冒険者に拾われ聖騎士に求められた僕が、本当の願いに気づくまで。

鳴海カイリ

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第六章 死を許さない呪い

222 トリガー

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 すっ、とアランが瞳を細める。
 そして静かに微笑み返した。

「大丈夫だ。ガラにもなく緊張しているのかな。何て言ったって、サシャの祖父ちゃんだ。これからお孫さんを嫁に下さいって言うんだから」
「嫁……」
「あー違うか、婿にしてくださいか」
「僕がお嫁さん役なの?」
「ドレスが似合いそうなのはサシャの方だろ? それとも俺にひらひらのドレスを着れというのか?」

 おどけて言って見せる。
 僕は口を尖らせて言い返した。

「僕だってドレスは着ないよ」
「着せたいな。きっと似合うだろうなぁ。ドレスだけじゃなく、どんな格好だってサシャには似合うだろうけど」

 じっと詰める僕に、アランは優しく頭を撫でて言った。

「国王陛下にお会いするのはこれが初めてだ」
「そうだね。僕がこの城に来た時は、陛下の部屋の前までしか行くことができなかった。成人の祝いの時は、陛下か退場してからアラン達が来たよね。あの日、どうして遅れたの?」

 そういうことには時間をきっちり守るのに。
 アランは、「あぁ……」と言葉を濁してから答える。

「王都に向かう道の途中で突風が吹いてさ、近くの村の橋が壊れちまったんだよ。人も川に流されて」
「川に!? 流された人は大丈夫だったの?」
「幸い、俺と師匠らが通りかかったタイミングだったから、無事救助できた。橋も簡易的に補修して。すまないな、お前の祝いに間に合わなくて」

 僕はふるふると首を横に振る。

「いいんだ。人の命の方が大切だもの。良かった、アラン達がちょうどよく通りかかってくれて」
「お前ならそう言ってれると思ったよ」

 そう言って軽く額にキスをする。
 ちょうどそのタイミングで、国王陛下の馬車が城に到着したと報せが入った。

「僕、陛下をお迎えに行くね」
「ああ、俺はここで待っている」

 きゅ、と胸のそばで互いに手を握り合い別れる。
 僕は呼びに来た従者に促され、アーシュと合流して城の入り口へと向かった。

 城内はいつも以上にあわただしさを増している。何て言ったって、これから陛下とアランが会って、僕の婚姻についてお話になるんだ。それはこの国の未来に関わることでもある。
 立ち会うのは城に仕える貴族や神官、王国の騎士たち。
 ある意味、側近の人たちということになる。

「陛下はこちらに向かう中で、何か仰っていましたか?」

 先触れの従者にたずねた。
 馬車の中で何か特別なことを話されていたかと。けれど陛下はいつも通りでいらしたと、従者の答えに僕もみょうに緊張してしまう。
 隣に付き従うアーシュが、「大丈夫ですよ」と声をかけて来た。

「うん、何も心配ないと思う。けど、やっぱりちょっと緊張しちゃう」

 城の扉が開かれ、エントランスの階段を下りて入り口につく馬車を迎える。
 四頭立ての王家の紋章が入った馬車が到着し、僕らの前につけられた。馬車のドアが開くのに合わせて僕らは頭を下げる。一時はベッドから起きることもできなかった陛下は、この六年で健康を取り戻し、国内の視察もできるようになった。
 今も杖をつきながらではあっても、しっかりとした足取りでお立ちになっている。

「お帰りなさいませ、国王陛下」
「うむ」

 陛下の声に合わせて顔を上げる。
 少しめた金色を肩の下でゆるく一つにまとめ、理知的な顔立ちの、母さまと同じ淡い瞳が僕を見つめる。僕も背を伸ばして、陛下を――お祖父じいさまを見つめ返した。

「精霊が、さわいでおるな……」

 その一言に、僕の胸がドキリと鳴った。


    ◆


 背が……焼けるように痛い。
 俺は静かに深呼吸を繰り返し、平静を保とうと意識を集中させた。

 もうすぐサシャの祖父――バラーシュ王国の王、オレクサンドル国王陛下との謁見が始まるんだ。こんな痛みに意識を奪われている場合じゃない。
 それなのに……。

「くそっ、何だってこんな時に……」

 瞼を閉じると、奴隷として過ごした景色が浮かぶ。

 暗い冷たい部屋に、鎖の音。
 吊り上げられた両腕は鎖で繋がれ、暗い天井まで続いている。地下に備えられたお仕置き部屋だ。どれほど助けを呼んでも絶対に声は届かない、絶望の部屋……。
 湿っぽくて、かびと血と肉の、腐ったような匂い。

 目の前に捨てられていく仲間の死体。
 助けを求める囁き声。
 俺は自由を奪われたまま、背に鞭を受け続ける。

『九番……』

 低く笑う男が、俺の髪を鷲掴みにしながら囁く。
 髭面の男の臭い息が、耳元から頬をかすめる。

『お前は……俺の言うことだけを聞いていればいいんだ』

 これは幻覚だ。幻聴だ。
 その証拠に今、あいつの匂いはしない。

 だというのに、今ここにあいつが居るかのように錯覚する。

『言え。お前の持ち主は誰だ?』

 鞭を打ち続け、背中に冷たい液を垂らす。
 人の意思と正気を失わせる毒薬だ。焼けるほどの痛みに頭がおかしくなる。

『九番……お前は誰の命令に従う?」
『ズ……ビシェ、ク……。ズビシェク……』
『忘れるな。お前はただの奴隷だ』

 くくっ……と喉の奥で嗤う嫌な声。
 だが、俺はその声に抵抗できない。


『聞け、これよりお前の獣人としての能力と記憶を封じる。この封印が解かれる時、お前は俺の命令を果たすのだ……トリガーは、獲物が目の前に現れた時』


 陛下ご入場の声が響き渡る。
 段上の玉座に厳かに進むのは、金の髪と水色の瞳の、威厳あるお人――オレクサンドル国王。そのすぐ後ろにサシャが続く。

 昼の光が降り注ぐ玉座の間に居ながら、俺の視界が砂嵐のように霞んでいく。

 封印が解かれる。

 記憶の底に押し込まれ、俺自身が忘れていた呪いが発動する。

 ズビシェクの命令が俺を突き動かす。


 ――王を、殺せ。

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