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第三章 試練の町カサル
98 マロシュの毒
しおりを挟む僕の視線を、妖艶に微笑むマロシュの瞳が絡めとる。
「彼、すっごく喜んでくれたよ。サイコーにキモチイイって。アランって……すっごく激しいの……知ってた? アソコも大きくて逞しいし……ふふ……ボク、何度もイかされて、おかしくなるかと思った」
そう言って夕べのことを思い出すように、マロシュは自分で自分の身体を抱く。
僕は……耳鳴りがしているように、すべての音が遠くなっていくように感じていた。それなのに、マロシュの声だけは毒のように体に染み込んでくる。
「嬉しいな、やっと彼と番になれるんだから」
「つが……い……」
「そう。魂の伴侶。彼……僕のこと、特別に想っていてくれたみたい」
番。魂の伴侶。
世界でたった一人の……アランの、恋人。
「今はまだ、誰にも秘密、だけれどね」
僕の耳元で囁く。
「ボクが成人したら正式に公表してくれるみたい。それまでは秘密のカンケイ。ほら彼、周囲の人にいろいろ言われるの嫌がるじゃない? だから」
「何故……」
自分の声がまるで、他人のもののように聞こえる。
僕はマロシュを見つめ返しながら、痛いぐらいに鳴る心臓を抑えながら呟いた。
「何故……秘密なのに……僕に、言うの?」
「え? だって君はアランの甥っ子でしょう? アランとボクが番えば、君とも家族になるんだから。将来一緒に暮らす相手には言っておかないと」
ふふふ……と、微笑む。
僕とアランと暮らしている、あの家にマロシュも住むというのか。ずっと……僕が独り立ちするまで。アランとマロシュがキスをしあう、抱き合う姿を見続けるの……?
嫌だ。
……という思いが声になりそうになった。
それを飲み込んで、僕は唇を噛みしめる。
「言っとくけど、アランにボクのこと聞いても、知らないって言われると思うよ。お子様の君には、まだ本当のことを話すのは早いと思っているみたい。ボクが成人して番だと公表するまで、君にも話さないんじゃないかな……」
アランが僕のこと子供扱いしているのは知っている。
本気で隠そうとしたなら、アランは絶対に話してくれないだろう。
「だから……ここでの話も、秘密ね」
そう耳元で囁いて、マロシュは朝の町に消えていった。
◆
真っ青な顔をして立ちつくしていたサシャが、壊れた人形のように生薬ギルドのドアをくぐって行くのを遠くから見て、ボクは大笑いしたい声を押し殺した。
「ははっ! なにあれ、サイコー! マジで信じちゃってるの。単純すぎ!」
ほーんと、お子様なんだ。
全然人を疑うということをしない。あいつほど、バカな子供は知らないよ。
昨日、アランたち試験を受けた人たちが、町に戻ったと報せを聞いて駆けつけた。
アランのことだから真っ直ぐサシャのいる生薬ギルドに向かうはず。そうアタリをつけて待ち構えていたら、上手く彼を捕まえることができた。
しかも声を掛けたちょうどいいタイミングに、サシャもアランに追いついて。
あぁ……この状況は使えるな、と直感的に思った。
ほんの一瞬だけサシャと視線を合わせてから、意味ありげにアランに抱きついた。あの単純な子供なら、きっと誤解するだろう角度で。結果、ボクの思惑通り。あまりに上手くいきすぎて、もぅ、笑いが止まらない。
後は、ボクが言った言葉を現実にすればいいだけ。
時間はたっぷりあるのだから、じつくりアランを堕としていこう。
「ふふ……勝手に誤解するサシャが悪いんだから、ボクのせいじゃないもんね」
アランが試験から戻るまでに二人の住処を突き止めようと探し回ったけど、結局見つけられなかった。
この町にあいつの仲間なんかいないはずなのに、まるで誰かが手を貸しているみたいに上手くいかない。べドジフたちは役に立たないし、最下層近くにたむろしている男たちも、「Aの冒険者なんか相手にしたくない」なんて訳の分からないことを言うし……。
けど、これで動きやすくなった。
あともう少し……それっぽい様子を見せつければ、サシャは勝手にどんどん誤解して、自分から離れていくだろう。そしてアランは離れていく者を追ったりしない。
いい意味でも悪い意味でも、彼は人に執着しないのだから。それでも……。
「ボクの魅力を知れば、アランも手放さなくなるよね、きっと」
早く手に入れたいなぁ。アランの心も身体も。
そして皆、言うんだ。「アランすら虜にしたマロシュは、この国で一番魅力的な男だ」って。そう言ってボクの足元にかしずくのだと思うとぞくぞくする。
皆にちやほやされるのって、ほんと、キモチイイからね。
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