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第六章 死を許さない呪い
227 助けは来ない
しおりを挟むバラーシュ王国の公爵にして国の中枢にも関わる人が、人買いの盗賊と繋がっていた。
それも、王家に一番近い人たちが……。
僕は警戒しながら言葉を続ける。
「……もしかすると……十年前、国王陛下のスープに強すぎる薬を入れていたのも……」
真っ直ぐに見つめる僕の視線に、カエターンは軽く顎を上げて僕を見降ろした。
僕を牢に拘束したことで気が緩んでいるのだろう、笑い声を押し殺しながら答える。
「卑しくも下層の貧民街で育った者に、あのような知識と察知の能力があるとは思わなかったな。気づかなければこの国はもっと早く……最もふさわしい者に受け継がれていただろうに……」
「否定しない、ということは……お前が主犯だったのか?」
「いつまでも精霊の言葉に従う老いた王など、もうこの国には必要ないのだ」
囁くように告げる声には侮蔑の色もある。
「王の孫も同じ。ここまで運に恵まれ難を逃れてきたようだが、それももう尽きたようだ……二年前のあの日、アクファリ王国、マグノアリ王太子の囲い者になっていれば、今頃このような場所に繋がれることも無かっただろうに」
「もしかして……マグノアリをそそのかしたのも……」
「あの王子は思った以上に使えなかった」
更に、運よく大事に至らなかった幾つかの事故の多くに、カエターンが裏で糸を引いていたひとを告白する。僕らは誰一人疑うことなく、この男の妨害を受けていたということだ。
「精霊たちは、この私が関わっていることを告げなったのだろう?」
カエターンの言う通り、危険なことが起きた時には助けてくれたが、誰が犯人だと教えてはくれることはなかった。
全てを見通す精霊が、知らなかったはずはない。
僕は精霊たちにも裏切られていたのか……? だとしても。
「こんなこと、僕に言ってしまっていいのか?」
「ふふふっ……王殺しの逆賊としてこの私を捕らえるとでも? さて……それはどうかな」
檻から一歩離れてカエターンは続ける。
「皆の前で国王を殺害せんとした、その者が育てた子の言葉をいったい誰が信じるというのだ。それに今のお前は牢に捕らえられた罪人。誰も耳を向けはしないだろう」
最初から僕の言葉を聞くつもりなど無かったということ。
「……さらに」
日が沈み、石壁に灯されたろうそくの明りだけがちらちらと輝く中で、カエターンは楽しそうに言う。
「間もなくお前は、まともにしゃべることもできなくなる」
「どういうことだ……」
「サシャ、お前の選ぶ道は二つ。進んで我が妃となるか、拒否したうえで、死ぬまでこの北の塔に幽閉され男たちの慰み者になるか……。使い物にならなくなった頃には、町の広場で首を斬り落としてやろう」
思わず身じろぎした。僕を繋ぐ鎖が、チャリ、と音を立てる。
「エルフの血を継ぐ者の奇跡を堪能してやろうというのだ。種族性別問わず、命を生み出す力があるのだろう? その力を利用しないでどうする」
凡そ370年前、諸国で大規模なエルフ狩りが行われ利用された。一時期、エルフ族はこの世から全て失われたのでは思うほどに数を減らしたんだ。今は各国で協定が結ばれ、そのような蛮行は禁止されている。
だというのに、カエターンは自ら約束事を破ろうという。
「マグノアリ王子の手から逃れたと聞いたあの日、私は決めたのだ。ならばこの私が使ってやろうとね……」
「僕を妃にすることなんかできない。あなたが言う罪人なら、人前になど出せないでしょう。一生閉じ込めて置くつもりか?」
「それもいい。人前に出さなければならない時は、魔法で瞳と髪の色を変えればすむことだ」
髪の色を変えることは難しくない。
けれど瞳の色を魔法で変えるのはリスクが伴う。下手をすれば失明してしまうからだ。だからアランは、僕の銀の髪をアオニ草で染めて目立たなくさせても、瞳の色までは変えなかった。
それを、カエターンは気に留めないというのか。
「声を潰すのはもったいないが、喋られなくする方法はいくらでもある。それ以前に、このような場所に囚われ続け、いつまで正気を保てるものやら」
もう一歩、カエターンは檻から離れ、鎖で繋がれた僕の姿を上から下まで、舐めるように見た。僕は気を強く持って睨み返す。
「今すぐは決心もつかないだろう。明日の朝まで返事を待ってやる。私の妃になり、私だけ……いや、アーシュぐらいならたまには抱かせてやってもいいだろう。アーシュはお前を気に入っていた。私は、弟思いの兄だからな」
更に一歩離れながら、カエターンは最後の言葉を僕に告げる。
「……私とアーシュだけの慰み者になるか、私の私兵たちのオモチャとなるか。命令には素直に従った方がいいぞ。助けは来ないのだからな」
そう言い残し、カエターンは僕一人を残して塔の最上階から下りて行った。
「アラン……」
今はなぜか……精霊たちの声も聞こえない。
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