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第五章 魔法石を求めて

5-10 ロックバレスの未踏遺跡専門窓口は暇なのか?

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 組合の受付はいくつか相談窓口が分かれている。仕事の依頼を受け付ける窓口も初心者から上級者まで区分けされてる他、苦情相談用なんてのもある。
 俺が向かった窓口は、未踏みとう遺跡専門の窓口だ。この窓口は未踏遺跡が残る地域の組合にしか存在しない上、利用できるのも一定水準の認められた魔術師だけとなっている。俺が訪れるようになったのは五年ほど前だ。

 受付にいた女性は手鏡を覗きながら丁寧に赤い口紅を塗っていた。

「業務中だろ? 暇なのかよ」
「んー? あら、久しぶり」
「ポーラ、同伴の申請をしたい」

 唇をすり合わせるような仕草をして、んぱっと開いた赤い口が「は?」と問い返してきた。
 豊かな栗毛色の髪はゆるく波打ち、豊かな胸をたゆんと揺らしたポーラは、そのまはま口をぽかんと開いて目を見開いている。

「急いでいるんだけど」

 こんなことをしている間に、ビオラが後先考えずに料理を注文している可能性が高い。
 あいつは俺のことを財布か何かと思っている節があるからな。ラスが払うから気にするな、とか言い出しかねない。
 考えれば考えるほど、嫌な想像が脳を埋めていく。

「ポーラ、聞こえなかったか?」
「聞こえてるわよ。同伴ってどういう事よ。久々に来たと思ったら、同伴ですって!?」

 がたんっと音を立て、椅子を蹴り飛ばして立ち上がったポーラは、俺の三つ編みを掴むとぐいっと自分の方へ引っ張った。

「いっ……おい、引っ張るな!」
「あたしがいっくら誘っても遺跡に行ってくれなかったのに、どういう事よ! 一人が楽だとか言ってたじゃない。どこの女? 男!? あんたを口説き落とした奴、今すぐここに連れてきなさ──」
「静かになさい」
 
 訳の分からない理屈を怒鳴り散らすポーラは、突然背後からファイルで頭を小突かれた。
 その声に、ポーラがは明らかに緊張して身体を硬直させた。現れた女性は、ポーラの師匠に当たる魔女だから、仕方あるまい。

 落ち着きを払った冷静沈着な美人は、五十歳間近とは思えない美人の魔女だ。若い頃は未踏遺跡の開拓を最前線で行っていた一人でもある。美しく近寄りがたい様と、まるで湖面に氷が張ったような白藍しらあい色の瞳から、氷の薔薇という二つ名がついたと聞いたことがある。
 その名にふさわしい、冷たい視線がポーラに向けられていたが、おもむろに俺の方に向いた。
 
「久しぶりですね、ラス」
「イメルダ女史、ご無沙汰しています」
の件でしたら、本部から連絡を受けています。同伴とは、そのことですね?」
「話が早くて助かります」
 
 暴食の魔女に関することは本部に報告済みだ。
 現在、ビオラに狂暴性が認められないこと、俺が勝手に契約を結んでしまったことも報告済みではある。ありがたいことに、おとがめなしで、ビオラの保護と観察を一任された。

 それらを各組合で情報共有がなされ、ビオラのことも表向きはということになっている。
 ビオラにはお伽話になっていると言ったが、亡国ネヴィルネーダが絡んだ話だ。さすがに、暴食の魔女って言葉はそう簡単に口に出来るものではないからな。

「イメルダ様、何ですか、封印の魔女って」
「今、ラスが引き受けてる任務です。詳細はあなたにも語れません」
「えー、ちょっととくらい良いじゃないですか。だって、ラスが同伴ですよ!! どこの魔女か魔術師か知らないですけど、ただ事じゃないって思うでしょ! もう、恋としか──」
「ポーラ……すぐ、色恋で物を判断するのはおやめなさい。そんなことだから、上級試験を突破できないのですよ。それに、ラスはさらにその上の魔術師であること、忘れないように。そもそも、あなたが気安く話せる相手ではなく、わたくしをすぐに呼び出すのが筋というものです」

 冷ややかな目でポーラを見たイメルダ女史が淡々と説教を始めた。
 この二人は師弟関係にあるのだが、ポーラはいつまでたっても中級魔女から昇格できないでいる。それは日頃の節制がなっていないからだと言うのが、女史の考えのようで、ことあるごとに規律だ何だと説教を始めるのだ。これが始まるのは、ポーラが門下に入った五年前から変わらない。
 説教が長引く前に、俺の申請を通してもらわないと、いつまで待たされるか知れたもんじゃないな。
 
「あー、それと追加で三枚、欲しいんだ」

 そう口にすると、イメルダ女史がきょとんとした。その表情は五十手前とは思えないほど幼く愛らしく見え、思わず笑いたくなった。彼女を氷の薔薇と呼ぶ奴らに見せたいくらいだ。

「どうしたんですか、ラス? 同伴ということは、遺跡に入る力を持たない者ということですよね。それをさらに三枚?」
「ね、イメルダ様。今日のラスはおかしいでしょ!」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。これには事情があるんだ」

 面倒だが、掻い摘んで花農家の三兄弟のことを説明すると、二人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして言葉を失った。

「で、今は四人を下の食事処で待たせてる。もさもさしてたら、俺の財布が空に……あぁ、そうだ。あいつらにかかった金、経費で落とせないか?」
「……魔女のお嬢さん分は経費として落とせますが、その三人の分は難しいですね」
 
 ふうっと長い息をついたイメルダ女史は、指定場所に記名をと言いながら書類を出した。

「ちょっと! お嬢さんって何ですか、お嬢さんって!」
「ポーラ、人の事情に首を突っ込むのはよしなさいと、あれほど忠告したでしょう」
「だ、だって……やっぱり、ラス、女が出来たの!?」
「声が大きいですよ」
 
 ポーラは相変わらず感情豊かと言うか、大げさなほど反応する子だ。これは、イメルダ女史も苦労しているな。
 差し出された臨時の通行証を四枚受け取った俺は礼を言うと、申請書を差し出した。

「それにしても、お金にしか目がなかったあなたが、人のために動くとは……アドルフが聞いたら喜びそうですね」
「そうですか? 笑い飛ばされる気もするな」
「ところで、階層はどこに行く予定ですか? 四人も守るのであれば、第五階層が妥当かと思いますが」
火蜥蜴の石サラマンドライトを探しているんだ」
 
 俺の最大の目的を告げると、イメルダ女史は難しい顔をした。

「火蜥蜴ですか……第五階層ではだいぶ数を減らしていますので、少々難しいかもしれませんね」
「イメルダ様、でも、第五階層に未踏地が最近になって確認されましたよね」
「そうなのか?」

 ポーラか地図を引っ張り出すと、イメルダ女史はおおよその場所を指し示した。

「ここから火蜥蜴が出現したという報告も上がっています」
「良い話を聞いたな。ありがとう、その辺りに行ってみるよ」

 二人に礼を述べた俺は急いで食事処に向かった。
 この時、走り抜けたすぐ横をすれ違った少女が立ち止まり、俺の後ろ姿を見ていたことに全く気付いていなかった。
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