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第六章 死を許さない呪い
271 呪いの森
しおりを挟むアーシュが僕の方に手を伸ばして囁いた。
「サシャ、どのように心動かされようとも、決してその森には近付てはいけません。解呪をしようなどと、思わないでください」
無意識に首からかけていた魔石を握りしめていたようだ。
僕は、アランの呪縛を解いた魔石から手を離して、「うん」と頷いた。
「大丈夫。アランの呪いを解いたからと言って、僕の解呪の力が万能だなんて思わないから……。それに、その森の伝承は学生だった頃に教えてもらったことがある」
昔、あらゆる魔石を集め魔法を使い、魔物を始めとして、人や動物、草木たちを実験台にした魔法師がいた。
そのやり方は残忍で、土地の領主が何度も諫めたが聞かず、更には領主まで実験台にして殺してしまった。それに怒った精霊たちが、魔術師を樹木に変えて封じたのだという。
だがそれでも邪悪な魔法師の魔法は漏れ出て、時折り人や動物、時には魔物も引き付けられ、同じように樹木にされていた。
数百年前、王国の魔法師たちが解呪を試みようとしたがかなわず、周囲を結界で囲った。更に近くの村に精霊の声を聞くことのできる神官を置いて、迷い込む者を止めるようにしたという。
マロシュを止めたという老婆は、その一人だ。
「魔石を使った魔法で、一部禁忌とされているものがあるのはそういうことだって」
「わしが思うに、人の欲望は果てが無い。精霊たちは何度となくマロシュを止めるチャンスを与えていた。だが、奴はそれを全て無視した。その結果、自ら呪いに堕ちていったのだろうて」
「彼を追っていて、何度も不思議なことがあったんです」
ルボルお爺さんに続いてカレルさんが報告する。
「何度となく、僕の弓矢が風によって邪魔されました。本当ならもっと早くマロシュを捕らえ、ここに引き出し、刑に処す機会があったのに」
「それは精霊が許さなかったのでしょう」
風の精霊の声を聞くハヴェル殿が答える。
「マロシュは未来の国王、サシャ王太子殿下の命を狙い、アラン殿を傷つけた。もし自首したならば、牢獄や処刑台で人として死ぬこともできたが、最後まで罪を自覚しなかった」
「結果、最も重い、死ぬことのできない呪いを受けることになった」
アーシュの淡々とした声が続く。
百年、二百年。
もしかすると千年先まで、マロシュは呪いの森で生き続けることになる。
――それほどまでに、精霊の罰は強く、厳しい。
「精霊たちは滅多に怒らないけど、本気で怒らせたなら、時代を超える」
僕の呟きにアーシュが頷く。
「そうです。ですから私たちは慎ましく、心正しく生きなければ」
「そういえばアラン殿が捕らえられていた砦に、禁忌の魔法を使っていた老婆がいたな。盗賊たちと一緒に逮捕されたと聞いていたが」
ふと、ハヴェル殿が思い出したように声を上げた。
答えたのは、宮中伯のホレス殿だ。
「ほぼ人ではない――半魔物となっていましたので、魔法師団の研究所に送られました。今後は魔法のための研究素材として扱われるでしょう」
「マロシュなる者の、美貌を保つ役を担っていたそうです」
「どうりで嫌な臭いがしていたわけだ」
ロビンの補足に、アランがあからさまなため息をつく。僕が見ても可愛い……いや、どこか怖いぐらいに整っていたマロシュを、アランは徹底的に嫌っていた。
冒険者の多くの人がマロシュに好意的だったのに、アランの鋭い本能は彼の違和感に気づいていた……というこだろう。
「そう言えば……奴が人のように見えなくて、クレメントに正体を探ってくれと依頼していたことがあったな」
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