冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第四章 二人の道

165 アラン・心は決まった

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 ルボル爺さんの言葉に思わず詰まる。
 かつて……冒険者になり始めた頃、俺はいつかアーモスランクになるため必死で訓練を積んでいた。

 物心ついたころから奴隷商人の元で囚われ続け、やっと逃げ出してきた俺には親もいない。街の最下層で、這いつくばるように生きていたんだ。
 クレメントの親父さんに見つけられ冒険者ギルトで働くようになってからは、こんな最底辺の俺でもいつの日か、王様に会えるぐらいに立派になってやると……。一人でも生き延びてやると思いながら、暮らしてきた。

 そんな孤独と、殺伐さつばつとした中で出会ったのがサシャだ。
 あいつとの穏やかで安らぎに満ちた毎日の中で、いつしか俺は、必要以上に自分を偉く見せる必要が無くなってしまった。
 あいつを守り育てる力さえあれば、冒険者のランクすらどうでもいいと思うようになっていたのだが……。

アーモスランクとなれば、王城での出入りが許される……」

 忘れていたわけじゃない。
 けれど、もう二度とあいつをこの腕に抱けないのなら、そんなことすらどうでもいいと、やけっぱちになっていた。

「王太子殿下となったサシャの隣に立つことは難しいと考えておるのだろう。確かに、容易なことではない。じゃが……不可能でもない。それがアーモスと名のつくものになった者の特権じゃて」

 ルボル爺さんが含み笑いをしながら呟く。
 黙って話を聞いていたカレルは壮大すぎる話題にか、「はぁああ……」と息を吐いて呆然としながら声を漏らした。

ベルナルトランクですらほんの一握り、いやツィリルランクですら取るのにあんなに大変だったっていうのに。アーモスなんて何年修行したら取れるんっスか?」
「ふふ、師について、五年、十年と修行したとしても千人……いや万人に一人じゃろう。修行の途中で命を落とす者の方が多い」
「けど、アランさんならやり遂げれるますよね!」

 にっ、と笑って俺の方に顔を向ける。
 俺も笑い返してから、一度両手で顔を拭った。

 サシャを手放しやけっぱちになって迷宮の魔物を殺しまくっていた間、あいつは王になるため、必死で努力し始めているだろう。
 誰かの笑顔のために。
 精霊たちに誠実な思いを返すために。
 どんなに辛いことがあって泣いて過ごしても、必ず立ち上がり前を向いて歩こうとする力がある。

 あいつは誰よりも強い。

 そんな強いあいつに、今度は俺が選んでもらえるように生きる。だったら……こんなにところで腐っているヒマは無い。

「心は決まった様じゃな」

 俺の顔を見たルボル爺さんがニヤリと笑う。
 目の前には師となる男がいる。
 この幸運は、精霊が導いたものだろうか……。

「爺さん、師匠になってくれるか?」
「わしは厳しいぞ」
「俺も一緒させてください!」

 ぐっと、拳を握ってカレルが声を上げた。
 ルボル爺さんは鼻で笑いながら、ツイリルになったばかりの若い冒険者を見た。

「なんじゃ、お主もアーモスを目指すと言うんか?」
「いやいやいや、その前にベルナルトランクですよ。俺、ギルマスになれるぐらいのランクを目指したいんっス。憧れのアランさんと一緒に修行できるなら、本望ってやつです!」
「死ぬかも知れんぞ」
「俺、逃げ足は速いんで死にません!」

 明るく言い放つ。軽い声にルボル爺さんは声を上げて笑った。

「うむ、その意気じゃな。よかろう、まとめて面倒見てやる」
「ありがとうございます! 師匠!」

 深々と頭を下げるカレルに続いて、俺も頭を下げる。

「そうと決まれば、今は体力を回復してから迷宮を出て、一旦装備や武具の整備からじゃな。死にかけを連れ回して、わしまで道ずれはごめんじゃ」
「確か……俺が迷宮に潜っていたのは、十日ほどだと言ったか?」
「サシャと別れて直ぐならそうじゃな」

 ルボル爺さんが答える。
 カレルが「そう言えば」、と続けた。

「四年前に見つかったオティーリエ王女のご令息、サムエル様は、サシャの双子の兄だったって話なんですけど、ホントっスか?」
「王家がそう発表したのだから、そういうことなのじゃろう」

 サシャの身代わりとして安置されていた子供は、そういう扱いということで民に知らされたということだ。

「お亡くなりになったサムエル様を故郷に埋葬するって。サシャと貴族たちが葬送の旅に出たですよ。東のモルナシス大森林まで。途中、カサルの町にも寄るって話です」
「馬で追えば、カサルの町辺りで追いつけるかもしれぬな」

 ルボル爺さんが頷いて俺を見た。

「カサルの町には、やり残していたことがある」

 サシャと暮らしていた部屋やダミーの部屋の後始末。そして……。

「修行はやり残しを片づけてから。それでいいか?」
「わしはかまわんぞ。修行を開始したなら一切の手心は加えん。今のうちに、やるべき事を始末してくるがよい」

 頷いて、俺は立ち上がった。




 それから数日後。
 久々に戻ったカサルの町は、新たな王太子殿下の来訪に沸き立っていた。いつの日かサシャと見た、公爵令息の行進以上の賑わいだ。
 その中で俺たちは古巣となる冒険者ギルト、「狂戦士ベルセルクの爪」に入って行くサシャと公爵、護衛達の姿を、遠くから見守っていた。

 それから起きることを、思いもしないで……。
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