冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

215 決着

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「止め――」

 反射的に僕は飛び出していた。
 そのまま二人の間に、アーシュを背に庇うようにして立ちふさがる。アランの剣が僕の首を斬りつける寸前で、ぴたり、と止まった。

 見上げる瞳は獲物を前にした猛獣のようだ。
 目にしただけで竦んでしまいそうになるほどの気迫が叩きつけられる。

 アランは殺意をみなぎらせたまま、低く、唸るように声を返した。

「どけ」

 僕もにらみ返したまま、一歩も動かない。

「嫌だ。こんな決闘なんかする必要ない!」
「決闘を言い出したのは、その騎士だ」
「結果はもう出てるでしょう!」

 剣を失い床に手をついた。
 だったらもう、誰の目にも勝負はついたと分かるはずだ。
 それでもアランは剣先を向けたまま下ろそうとしない。

「まだ、決着はついていない」

 殺意を消すことなく、アランが低い声で答えた。

「そいつはまだ、負けを認めていない。勝負は負けを認めるか命を失うまで。サシャの隣に立つに相応しい者は誰かを、証明するものだ」

 僕の背で、アーシュの押し殺したような息の気配がある。
 けれど一言も言葉を出さない。
 この状態になっても負けを認めない、ということか。

「……僕の気持ちは、伝えたはずだ」

 昨夜。
 王城の中庭で。
 僕はアランに、心の内を全て吐き出した。

 冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づいたんた。

 僕の生涯の伴侶は、アラン以外にいない。
 ――けれど。

「お前の気持ちは知った。だが……周囲の者たちは認めない」

 王になる者と、元奴隷の冒険者が結ばれることを……。




 その瞬間、僕は腕を伸ばしてアランの襟元を掴むと、思いっきり引っ張り寄せた。
 抵抗する事無く身を屈めたアランの唇に、自分の唇を合わせる。

 少し乾いた、それでも柔らかく温かいアランと深く重なり、僕はそのまま舌を伸ばした。

 嫌だなんて言わせない。

 番が求めるキスを、拒める獣人なんか、いない。




 驚くように動きを止めた、その時間は呼吸にしてひとつがふたつほど。
 けれどアランは僕を振り払うことなく、ガランと音を立てて剣を手放した。そのまま僕の肩と腰に腕を回し、優しく抱きしめ返す。

 僕はつま先立ちしたまま、深く唇を重ねていく。

 ……受け入れ、熱い舌を絡ませ合って。

「ん……」

 瞼を閉じてアランの熱を感じ取り……ようやく、僕は唇を離した。
 見上げるアランの瞳は優しい恋人のそれだ。
 怒りと闘志の炎は落ちつきを見せて、かわりに僕へと移したみたいだ。ほんのわずかな時間なのに、身体中に火が点いたように呼吸が荒くなる。
 僕の背中で、深いため息が聞こえた。

「私の負けです」

 アランに抱かれたまま、僕はアーシュへと振り返った。

「剣の腕だけでなく、お心も変えることができなかった……」
「……アーシュ」
「私の、負けです……」

 深い息と共に吐き出し苦笑するように僕らを見上げる。その顔はいっそ清々しいほどで、アーシュはゆっくりと立ち上がった。
 決闘の決着はついたんだ。
 周囲の人たちから、どよめきと歓声が上がる。

 ほっと息を撫で下ろす。
 そんな僕らの前に、新たな人たちが現れた。

「サシャ王太子殿下、これは一体どういうことですかな?」

 宰相、クサヴェル・クバーンと共に現れたのは、王宮を取り仕切る貴族や、城に仕える神官たちだった。




 場所を王城の議会の間に移し、大きなテーブルを取り囲みながら話し合い――いや、正確には僕に対しての説得が始まった。

「ご自覚はおありなのでしょうか? 夏の終わり……もう二月か三月の後に、殿下は王冠を頂く、我がバラーシュ王国の国王陛下となられるのですよ」
「その戴冠式の際には、殿下の隣に伴侶と定める者が立つことになるのです」
「伴侶……すなわち、世継ぎ……未来の王太子殿下をお産みになられるお方です」
「理解しています」

 次々と投げかけられる言葉に、僕は真っ直ぐ顔を上げて答える。

「世継ぎが必要であることも、伴侶とはどのような者であることも理解しています。そして僕はエルフ族の血を継いでいる。種族性別を問わず、命を生み出すことができると聞いています」

 貴族や神官たちが顔を見合わせる。
 過去の悲惨な歴史もあって、エルフ族の特性を一般には広く伝えられていない。けれど王城に仕える貴族や神官たちは知っているはずだ。
 貴族の一人が、苦笑いを浮かべながら僕に訊いてきた。

「その……殿下は、このアランなる男を相手に、子を自らお産みになる覚悟がおありと?」
「はい」

 僕の迷いのない返事に、議会の場がどよめく。
 今この場の思いつきで決めたことじゃない。アランに好きだと告白した、あの夜には覚悟していたことだ。
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