている魔石と同じ色のクズ石を見つけて、ふ……と笑みなった。
 もっと高価な力の強い魔石がたくさんあるというのに、一番最初に渡したあの石をとても大切にしている。サシャは見かけや値段ではない、想いの詰まった物を大切にするその性格が、微笑ましく思えてならない。

「あんだよ、町に残してきた彼女のことでも考えているのか?」
「あぁ?」
「やだねぇ、幸せな男は」
「ちげぇーよ!」

 言い返す俺に、周囲の冒険者たちがはやし立てる。
 ったく、サシャは俺が守らなければならない子供で家族みたいなもので、彼女なんかじゃねぇ!

「彼女なんかいねぇよ」
「あれ? 一緒に暮らしていた子って、彼女じゃねぇの?」
「はぁぁ?」

 思わず声が裏返ってしまった。

「ほら、緑がかった地味な茶髪だけど色白で、ちょっと瞳の色が変わってる。前髪短くして顔を出したらもっと可愛いだろうに……」
「……あいつは男だ」
「えっ? そうだっけ?」

 数人が顔を見合わせる。

「美人っていうか、可愛い子だよな」
「そうそう。ほっそりしていてそれでいて、ちょっとはにかんだ感じの笑顔が可愛くて。背は低いけど大人びた感じもあって」
「十三? 十四歳くらいか?」
「サシャは今年で十二になる」
「まだそんな子供なんだ。見えないなぁ」

 ってか、どこで見てたんだよ。油断できないな。

「あいつは俺の甥っ子だ。彼女とかじゃない。変な想像するなよ」
「大事なんだ」
「保護者として、大人になるまでしっかり世話をする約束をしただけだ」
「へぇぇえ……」

 ニヤニヤ笑っている。俺の警戒レベルが上がって、せっかくの休憩時間だというのにピリピリしてしまう。

「アランの彼女じゃねぇなら、俺、彼氏に立候補しようかなぁ」
「だから! 女じゃねぇって言ってるだろ」
「同性だって気にしないよなぁ」
「ああ、あそこまで可愛いなら、そこらの女なんか目じゃないしな。美人になるぞ」

 だからサシャを人に見せるのは嫌なんだ。
 特に冒険者なんてヤツは盗賊の成りそこないも多い。いちおう悪事を犯せば冒険者の資格を失うから犯罪になるようなことはしないが、ばれなきゃいいだろという奴らもいる。
 こいつらの中にサシャを入れたら、あっという間に餌食になる。
 サシャを冒険者させない理由の一つだ。

 今も一人で町に残してきたことが心配でならないが、アーモスランクで今回の試験には参加しなかったルボル爺さんが町に滞在すると聞いて、時々サシャの様子を見てもらうよう頼んで来た。
 彼は三年半前、カサルの町に来たサシャが歓迎の席で熱を出した時、最初に気づいた人物だ。彼の機転がなければ、サシャはもっと重症になったのではと思うとゾッとする。

 と同時に、何故自分が気づかなかったのかと、あの後ひどく後悔した。
 周囲からおだてられて、いつでもベルナルトランクになれると言われていたが、俺はまだまだ未熟だ。大切な者のささいな変化にも気づけなかったのだから。

 ランクアップ試験を先延ばしにしたのは、サシャを一人にしたくない、という理由もあるが俺自身にまだその資格が無いと思っていたこともある。

「冗談だって、そうピリピリするなよ」
「下手に手を出してアランに殺されたくないからな。遠くから眺めて……」
「オカズにさせてもらうぐらいか?」
「汚ねぇ目で見るな、殺すぞ」

 凄む俺に、「冗談、冗談」と笑い返す。冗談でも聞きたくねぇな。
 本格的に俺を怒らせたと察したか周囲の男たちは話題を変えた。俺はふんと鼻を鳴らして、干し肉をかじりながら武具の確認に視線を戻す。

 出会った頃は、ただただ可愛いだけの小さな子供だったのに、この三年半でサシャは大きくなった。身長も伸びたが何より顔つきが大人びて、男の子とは思えないほど綺麗になってきた。
 正直、一緒に暮らしていて戸惑うこともある。

 俺にだけしか見せない笑顔。声。
 俺だけしか嗅ぐことの許さない、あついの匂い。
 少し寒がりで、冬の朝にはベッドの中ですり寄ってくる。その幸福が何にも代えがたくて、同時に俺だけが独占できる優越感に浸ってしまう。
 誰にも触らせたくない……と思ってしまう。

 心から俺のことを信頼してくれているんだ。
 こんな邪な気持ちを抱きつつあることを、サシャには、絶対に知られるわけにはいかない。いつかあいつに好きな奴が出来た時、それが相応しい相手であるなら、俺は祝福してやらなければならない身だ。

 だから俺は、執着するわけにはいない。それなのに……。

「これって……片思い、みたいだよな……」

 サシャのことを考える胸の奥が苦しくなる。
 女に惚れたことすらないのに、男の、しかもまだ子供でしかないサシャにこんな想いを持ち始めている、俺はどこかおかしいんだ。

 昔……クレメントに「サシャはつがいか?」と聞かれことがあった。
 当時は強く否定したが、今は違うと言いきれなくなっている自分が情けない。

 番――できるものならそうしたい。だが……。

 湧きあがる想いを無理やり押し込める。
 サシャはいつか俺の元から巣立っていく子供だ。本来のあいつは、きっと元奴隷の俺なんか足元に及ばないほど身分も違う。

 これは……結ばれない恋だ。
 そう言い聞かせて、俺は探索再開に立ち上がった。
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