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第一章 守銭奴魔術師の日常
1-10 解除の時間だ。その目にしっかりと奇跡を焼き付けるんだな。
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依頼人ケビン・ハーマンを部屋に通し、依頼料の残り大銀貨七枚を受け取った。
「それじゃ、解除を見届けてもらおうか」
「え?」
「先に封を解除して空だったとなると、盗んだとか失敗したんだろうと、難癖付ける奴もいるんでね。あんたがそんな輩だとは思ってないが」
見届けてもらうのが一番安全だと説明すると、ケビン・ハーマンは大変なんですねと言いながら頷いた。
「まぁ、そのまま楽にして見て行ってくれよ。解除は一瞬だ。その目にしっかりと奇跡を焼き付けるんだな」
営業スマイルを忘れず、取り出した正六面体をテーブルに置く。
袖を捲りながらケビン・ハーマンの向かいに座った俺は、それに手を翳した。
「これは複数の魔法が重ねられている」
「……はぁ」
「それらが組み合わさり、本来の魔法がない交ぜになっているんだ。だから、一つずつ解くのは無理だ」
「えっ? でも、この前は簡単にって……」
一瞬、ケビン・ハーマンの顔が険しくなった。しかし、俺の手から発せられた陽炎が正六面体を包み込むのを目にすると息を飲み、口を引き結んだ。
「一度に解除をするには、この封印を元の状態に戻す必要がある」
俺の手の下で 煌めく魔力に包まれた正六面体が小刻みに動き出す。そして、カタカタと音を立てたと思えば、おもむろに浮きあがった。
ケビン・ハーマンの目が、零れ落ちそうなほど見開かれた。
悪くない反応だ。
しっかりと俺の仕事を目に焼き付け、金を払ったのが無駄ではなかったと、記憶に刻んでもらおうじゃないか。
深く息を吸いこみ、静かに「始めよう」と告げれば、正六面体はゆっくりと反時計回りに回転を始めた。面に刻まれた古代魔術言語が浮かび上がり、光の線が六つの面を均等に割った。
九つに割れた文字盤は、文字通りバラバラに浮かび上がる。
「これには、三つの封印魔法が重ねてかけられている。それらを繋げて、一つの封印としているんだ」
五十四枚の小さな文字盤となったそれらは、浮かぶ正六面体の周囲をゆっくりと回転し続けている。
魔法に無縁だろうケビン・ハーマンは、頷く代わりに、生唾を飲んでじっとこちらを見ていた。
まずは、精霊の名を組み込んだ封印をあるべき姿に戻す。
「大地を照らす火の精霊、実りを運ぶ風の精霊」
言葉に魔力を乗せれば、バラバラになった文字盤が一枚ずつ輝きを強くした。
「凍てつく大地に祈りを捧げ、喜びの花を籠に収めよ」
十八枚の文字盤が虹色の光を放った。その内、六枚は重なりあう文字だ。その為、特に強い光を放っている。
次は、光と闇の精霊の名を刻む封印だ。
「空に輝く金の星、銀の星、輝く光に帳を下ろし安らぎを与えし時、扉は閉ざされる」
言葉に呼応するように、更なる十八枚の文字盤が金銀の粉をまとうように輝き出す。
最後は──
「来るべき時を待ち、我は主なき回廊を閉ざし、眠りにつく」
祈りの言葉となる封印を示せば、最後の十八枚の文字盤が白く輝いた。その直後だ。高速ですべての面が回転を始めた。右に左に、上に下にと交差を繰り返しながら場所を変えて移動を始める。
美しい光が尾を引き、正六面体の周囲に輪を作っていく。
幾重にも重なる輪の光が混ざり合い、一層、強く輝きを放った瞬間だ。
あるべき場所に戻った文字版はカシャンッと音を立て、再び正六面体へと戻った。
「時は来た」
本来の姿に戻り、真っ白な光を放つ正六面体が俺とケビン・ハーマンの間でくるくると回転する。
「閉ざされた回廊を開く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」
俺が名乗りを上げれば、動きを停めた正六面体から四方八方に光の線が放たれた。その光は上部に集結し、丸く、まるで蕾のようになっていく。
シャンッ──
それはまるで鈴が鳴るような、ガラスが割れるような音だ。
おもむろに光の蕾が開き、その中央から真っ白な光を纏う女性が姿を表した。とても朧気な姿だ。
彼女が人でないことは明らか。さて、精霊か幻か。
危ないものではないことを探るように、俺が睨んで様子を探っていると、呆然と見ていたケビン・ハーマンの瞳から、ついっと涙が落ちた。
「……母さん?」
震えるその口から、弱々しい声が零れた。
にこりと笑った女性は手に持つ小さな手帳を差し出すと「生きて」と囁き、光の雨となって散った。
キラキラと、光がケビン・ハーマンに降り注ぐ。まるで彼を祝福するように。
「母さん!」
ガタンっと音を立てて立ち上がったケビン・ハーマンは、目の前に浮かんでいる手帳を掴むと、消えてしまった幻影を探すように辺りを見回した。
「それじゃ、解除を見届けてもらおうか」
「え?」
「先に封を解除して空だったとなると、盗んだとか失敗したんだろうと、難癖付ける奴もいるんでね。あんたがそんな輩だとは思ってないが」
見届けてもらうのが一番安全だと説明すると、ケビン・ハーマンは大変なんですねと言いながら頷いた。
「まぁ、そのまま楽にして見て行ってくれよ。解除は一瞬だ。その目にしっかりと奇跡を焼き付けるんだな」
営業スマイルを忘れず、取り出した正六面体をテーブルに置く。
袖を捲りながらケビン・ハーマンの向かいに座った俺は、それに手を翳した。
「これは複数の魔法が重ねられている」
「……はぁ」
「それらが組み合わさり、本来の魔法がない交ぜになっているんだ。だから、一つずつ解くのは無理だ」
「えっ? でも、この前は簡単にって……」
一瞬、ケビン・ハーマンの顔が険しくなった。しかし、俺の手から発せられた陽炎が正六面体を包み込むのを目にすると息を飲み、口を引き結んだ。
「一度に解除をするには、この封印を元の状態に戻す必要がある」
俺の手の下で 煌めく魔力に包まれた正六面体が小刻みに動き出す。そして、カタカタと音を立てたと思えば、おもむろに浮きあがった。
ケビン・ハーマンの目が、零れ落ちそうなほど見開かれた。
悪くない反応だ。
しっかりと俺の仕事を目に焼き付け、金を払ったのが無駄ではなかったと、記憶に刻んでもらおうじゃないか。
深く息を吸いこみ、静かに「始めよう」と告げれば、正六面体はゆっくりと反時計回りに回転を始めた。面に刻まれた古代魔術言語が浮かび上がり、光の線が六つの面を均等に割った。
九つに割れた文字盤は、文字通りバラバラに浮かび上がる。
「これには、三つの封印魔法が重ねてかけられている。それらを繋げて、一つの封印としているんだ」
五十四枚の小さな文字盤となったそれらは、浮かぶ正六面体の周囲をゆっくりと回転し続けている。
魔法に無縁だろうケビン・ハーマンは、頷く代わりに、生唾を飲んでじっとこちらを見ていた。
まずは、精霊の名を組み込んだ封印をあるべき姿に戻す。
「大地を照らす火の精霊、実りを運ぶ風の精霊」
言葉に魔力を乗せれば、バラバラになった文字盤が一枚ずつ輝きを強くした。
「凍てつく大地に祈りを捧げ、喜びの花を籠に収めよ」
十八枚の文字盤が虹色の光を放った。その内、六枚は重なりあう文字だ。その為、特に強い光を放っている。
次は、光と闇の精霊の名を刻む封印だ。
「空に輝く金の星、銀の星、輝く光に帳を下ろし安らぎを与えし時、扉は閉ざされる」
言葉に呼応するように、更なる十八枚の文字盤が金銀の粉をまとうように輝き出す。
最後は──
「来るべき時を待ち、我は主なき回廊を閉ざし、眠りにつく」
祈りの言葉となる封印を示せば、最後の十八枚の文字盤が白く輝いた。その直後だ。高速ですべての面が回転を始めた。右に左に、上に下にと交差を繰り返しながら場所を変えて移動を始める。
美しい光が尾を引き、正六面体の周囲に輪を作っていく。
幾重にも重なる輪の光が混ざり合い、一層、強く輝きを放った瞬間だ。
あるべき場所に戻った文字版はカシャンッと音を立て、再び正六面体へと戻った。
「時は来た」
本来の姿に戻り、真っ白な光を放つ正六面体が俺とケビン・ハーマンの間でくるくると回転する。
「閉ざされた回廊を開く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」
俺が名乗りを上げれば、動きを停めた正六面体から四方八方に光の線が放たれた。その光は上部に集結し、丸く、まるで蕾のようになっていく。
シャンッ──
それはまるで鈴が鳴るような、ガラスが割れるような音だ。
おもむろに光の蕾が開き、その中央から真っ白な光を纏う女性が姿を表した。とても朧気な姿だ。
彼女が人でないことは明らか。さて、精霊か幻か。
危ないものではないことを探るように、俺が睨んで様子を探っていると、呆然と見ていたケビン・ハーマンの瞳から、ついっと涙が落ちた。
「……母さん?」
震えるその口から、弱々しい声が零れた。
にこりと笑った女性は手に持つ小さな手帳を差し出すと「生きて」と囁き、光の雨となって散った。
キラキラと、光がケビン・ハーマンに降り注ぐ。まるで彼を祝福するように。
「母さん!」
ガタンっと音を立てて立ち上がったケビン・ハーマンは、目の前に浮かんでいる手帳を掴むと、消えてしまった幻影を探すように辺りを見回した。
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