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第六章 死を許さない呪い
217 これだけは譲らない
しおりを挟む側室――それは王妃にはなれない者たちが、王に囲われて暮らす場所。
王妃に子が無かった場合のみ、子に王位継承の可能性が生まれるというだけで、その存在はただ王の寵愛を受けるだけのもの。
側妃、寵妃。
言い方はいろいろあるけれど、要するに愛人、男妾だ。
アランは……Aのランクまで上り詰めた、冒険者の中でも多くの人たちに尊敬される英雄だ。自分の剣の腕だけで多くの魔物を屠り人々を助けて来た。
命を懸けて戦って来たんだ。
僕のようにただ親が王族だったというだけで、かしずかれるような者とは違う。
この国には無くてはならない素晴らしい人。
それなのに……。
「アランを囲うなど……類稀なる才能を持ったAの冒険者に対し、敬意の念を抱くお心は無いのですか?」
僕がこれほど怒ったことは無いだろう。
数人の神官や貴族たちが、まずいという表情で互いに顔を見合わせる。一人が苦笑いを浮かべながら僕に言った。
「長い間、厳しい修行に耐え、この国で五人目となるランクを取得したことは素晴らしい。ですがそれは国王と王国に仕える者であるからこそ、許されること。伴侶とは、限りなく同等の立場である者なのです」
「その通りです。だから伴侶にと」
「彼の者は、殿下と同等の立場になることはできませぬ」
「何故です」
一歩も引かない。
僕の様子に神官はため息をついた。
「卑しき生まれ者を、王と同等の立場に置いてはなりません」
神官や貴族たちも引かない。
何があっても、アランを伴侶にさせないつもりだ。
「殿下、同じことを繰り返していてもらちが明きませぬ。我々は精一杯の譲歩をしているのです。本来ならば側室であっても、それなりの血筋の者でなければ許せぬお話。殿下がどうしてもとおっしゃるので、このようにご説明申し上げている」
宰相の言葉に、隣の貴族も深く頷く。
「良いではありませんか。囲えば好きな時にお相手をさせることができましょう。殿下はお若いのですから、想いを止めることができないのも承知しております。それとは別に王妃としてのお役目は、確かな血筋の者に任せればよい」
「是非にと申し出ている王女は、両手に余るほどおりますぞ」
「うむ。王妃との間に世継ぎさえお作りになれば、我らとてうるさく口出しはいたしませぬ」
「諸国の王に嘲笑されるような伴侶だけは、お選び下さるな」
言葉を失う。嘲笑されるような伴侶とは何だ。
僕の大切な人に対して、モノのように扱うつもりか……。
宰相が続ける。
「それ、隣に座るザハリアーシュ殿でもかまいませぬ。国王陛下の弟君を父に持つ公爵令息ならば、諸国の王女にも見劣りするまい」
急に話を振られ、アーシュが視線を向けた。
「ザハリアーシュ殿、貴殿はサシャ殿下がこの城に来た時より、ずっと守護を務めておられる。殿下の事ならば誰よりもよくわかっているであろう?」
「はい……」
「ならば殿下の伴侶になること、何ら不都合ないな?」
「私は――」
アーシュが言いよどむ。
彼の気持ちはよく知っている。何度となく伴侶にと、告白を受けてきたんだ。そして結果的に僕は、その申し出を退けることになった。
想いが叶わない辛さや悲しみを、僕は知っている。
「私は、サシャ王太子殿下の望みに添う者です」
静かに、そうアーシュは答えた。
僕の願いに従うと。
アランはじっとこの場の様子を見つめたまま、身動き一つなく耐えている。
僕は深く息を吐いた。
「僕は……故郷の森を焼け出される際、母さま――オティーリエ王女からの言葉を継いでいます。生き延びて、そして心から愛する人を見つけるのだと。国王陛下からも、心から愛する者と結ばれることを願うと、お言葉を頂きました」
母さまも、お祖父さまも、身分や血筋の話は一度としてしていなかった。
心から愛する人と幸せになる、ただそれだけを願っていた。そんな母さまとお祖父さまの願いを、大切にしたい。
「僕は誰よりも、母さまと国王陛下の言葉を、重んじたく思います」
どれほどの言葉で責められようと、これだけは譲らない。
アーシュの強い願いを退けたのだから、アランが拒絶しない限り、この想いは貫く。たとえ貴族社会を何も知らない愚かな王子と言われようと、僕は自分の想いに責任を持ちたいと思う。
ずっと発言無く、会議の場を見守っていたホレス・アストリー宮中伯が席を立って、一同を見渡した。
「皆様、殿下の決意は強いようです」
「ホレス卿、ここで説得せねば。戴冠式までもう二ヶ月あまりしかないのですぞ」
「さようです。ですがこの件に関して、殿下のお心は揺らぎませぬ。今は国王陛下が城を留守にしておいでです。ここは陛下のお戻りを待ち、ご意見をお伺いしてからでもよいのではありませんか?」
もう一度ぐるりと見渡し、僕の方へと顔を向ける。
「殿下はオティーリエ王女の遺言に従い、陛下のお望みにも添うようお考えになってのことです。身分や血筋も十分に理解した上で、アラン殿のお人柄を見て、お選びになったのでありましょう。違いますか?」
「ホレス殿の言葉どおりです」
微笑みながら言う宮宰の言葉に、僕は頷いた。
「でありましたなら国王陛下にお言葉を頂くまで、話し合いは一時休止といたしましょう」
それを閉めの合図として、僕とアラン、そしてアーシュは会議の場を出た。
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