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第六章 死を許さない呪い
249 僕の部屋に
しおりを挟む僕とアランを乗せ、真っ直ぐに王城に戻った馬車が門をくぐり到着すると、既に先触れがあったのか城の使用人たちが扉を開けて待っていた。
歩くこともままならないアランを、用意した布に横たわらせ数人がかりで運ぶ。
使用人たちに指示を出していたザカリー殿が、僕に声をかけてきた。
「獣人が一番安心できる場所は、番のいるところです。このまま、殿下の部屋に運んでよろしいですな?」
番……改めてザカリー殿に言われて胸がどきりとする。
「うん。僕の部屋に運んで」
答えると数人の使用人が先に駆けていった。
ベッドなどアランが休む準備を整えに行ったのだろう。
できるだけ負担にならないように丁寧に、それでも足早に運ばれたアランと僕らが部屋にたどり着いたころには、すっかり準備が整えられていた。
抱えていた布ごと僕のベッドに乗せられる。
アランはわずかに顔をしかめて、声を漏らした。
服は数日前に国王陛下の前で爪を振るった時のまま。でも、全身ボロボロで元の形なんてまともに留めていない。
千切れた鎖がついた手足の頑丈な鉄輪はそのままだし、魔法の刻印もそのままだ。
背中の傷痕はもっと酷くて、僕の解呪に合わせて矢傷は塞がったみたいだけれど、それは止血ができただけという状態だった。
ザカリー殿が一歩遅れて部屋に入って来た、魔法師団長ベリンダ殿に声をかける。
「この手足の金具、お主ならば外せるであろう」
「ええ、できるわよ。でも少し時間がかかるわね……ったく、厄介な術で拘束して。しかも鎖を引きちぎって来るなんて、この獣人、精神力が強すぎるにもほどがあるわ」
やっぱり、ただ頑丈なだけじゃなく精神や肉体にも影響を与える仕掛けがされていたんだ。魔術師ではないアランは、それを力技で引きちぎって来たのだろう。
よく見れば金具の周囲の手足は、無理に鎖を引きちぎったせいで肉がえぐれている。
あまりに悲惨な状況を再確認して、僕は思わず口を押えて目を反らした。
僕の肩にロビンが手を添える。
「殿下、ここはザカリー様とベリンダ様にお任せしましょう。他にも腕利きの魔法師や治癒師が控えています。アラン様の回復に、城の者は全力であたります」
「うん……」
僕が枕元にいても、今は何もできない。
夕暮れ迫る窓辺に移動した僕に、ロビンと数人の使用人が取り囲み声をかけた。
「殿下もこの数日、何も口にできず投獄されていらしたのです。今、温かい飲みものとスープを準備しております。その前にお体を清め、新しい衣服を……」
言われて僕も、自分の姿に気が付いた。
アラン程ではないけれど、両手を拘束していた手錠の跡が擦り傷となって残っているし、汗とホコリで汚れている。一人の治癒師が僕の手首の傷を癒して、そのまま部屋に備えつけていたバスルームに向かった。
鏡の中の僕は、涙とホコリで薄汚れているし髪もぼさぼさだ。
側に控えるロビンが、さっと片膝をついて頭を下げた。
「殿下にさいしましては、国王陛下の命とはいえ裏切るような行為にでました。今後、私を側に置くのは不快だと仰せであれば、従者を別の者へ替えさせていただきます」
「ロビン……」
二重スパイとして働いていたことを言っているんだ。
投獄された僕に声をかけることも無く、カエターンの従者になったように振る舞っていた。その様子に戸惑いはしたけれど……。
「一人牢の中にあって、どれほど心細かったでしょう……」
「ロビン、僕は信じていたよ」
「……殿下」
ロビンが顔を上げる。
「もちろん、どうしたのだろうって驚いていたけれど、精霊たちはロビンに警戒していなかった。それに……相手は公爵の身分の高位貴族だ。たとえ陛下の命令がなかったとしても、ロビンの立場では従うしかなかっただろうって……」
それが王城での身分というものだ。
どれほど理不尽なことでも拒否なんかできなかった。もし抵抗すれば、城を追い出されるか、最悪捕らえられて処罰を受けることになる。
命をかけて主に尽くす者もいるけれど、僕は、自分の命を大切にしてもらいたい。
「これからも、僕の従者でいてくれる?」
僕も床に膝をついて顔を覗き込む。
呆然とした顔で驚くロビンは、一瞬、くしゃりと表情を崩してから泣きそうな笑顔で頷いた。
「殿下がお望み下さるのでしたら、命果てるまでお仕えいたします」
そう言ってもう一度頭を下げてから、僕の手を取り、埃と泥で汚れた指に口づけした。
彼も、国王の命令とはいえ辛かったのだろう。
「さ、殿下お立ちください。お体と御髪を清めます」
「うん」
僕は汚れた衣服を脱いで、既に用意されていた温かな湯に浸かる。
湯には気持ちが落ち着く花の香油が入っているのだろう。大きく深呼吸すると、体中の緊張がほぐれていく感じがした。
バスタブの縁に腰を下ろしたロビンが、汚れた僕の髪にいい香りの水石鹸をたらして優しくマッサージするように洗っていく。この六年、ずっとしてくれていたのと同じ指の動きに、僕は体と心はさらにほぐれていった。
「お辛い中、よく耐えて下さりました。これからは皆がお側におります」
囁くように言われ、僕が頷く。
思い出せばカエターンは僕を凌辱して、心を壊すとまで言っていた。王妃とは名ばかりの奴隷にするんだと。
結局は草木の精霊たちの力に怯んで、口だけの脅しで終わったけれど、彼が精霊たちの力をもっと強く抑え込んでいたなら、今頃僕は正気ではなかったかもしれない。そう思うと、急に恐怖が押し寄せて来た。
温かい湯に浸かっているのに体が震えて来る。
ずっと気を張っていたから、恐怖を感じなかっただけだ。
「ふぇぇ……」
ロビンが髪を洗う手を止める。
「殿下?」
「ふぇぇぇ……こ、怖かったよぉ……」
小さい声で呟くと、ぽろぽろと涙が溢れて来た。
ロビンが頷き返す。
「ええ、よく耐えて下さりました。もう大丈夫です。皆が殿下をお守りします。アラン様もずっとお側におります」
何度も何度も囁くようにロビンは言う。
「もう大丈夫です。試練は終わりました。もう大丈夫です」
頷きながら、僕はぽろぽろと涙をこぼし続けた。
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