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第六章 死を許さない呪い
235 アーシュ・託された願い
しおりを挟む「サシャ!」
「アーシュ……お兄さま」
声を上げて檻に駆け寄ると、サシャは驚いた表情を隠しもせず顔を向けた。
少し泣いたような跡がある。けれど暴力を受けたような痕跡は無い。
いや、一国の王太子殿下に暴力を振るうなどあり得ないが、鎖で繋がれたサシャの姿を見れば、そのようなことが起きても不思議ではないように思えた。
サシャを奴隷とし、便利な道具扱いするような言動を耳にしていたのだから……。
側に駆け寄ろうと牢の扉を見るが、鍵は魔法もかけられている。鍵をかけた本人でなければ開けられない物だ。もちろん、強引に解呪をするか破壊して開けることもできるだろうが、塔の階下で見張りをしている兵士に気づかれるだろう。
私は檻にしがみつくようにして声をかけた。
「大丈夫か? 酷いことはされていないか?」
「僕は大丈夫……兄さまこそ、無事で?」
「ああ、私は部屋に軟禁されていただけだ。それより、この状況は……?」
サシャは鎖を鳴らしながら、私の視線の先を追う。
牢の内部も緑の草木が生い茂り、サシャと檻の間には鋭い棘をまとった茨も生えていた。
「貴族らが、何か危害を加えようとしたのか?」
私の問いにサシャが一瞬戸惑う。
言っていいものか迷っているようだ。
「サシャ、私はあなたとアラン殿の味方です。何があろうと決してこの気持ちは揺るがない。私は生涯、あなたを守ると精霊に誓ったのですから」
「アーシュ兄さま……」
「話してください。この状況……精霊たちが動くほどの出来事があったのでしょう?」
きゅっ、と唇を噛んで俯く。
言いたくないことなのか、言いづらいことなのか。
それでも、この状況を打開するためらは、全てを語ってもらわなければ私も動けない。
「アーシュ兄さま、兄さまの兄上は……」
「兄上? カエターン・バルツァーレクでしょうか?」
覚悟を決めた顔で頷く。
「はい、カエターンは……王位簒奪を狙っている」
緊張した声で答えたサシャの言葉は、心の奥底では疑いつつも認めたくないものだった。けれどこの子が、ただの思いつきで、この様な言葉を口にするとは思えない。
何より、「罪人」と決めつけ「サシャが欲しくはないか?」語った兄の言葉が、私の不安と疑いを確かなものにしていく。
「……信じられないだろうけれど……」
「信じます」
「アーシュ、兄さま……」
震えるような声で私の名を呟く。
「サシャが冗談でそのような言葉を口にするとは思えない。まして、この状況で嘘をついてどうするというのです」
言って私は、数歩後ろで周囲を警戒しているハヴェルに振り向いた。
ハヴェルは険しい顔で頷き返す。
「妨害魔法のせいで声は遠いが、精霊たちは殿下が真実を語っていると囁いている」
私は瞼を閉じ、深く深呼吸をした。
とんでもない話だ。同時に思う。
「何故……精霊たちは今まで、これほど重大な事実を隠していたのか……」
「俺にも分からないな」
答えたのはハヴェルだ。
「精霊は気まぐれで、人の意のままに扱える存在ではない。だとしても、何故、黙って見過ごしてきたのか……」
「精霊たちの声を聞くことができる者は少ないが、皆無ではない。国王陛下をはじめ神殿の神官たちも幾人かは、精霊の声を聞くことができる。陛下や神官たちは何故動かないのか。サシャ……その事実は精霊たちよりもたらされたものですか?」
「いいえ」
悲し気な顔でサシャが首を横に振る。
「カエターン本人から、語られたものです」
ぐっ、と檻を掴む手に力が入った。
兄上は貴族たちの命令でサシャを罪人としここに連れて来たのではなく、自ら動いてこのようなことをしたということ。
王位簒奪。
兄上が、兄上こそが、首謀者だということ。
私は覚悟を決めるように問い返す。
「兄上が自ら、このような事態を招いているということですね?」
こくり、と頷く。
私は深く息を吐いて階段の方へと振り返った。サシャが私を呼び止める。
「待って!」
「兄を問いただします」
「それは、今ではない」
「サシャ?」
覚悟を決めたような真剣な眼差しが、私を見つめていた。
「アーシュ兄さまに、いえ、聖騎士ザハリアーシュ・バルツァーレクにお願いがあります」
王太子の顔でサシャは言う。
「精霊の囁きにより、アランの呪縛を解く方法が分かりました。悪しきモノに封じられた、獣人の呪縛を解く力……それは、王となるエルフの願いと、祈りの込められた魔石によって浄化される……」
「王となるエルフの願いと魔石……それは、あなたいつも胸に持っている……」
「そうです。アーシュ、このことをアランに伝えてください」
自分の身の危険より、優先しなければならないというようにサシャは言う。
「アランを見つけ出し彼を僕の元まで導いてください。この状況を打開する全ては、アランの解呪にかかっている」
王となる者の命だ。
その気高い気迫に息を飲んだ。
私はその場に片膝をつき、胸を押さえて頭をたれる。
「サシャ王太子殿下のご命令、確かに承りました」
立ち上がり、私は今一度殿下に頷いてから、ハヴェルと視線を交わした。
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