冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

203 眠れない夜

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 明日も朝早くからスケジュールが詰まっている。

 朝食の前にその日会う要人の情報や議題に目を通し、食後は王立学園卒業に向けた論文を、教育係がチェックに来てくれる。昼食事の前には王宮騎士団と顔を合わせ、戴冠式後のパレードに使う馬たちの選定がある。
 騎士や従者、宮廷使用人に任せてしまってもいいけれど、後々僕の専用馬となる子たち選ぶのは、王となる僕に課せられた仕事のひとつだ。万が一戦争となった際に、重要な足となる馬を目利きする力があるか、試されているというのもある。

 そして昼食後には、僕が召喚したアランと会う約束がある。
 時間は決して長くはないし、ふたりきりで会えるわけでもない。それでもこれから先に進むためには、自分の気持ちをハッキリさせなければならないと思っている。
 前後して貴族ら要人との面会もあるのだから、気持ちを引きずるわけにもいかない。

「はぁ……」

 眠れない。
 ベッドに入って一時間はゆうに過ぎているだろう。

 朝から忙しのだから早く眠って疲れを取り、皆の手をわずらわせないようにしなくてはならない。論文のチェックをしていれる教育係の前で、居眠りなんかできないのだから。
 ましてや騎士団や訪問してきた要人の前で、ぼーっとするなんて絶対にダメだ。
 だから、早く眠らなくてはいけないのに……。

「眠れない……」

 ベッドの中で寝返りをうって小さく呟く。
 従者のロビンを呼んで、眠れるようなお茶でも淹れてもらおうか。

 いや、ダメだ。今、話を聞いてくれる人を呼んでしまったなら、もんもんとしているこの気持ちを朝まで話してしまいそうだ。
 ロビンは優しくて、僕のどんな願い事でも聞いてくれる。それが彼の仕事なのだと分かっていても、友達のように気さくに接してくれる彼の態度に何度慰められたことか。今は人に頼ることなく、自分がしっかりしなくちゃいけない時だ。

 そう思っても。

「ダメだ……」

 がばり、とベッドの上で置きがった。
 このまま頑張って眠ろうと思いながら朝まで過ごしてしまいそうだ。だったらいっそ、すこし気晴らしをしてきた方がいい。
 僕の気配を感じ取ったのか、隣室で控えていたロビンが様子を見に来た。

「殿下、眠れないのですか?」
「うん……ちょっと緊張しているみたい」

 何を、とはあえて言わない。
 就寝前にアーシュが来て、明日の話をしていたところを彼も聞いている。ロビンは軽く苦笑してから「お茶を淹れてまいりますか?」と聞いてきた。

「少し、一人で散歩をしてこようと思う」

 ベッドから下りて、薄く軽い布靴に足を通す。
 予想通り、ロビンが心配そうな顔を返した。

「大丈夫。もちろん王城から出たりしないよ。城の中庭を少し歩いて、草木の精霊たちと気晴らしをしてくるだけだから」
「先日、侵入者があったばかりです」
「うん。巡回の衛兵の数も増えているよね。だから大丈夫」

 もう一度念を押すと、それ以上無理強いはしてこない。ロビンは「どうぞお気をつけて」と見送った。
 部屋を出ると、扉の前で番をしていた兵にも少し驚かれながら見送られる。その後も廊下のあちこちで巡回する衛兵に挨拶された。




 いつもはへとへとに疲れて眠るから、夜の散歩をすることなんて滅多に無い。けれど全くないというわけでもない。特に昔の……カサルの町で暮らしていた頃の夢を見て夜中に目を覚ましてしまった時は、城の中庭を散歩することが何度かあった。
 もう、あの頃には戻れないのだと分かっても、寂しさは消えやしない。

「もう、成人したっていうのにな……」

 大人になったんだ。
 いつまでも子供のように寂しいなんて言っていられない。
 だから、こんなふうに気持ちを慰めるのは今夜で最後にしようと思いながら、僕は月夜の中庭に出た。

 夏至を過ぎ、初夏というよりは夏本番という季節になっても、夜風はどこかひんやりしていて心地いい。
 王都の中でも王城は、小高くなった山の上にあるせいで蒸し暑さはないためだ。そしてこの中庭は、母さま――オティーリエ王女が大好きだった場所ということもあって、今も庭師が丁寧に手入れをしてくれている。
 バラを始めとして、数々のハーブも多い。
 王城の、一番大きな舞踏場ダンスホールと同じくらい広い庭園の中にいると、ここが城だいうことも忘れそうになる。

「こんばんは、みんな……いい月夜だね」

 草花の精霊たちに声をかけながら、僕は先日、マテリキス王と話をした四阿あずまやの方へと足を向けた。
 あの場所は特に周囲に草木が繁茂していて城からの目も届かない、ちょっとした隠れ家のようになっている。一人きりで考え事をしたい時にはピッタリの場所だ。

 月明かりの中、誰も居ない四阿にたどり着いて僕は広いベンチに腰を下ろした。
 この場所は昼間、僕が時々訪れることもあって、城の使用人が毎日掃除してくれている。雪の無い季節はいつもクッションが置いてあるぐらい。
 今夜も新しいクッションが三つ、ベンチの隅に置いてあった。
 そこに、ころりと横になって、僕は四阿の屋根を見上げた。

 柱と屋根だけの四阿は、取り囲む草花が壁のようなもの。
 その緑の壁に咲く色とりどりの花から精霊たちが顔を出し、そっと囁き始めた。

 来るよ。彼が、来るよ……と。

「彼?」

 横になった体を起こして、精霊たちにきき返す。
 彼とは、いったい……。

 そう思うと同時に、かさり、と庭の草木が揺れた。
 誰? と思いながら息を止めて音の方を向く。そこには……決して見間違えたりはしない、背の高い人影があった。
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