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第三章 試練の町カサル
94 それは素直じゃなくて
しおりを挟む途中で休憩をはさみながら、歩くより何倍も早く僕らはラクムの丘に着いた。
アラン以外の人と同じ馬に乗ったのは初めてだったからすごく緊張したけれど、カレルさんの手綱さばきも上手くて、乗り心地は悪くなかった。けどやっぱり……アランと乗る馬の方が安心できるな、なんて思ったことはナイショだ。
カレルさんとはいろんな話をした。
行きの道では、カレルさんがこの三年半の間どんなことをしていたのか、という話で盛り上がった。
アランに憧れているカレルさんは、とにかくアランさんに近付きたくて、ずっと冒険者の腕を磨き努力してきたこと。そしてやっとCを手に入れたこと。
「あんなに厳しい試験だったっていうのに、アランさんは十五歳の時に一発合格でCランクになったなんて、やっぱりすげーよ」
「カレルさんは?」
「三回失敗して、四度目でやっと!」
「でもあきらめなかった」
「もちろんだ。憧れのアランさんに一歩でも近づきたかったからな!」
ニッと笑う。
カレルさんがとても眩しく見える。
こんなふうに頑張っている人が居る前で、僕はこの三年半、何をやってきただろう。アランが見つけてくれた生薬ギルドで一生懸命働いてきたし、いろいろな知識を身に着けたけれど、目の前のことをこなすだけで精一杯だった。
こんなふうに目標をもって、前に進む、なんてできなかった。
「サシャは?」
「うぅん……僕は、どうだろう」
話をしながら、僕は見つけた薬草を次々と摘んで足を進める。
「剣の腕はさっぱりだし、一人で馬にも乗れない。友達も……上手く作れなくて、情けないよね」
気さくなカレルさんの言葉に、つい愚痴っぽくなってしまう。
いけないと思っていても、こんなことアランには言えなくて、ずっと自分の中に押し込めて来ていた。
「何だよ、サシャは落ち込みモードか?」
「えぇっと……そんなことは、無い、よ?」
えへへ、と笑って返す。
「もっといろんなことを覚えて、一人でも生きていけるように逞しくなっていかないとね! いつまでもアランに頼りっぱなしじゃダメだってこと。男なんだし!」
むんっ、と拳を握って見せる。
そんな僕をカレルさんは奇妙な顔で見つめ返した。
「えー……サシャって十二、じゃなくてまだ十一歳だろ? だったらまだまだ大人に甘えていていい年頃だと思うけどなぁ」
「うん……ただ、アランはその年にはもう一人で生きていた。冒険者になって……魔物と戦ったり、大人と対等に取引したり。カサルの町で暮らしている子供たちは、皆、十歳を過ぎる頃には仕事を覚えて、家族を養いながら働いているんだ。僕ばかりが甘えていられない……」
そう。どんなに頑張っても、僕は飢えも寒さも知らずに暮らしていける。
それがどれほど恵まれているのか自覚しているだけに、今の自分が情けなくて仕方がないんだ。
「アランさんと比較したら、誰だってダメダメじゃんか」
あはは、と笑いながらカレルさんは言う。
「あの人は規格外。だから俺の、永遠の目標でもあるんだけれどさ」
「うん……そう、だね……」
ボクも笑って返す。
そしてそっと、首からかけた小さな袋の中の魔石を握った。
アランと二人で魔物に向かった時に得た琥珀色の魔石は、今も僕の宝物だ。「俺とサシャ、二人で倒したんだ」と言って「サシャの取り分だ」と渡してくれた。
僕がほんの少しでもアランの役に立てた証は、いつもくじけそうになる僕を支えてくれている。
もし僕が冒険者で、カレルさんのようにひたすらアランを目標にしていられるのならよかった。遠く輝く星を見上げるように、前だけ向いていられる。
けれど……僕はいつか、アランの恋人になれたら……なんて、身の程をわきまえないようなことを思い始めている。
アランは僕のことを、ただの甥っ子、としてしか見ていないのに。
しっかりしなきゃ、と自分を叱る。
せっかく好意的に話しをしてくれているカレルさんにまで嫌われたくない。
心の中で「しっかりしろ。しっかりしろ」と自分に言い聞かせながら、次々と薬草を摘んでいく。カレルさんはそんな僕を見ながら、周囲を警戒しつつ、一つ二つと薬草摘みの手伝いをしてくれる。
「サシャ、なーんか心に溜め込んでるものがあったら、ちゃんと言った方がいいぜ」
はい、と手に一杯になった薬草を僕に手渡しながら、カレルさんが言う。
「チビの頃のサシャは、もっと自分の気持ちに素直だったけどな」
「……それは素直じゃなくて、ただのワガママ、だったんですよ」
「子供なんてワガママなもんだろ」
「僕は……」
種類別に薬草を袋に分けながら、笑顔を絶やさないようにして呟く。
「……早く大人にならなきゃいけなんです」
アランの手を煩わせない。一人前の大人になりたい。
そして誰からも認められたいんだ。
サシャなら、アランの隣に立っても大丈夫だと……言われるように。
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