枯れない花

南都

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第三章 「好転」と「安らぎ」

第八話

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「まぁ確かに、料理や家事では多少貢献できます。あとレジ打ち」

「何ですか、ムスッとして」

「サプライズの一つも出来やしないって思ったんですよ」

「ふふっ、そんなことでしたか」

 小さく笑い、満足げに目を伏せる。その後モノクロームは「可笑しい」と流し目で呟けば、気を取り直すように「よし」と声にする。そして次に指さしたのは奥の二部屋だった。

「さて、その奥の二つが寝室です。服もこちらでご用意しておりますよ」

「何から何までありがとうございます」

「いえ、もともと今日迎えようと思っていたので。本当はここ以外も整理していたんですけど……不測の事態もあって今夜はこちらでお願いします」

「ああ、話していると本当に感覚がズレてくる。ここはむしろ最高ですよ、謙遜する余地もないから安心してください。ここで謙遜されてしまったのなら、俺の家は家畜小屋です。いや、実際はそれほどまでに酷くは決してないですが、それくらいに見劣りしてしまう」

 後ろ頭を掻く。自身と相手の感覚のギャップに頭が痛くなりそうだった。
 その頭痛、決して悪い意味ではなく、むしろいい意味合いが強いが。

 そんな俺の様子を見て、モノクロームはくすくすと笑う。聞こえるのは、こそばゆいほどの衣擦れかのような小さな声。目を伏せ、微かに頬を赤らめている。
 温暖色に照らされて分かりづらいが、確かに霜焼けとは違う赤らみ方だ。

「最後のフォロー、言わなくても伝わっていますよ」

「おーおー、すみませんね。全く、俺はおとなしく外で藁にでもくるまって寝ていますよ」

 冗談交じり、拗ねたように告げれば、モノクロームは困ったように眉を下げる。そして口角を上げ「ダメですよ」と弱ったように声にする。

「風邪をひいてしまいますから。寝室は……そうですね。一番奥の部屋を使ってください。そちらの方が広いので」

 こうも丁寧なフォローをされるとバツが悪くなる。

 どうにもこのまま話を進めてはいけない、そんな焦りが生まれるのだ。だからとすかさず交えたのは謝罪の言葉。必要がないとわかっていても、言わずにはいられなかった。

「すみません、冗談です。お言葉に甘えてお借りします」

 モノクロームはそれにふふっと笑う。続けて「分かっていますよ」と目を伏せれば、人差し指をぴんと立てた。

「スマートフォンは使えます。あとはクローゼットとベッドがあります。あと机と、いくつかのアクセサリーが飾られていますよ。クローゼットの衣服はご自由にお使いください。あとトランプといった娯楽品もいくつか」

 揃いに揃っている。欠けたものなどほとんどない。強いて欠けたものを言うならば、ゲーム機といった類のものがない、十分な電気が通っていない、といったところか。
 しかしそんなこと、ちっぽけな問題だ。

「それじゃあ今日はお風呂に入って一度寝ます。色々と疲れがたまっていて」

 ここ数日、信じられないことばかりが続いている。
 体の傷は治癒の能力によりほとんど消え、背中の傷程度しか残っていない。それでも精神的、肉体的疲労感はほとんど拭えていなかった。風呂にでも浸かって、今の状況を一人思い返したい気分だった。
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