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第十章 マージョリー・ノエルテンペストの手記

10-3 辿り着いた城の内部は蔦にまみれていた。

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 廃城の内部は瓦礫がれきの山だった。
 栄華を誇った時代の象徴ともいえるこの場所は、五百年の間、一つも人の手が入らなかったのか。いや、魔術師や盗掘屋トレジャーハンターが調査に入ってから、多少はガラクタが片付けられたりしたのかもしれない。
 通路を進みながら、昔は絵画や彫像が飾られていただろう壁や何もない台座を横目に見た。

「五百年……すっかりすたれてしまったの」
「長年、放置されていたにしては、ずいぶん綺麗な方だと思うぞ」
「破壊行為の後もあるのは……寂しいが、そうなのかもしれんの」

 睫毛を揺らしたビオラは、少し物思いふけるように窓の外に視線を向けた。その先に見えるのは、崩れた塔だ。
 この城は大きな塔を四隅にもつ城壁で囲まれている。その四つの塔はほぼ跡形もなく崩れ、苔や蔦、木々によって青々とした姿に変わっている。

「この様子では、遺物はないんじゃないでしょうか?」

 埃っぽいドアを押し開けたエイミーは、その先の散らかった部屋を眺めていた。おそらく、貴賓室か何かだろう。
 壊れた調度品や敗れたカーテン等に見られる彫刻や柄から品の良さが伺えた。しかし、ここも壊れた調度品以外のものは根こそぎなくなっているようだな。
 
「ここにも調査は入っているし、残っていた遺物は根こそぎ撤去されてるだろうな」
「お探しのものも持ち去られた可能性が──」
「それはないのじゃ。ほれ、エイミー、先を急ぐぞ」
「あ、はい!」

 エイミーの言葉を遮ったビオラは廊下の先を指し示すと、瓦礫をよけながら歩き出した。

「こっちじゃ」
「歩きにくそうだな。抱っこしてやろうか?」
「いらぬ! 子ども扱いするでない!」

 揶揄からかい半分で言われたことに気づいたのだろう。一度足を止め、ものすごい嫌そうな顔を俺に向けたビオラは、すぐ前を向いて歩き出した。
 所々、壊れた窓や壁から入り込んだ蔦は城の内部まで随分と進んでいた。その蔦をよけ、崩れた壁を退かして奥へと進んだ。

 ビオラがある扉の前で立ち止まったのは、指先がだいぶ汚れた頃だった。
 扉は全面蔦に覆われていて、辛うじて金属製の取っ手が見えることで、そこに扉があると分かる程度だ。その蔦はさらに壁を伝い、天井にまで達している。

「だいぶ侵食されているな」
「そのようじゃ」
「蔦を剥がしますね」

 そう言ったエイミーが指を伸ばした。直後、バチンッと音を立てて弾かれた。
 赤い滴りが床を汚した。

「大丈夫か? まるで静電気が走ったような音だったな」
「あ、はい……ちょっと指先が切れましたが、問題ありません」
「無理するな。手当しておけよ」
 
 エイミーを下がらせ、俺は扉の前で周囲を観察始めた。
 さっきの音は、侵入を拒んだ時に出る拒絶反応のようなものだろう。この扉に何か結界の様な、侵入を拒む仕掛けが施されていると考えるのが妥当だ。

「この先は誰の部屋だ?」
「マージョリー・ノエルテンペストの部屋じゃ」
「囚われの鬼才か」
「表向きはの」
「……表向き?」

 問い返すと、ビオラは小さな手を突き出し、止める間もなく蔦に触れた。
 エイミーと同様に弾かれるかと思いきや、一向に反応は起きなかった。もしや、この先に足を踏み入れられる人間は決まっているということか。

 扉に足をかけて太い蔦を引っ張ったビオラは、ふうっと息をつくと額の汗を拭った。

「ラス、手伝ってたもれ。この蔦を剥がさねば、扉は開かぬ」
「俺もバチッと弾かれるんじゃないか?」
「ラスはわらわと契約を結んでおるから問題はない。手伝ってたもれ」
「契約……」
 
 右手に印を見て納得した。
 やはり、この扉をくぐれるものはマージョリー・ノエルテンペストに縁がある者、あるいは彼女をここに閉じ込めた者が承認した者と言うことか。

「何をボーっとしているのじゃ!」
「……分かったって」

 ビオラのことを疑っている訳ではないが、渋々、蔦に指を伸ばした。
 静電気が指先に走るのは地味に苦手なんだよな。バチッと来ないでくれよ。そう思いながら葉に触れたが、衝撃は訪れなかった。

「だから、問題はないと言ったであろう。さっさと、扉を開けるのじゃ!」
「あ、あぁ……」

 拍子抜けに感じながら蔦を剥がしていくと、塗装が剥げてもその絢爛豪華けんらんごうかさが伝わる両開きの扉が姿を現した。
 この先に、ビオラの師匠マージョリーの遺したものが残っていればいいんだが。
 扉はきしみながら、ゆっくりと開かれた。

「さて、くとしようかの」

 リュックを背負いなおしたビオラは、躊躇ためらうことなく部屋の中へと足を踏み入れる。俺も杖を握りなおして足を踏み出した。
 もしかすると、侵入を拒まれるかもしれない。衝撃を受けるのではと思ったが、何も起きなかった。
 
「あ、あの!」
「エイミーはそこで待つのじゃ」

 振り返ったビオラは、扉の向こうで困惑しているエイミーを振り返った。
 
「用事はすぐ終わるからの。帰ったら、お菓子で一休みしようぞ」

 安心させるためだろう。にこっと笑ったビオラはエイミーに背を向けた。
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