232 / 281
第六章 死を許さない呪い
232 目覚め始めた
しおりを挟む胸の奥が熱くなる。
大気の気配が、匂いが変っていく。まるで懐かしい、あの故郷の森に居るように。
足元からぷちぷちと小さな音がし始める。石の壁や高い天井からも。
「な……んだ……?」
最初に牢に入った騎士が足を止めて、周囲を見渡した。
「……草?」
薄暗い、乾燥した……それこそ苔のひとつも生えていないような、石の塔の頂きにある牢だというのに。
石と石とのつなぎ目から緑色の小さな芽が顔を出し始める。
それも一つや二つではない。
小さな芽は瞬く間に双葉となり、枝や蔓を伸ばしていく。
騎士たちが慌てて踏み出した足を引く。
「わ……あぁぁあ!?」
「何だ! これは?」
僕は身じろぎもせず、まっすぐに立ち顔を向け続ける。
胸の奥から溢れて来るこの熱は何だろう。
負けない。臆さない。
正しき道を進もうとする人を陥れる。その行為を許さない。
人を苦しめる、そんな人たちに決して屈しない。
精霊たちの囁き声が大きくなっていく。
サシャ、サシャ、と。
その声からも力を得るように、僕は騎士たちに向かう。
「僕に、触れるな」
ぶわぁり! と足元からの草木が一気に芽吹き始める。
壁を緑が覆い、枝を伸ばしていく。騎士の一人は顔色を変えて牢から飛び出した。
「カエターン様!」
「臆するな! ただの脅しだ。草木が生えた所で何ができる」
「嫌です!」
もう一人も牢を飛び出し、離れようとする。
「精霊を怒らせれば、魔物になるか不死の呪いを受けます!」
「王子には……ほ、本当に……精霊の加護が、あったんだ……」
僕の加護を疑っていたのか。
今まで何の抵抗も無く牢に繋がれていたせいで、王子を語る偽物だと言われていたのかもしれない。
最後の一人が顔を引きつらせながらも牢に留まり、僕に手を伸ばそうとする。その男の足に蔓が這い上り、騎士は慌てて一歩、足を引いた。
僕と騎士の間の盾になるように、茨の枝が伸びる。赤い花が蕾を付けて開き、甘い匂いを漂わせ始めた。
迷宮の地下にあるような危険な種ではない。
それでも、騎士は思わず鼻を押さえ牢から出た。
「カエターン様、私もこの命令、従いかねます」
「ただの草だと言っているだろう」
「でありましたなら、カエターン様ご自身で王子を手にかけてください。精霊の呪いを受けてもいいというのなら……」
最後の騎士は他の二人にも声をかけ、塔の階段を下りて行ってしまった。
残されたのはカエターンと真っ青な顔で立ちつくしている衛兵、そして息を止めるようにして見つめているロビンだけだ。
カエターンが舌打ちをした。
「どいつも脅しに屈するとは……」
そう言いながら鞘から剣を抜いてカエターンが牢に入って来た。同時に剣を振り、繁茂した枝葉を切り払っていく。
刃はよほど鋭利なのだろう。草花は簡単に切り倒されていく。
けれどそうしてできた空間を埋めるように、また次の草花が枝を伸ばし、僕との間を遮っていった。
これでは僕の元までたどり着いたとしても、思い通りに凌辱などできない。
カエターンは再び舌打ちした。
「古い塔だ。精霊避けの魔法が切れかけていたのかもしれない。改めて魔法師を連れ、この邪魔な草花を全てきり倒すか燃やし尽くしてやる。それまで……命拾いをしたと思うことだ」
剣を鞘に戻し牢を出て行く。
頑丈な鍵の音を響かせ、カエターンは硬直している衛兵に命じた。
「階下で塔の出入り口を見張り、誰もここに入れるな」
「はっ!」
「ロビン、お前も来い」
命じられたロビンはちらりと僕の方を見てから、そのままカエターンに続き塔の階段を下りて行った。
残されたのは僕一人切り。
三人の足音が聞こえないほど遠ざかってから、僕は全身の力を抜いて膝をついた。
鎖の長さが足らず、僕は両手首を繋がれたまま頭の上にまで上げる形になる。
横になって休むこともできない姿勢でも、それでも、僕の周囲を埋めるように生えた草花たちを目にして、僕はやっと息をついた。
「ありがとう……精霊たち」
呟く言葉に、サシャ、サシャ、と声が聞こえる。
精霊たちにこのような力があるのら、この手錠も外してくれればと思いはしたけれど、さすがに鉄の輪を破壊することまではできないようだ。
これから……どうすればいいのか。
そう思い巡らす僕に、精霊たちが囁く。
目覚め始めた、と。
愛し子が真の力に目覚め始めた……と。
「真の力?」
顔を上げて問う。
赤く開いた大輪の花かから精霊の声が聞こえて来た。
王の力……精霊の愛し子たる……エルフの力。
……それは、彼の者の呪いを解く力……。
「彼の者の呪い……まさか、アランにかけられた呪縛の……?」
精霊たちは答える。
悪しきモノに封じられた、獣人の呪縛を解く力……それは、王となるエルフの願いと、祈りの込められた魔石によって浄化される……。
「祈りの込められた魔石?」
その瞬間、呟いた声に反応するかのように、僕の胸にかけたままになっていた魔石――十年前にアランに貰った宝物の魔石が、熱を帯び始めた。
23
あなたにおすすめの小説
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる