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第二章 五百年前の遺物

2-8 依頼人の望みを叶える。それに対する対価を得る。それだけのことだ。

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 箱の鍵を開けたジョリーは白い魔法石を五つ取り出した。
 並んだ石の大きさは親指の爪ほど。値段は色によって変わるが、この白一つでも金貨一枚はする。高価なものになれば、それこそ金の延べ棒を積み上げなければ手に入らない。
 魔法石の梱包こんぽうを丁寧に始めたジョリーは、ふと手を停めた。何を気にしたのか、その表情はわずかに不安そうだ。

「依頼品にはすでに石が、幾つか着いてるって言ってたな?」
「三つな」
「てことは、その五つ分もんじゃないか?」

 真っ当に考えれば、その通りだ。
 魔法石は封印の鍵だろう。封印を施すのにも解除をするにも必要っていうのが定石だ。
 鏡にめる五つの魔法石は存在していて、盗難にあったか、あえて外して別の場所に保管していると考えるのが自然だ。大層なものが封印されているなら、後者だろうな。

 封印を解かれないための処置だとしたら、あるべき五つの魔法石は簡単に見つからない。だから、俺は代替品を用意しようとしているんだが。
 
「それを十日で見つけるのは無理だろ。なんの当てもないんだ」
「十日? 短いにもほどがあるぞ!」
「今回の依頼の期日だから仕方ない」
「また無茶してんな。けど、代替品を入れるなんて……」
「誤魔化しで、無理やりいければラッキーだろう?」

 この手の依頼で、中身が欲しいから外を壊しても良いと頼まれることはある。いや、案外多いな。
 そもそも、多くの封印物は解除を望まれないものだ。そう簡単に鍵が見つかるわけもない。だから、俺たちのような魔術師は仕組みを理解し、代用の鍵を作って無理やり開けることを試みる訳だ。

「おいおい! そんなことして、鏡に傷がついたらどうするんだよ!」
「そっちの心配かよ。俺が吹っ飛ぶとか、飲み込まれるとか心配しないわけ?」
「それは、自業自得だ。それより、五百年! 年代物の美術品だぞ!」
「まぁ、善処はする。けど、俺の受けた依頼は、あくまで封印の解除だ。どんな形であれ、中身が確認できればいいんだよ」
「……詐欺師みたいなこと言ってるな」
「詐欺じゃない。依頼主も鏡がどうなろうと構わないって話だ」
「お前、仕事に誇りはないのかよ?」

 愕然とするジョリーに、きっぱりと「ないな」と答えると、大きくため息を吐かれた。
 依頼人の望みを叶える。それに対する対価を得る。仕事ってのはそれだけのことだ。そこに誇りなんてものを持ち込む必要はない。結局やることは同じだからな。

「あえて言うなら、依頼人の望みを、どんな手段を使おうとも叶えるのが、俺の誇りだな」

 財布から、用意しておいた金貨五枚をカウンターに置き、箱に納められた魔法石を受け取り席を立った。

「おい、リアナの飯ブランチ食っていくんじゃなかったのか?」
「二人で食ってくれ。こいつを仕上げなきゃいけないからな。またな」

 箱を鞄に押し込め、店の扉を押し開けた俺は呼び止める声を無視してさっさと外に出た。
 リアナには悪いが、時間を無駄にするほどの余裕は一分とない。

   ***

 鏡に刻まれている魔法陣の解読を進めた。
 鏡面は曇り一つない綺麗なものだ。その縁に刻まれる古代魔術言語エンシェント・ソーサリーがまず、一つの封印になっているのは明白だった。ただ、あまりにも細かく刻まれているため、拡大鏡ルーペを使って読み込むのに、丸一日かかった。しかも、だいぶ筆跡に癖のあるタイプだ。

「ジョリーなら、どこの魔術師か分かりそうだな」

 改めて鏡面を見て、次いで裏面を見る。
 問題はこっちだった。
 三つの石は過去、現在、未来を示していた。つまり、中に封じるものの時間を止める魔法だ。五つの石は東西南北を示すのか、はたまた季節か、四大元素か。色々考えたが、どう頑張っても、五つに当てはめることは難しい。
 石を嵌める台座、それぞれの周囲に刻まれる小さな古代魔術言語を読み解けば、ヒントくらいあるかと思ったのだが。

「小さすぎるんだよな、文字が」

 五百年前の魔術師って言うのは、どれだけ視力が良かったんだか。もしや、何キロメートルも先に立つ人の表情まで識別できたとか言うんじゃないだろうな。そう思わずにはいられない程、刻まれた古代魔術言語の細かさは、まさしく芸術的だった。
 さてこれからが勝負だ。
 まずは魔法陣に組まれた属性を導き出す。そして、適切な石をまねて白の魔法石に魔法付加エンチャントする。それをこの数日で行わなければならない。

「やってやるさ。金のためにな」

 ふんっと意気込み、拡大鏡片手にノートを広げた俺は、刻まれる古代魔術言語を一つ一つ書き出し始めた。
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