66 / 123
第三章 「好転」と「安らぎ」
第十七話
しおりを挟む
沈黙、そして風呂場を立つ。モノクロームに配慮をする余裕もなかった。
吐き気がした。世界から存在意義を否定されたようだった。
世界は追憶を通して俺の可能性を消し去っているようだ。
お前の過去はこうだ、次の未来もわかるだろう、と。期待した未来を否定し、行き先を示さない。
世界、ならばお前は俺に何を求める? 何かを求めればそれとはズレたものを与える、期待すれば打ち砕く、手を伸ばせば遠のける。何を俺に求めるというのだ?
縁に足をかけ、温泉から去ろうとする。しかしその足はモノクロームの一声でとまる。
「シオン」、その名を呼ぶ声は甘く、これまでよりもずっと『誘い』に近かった。
「……いいんですよ」
背を仰け反らせ、両腕を伸ばす。湯銭から上半身を出し、仰向けに彼女は俺へと手を差し出している。
紅潮した顔も、腕からへそまで火照った身体、溶けてしまいそうな笑顔で俺を見ている。
身体が脈打つのを感じた。鼓動が高まる、血流が体を駆け巡る。
顔全体が焼けるように熱い、きっと耳まで赤いのだろう。格好のつかない顔をしている、泣きそうな顔をしているかもしれない。
弱った心には効果的すぎた、彼女という存在は。これまで耐えていた自分など消え去った、もはや堪えようもない。
「……どうなっても知りませんからね」
跪く、そして顔をモノクロームへと近づける。
体と同様、色目かしく濡れ、光沢がかった口元へと自身の口を近づける。口紅をせずとも随分と血色がいい、温泉の効果覿面というべきか。
ふにと唇が触れ合えば、口内へ伸ばされた舌。口内をまさぐるようにしてこちらの舌へと辿り着けば、絡みつくように柔らかく愛撫される。
こちらも絡ませてみれば、唾液をこちらに忍ばせたのち「ぷはっ」と唇を離した。
優しく微笑んだモノクローム。逆さになったまま、ぼんやりとこちらを見ている。
一段と紅潮している、目が潤んでさえ見えた。呼吸も荒んでいて、興奮した感情が伝わってくるようだ。
きっと、俺も似たような表情をしている。たった一回の口付けで、こんなにも性的な快楽を得られるなんて。
「あなたもその気じゃないですか」
「依存させる気ですか、モノクロームさんは」
「本当は、ここまでするつもりはなかったんですよ。けれど……気づいてしまったから」
仰向けの身体を起こし、湯銭の中で立ち上がる。
そのまま縁に足の乗せたのならば、モノクロームの意図を汲んで俺もその場で立ち上がる。そうすればモノクロームは微笑み、目を伏せるように頷く。
真っすぐ向かってくるモノクローム。そうして俺の身体へと自身の身体を重ねれば、素肌を押しつけるように俺の背へと手を回す。
彼女は俺にだけ聞こえるように小さく声でぼやいた。
「『主人公』である必要なんてない。だから……いいでしょう?」
押し倒される。それに抵抗などしない。もうモノクロームを受け入れていたから。
それからは、彼女に身を任せるだけだった。彼女の思うままに、彼女の求めるままに、俺はその時を過ごしていく。それは……どこまでも悦楽に満ちていた。
この物語の結末はどこにあるのだろうか。
昨日までならば自分は失命でも受け入れていた。しかし今は失命の結末を厭悪する自分がいた。
望むのならば、このままモノクロームと共に。生き抜いて、彼女と共に幸福な日々を。そんなことばかり思っていたのだ。
それがどこまでも都合のいい話だと言われたとしても。
吐き気がした。世界から存在意義を否定されたようだった。
世界は追憶を通して俺の可能性を消し去っているようだ。
お前の過去はこうだ、次の未来もわかるだろう、と。期待した未来を否定し、行き先を示さない。
世界、ならばお前は俺に何を求める? 何かを求めればそれとはズレたものを与える、期待すれば打ち砕く、手を伸ばせば遠のける。何を俺に求めるというのだ?
縁に足をかけ、温泉から去ろうとする。しかしその足はモノクロームの一声でとまる。
「シオン」、その名を呼ぶ声は甘く、これまでよりもずっと『誘い』に近かった。
「……いいんですよ」
背を仰け反らせ、両腕を伸ばす。湯銭から上半身を出し、仰向けに彼女は俺へと手を差し出している。
紅潮した顔も、腕からへそまで火照った身体、溶けてしまいそうな笑顔で俺を見ている。
身体が脈打つのを感じた。鼓動が高まる、血流が体を駆け巡る。
顔全体が焼けるように熱い、きっと耳まで赤いのだろう。格好のつかない顔をしている、泣きそうな顔をしているかもしれない。
弱った心には効果的すぎた、彼女という存在は。これまで耐えていた自分など消え去った、もはや堪えようもない。
「……どうなっても知りませんからね」
跪く、そして顔をモノクロームへと近づける。
体と同様、色目かしく濡れ、光沢がかった口元へと自身の口を近づける。口紅をせずとも随分と血色がいい、温泉の効果覿面というべきか。
ふにと唇が触れ合えば、口内へ伸ばされた舌。口内をまさぐるようにしてこちらの舌へと辿り着けば、絡みつくように柔らかく愛撫される。
こちらも絡ませてみれば、唾液をこちらに忍ばせたのち「ぷはっ」と唇を離した。
優しく微笑んだモノクローム。逆さになったまま、ぼんやりとこちらを見ている。
一段と紅潮している、目が潤んでさえ見えた。呼吸も荒んでいて、興奮した感情が伝わってくるようだ。
きっと、俺も似たような表情をしている。たった一回の口付けで、こんなにも性的な快楽を得られるなんて。
「あなたもその気じゃないですか」
「依存させる気ですか、モノクロームさんは」
「本当は、ここまでするつもりはなかったんですよ。けれど……気づいてしまったから」
仰向けの身体を起こし、湯銭の中で立ち上がる。
そのまま縁に足の乗せたのならば、モノクロームの意図を汲んで俺もその場で立ち上がる。そうすればモノクロームは微笑み、目を伏せるように頷く。
真っすぐ向かってくるモノクローム。そうして俺の身体へと自身の身体を重ねれば、素肌を押しつけるように俺の背へと手を回す。
彼女は俺にだけ聞こえるように小さく声でぼやいた。
「『主人公』である必要なんてない。だから……いいでしょう?」
押し倒される。それに抵抗などしない。もうモノクロームを受け入れていたから。
それからは、彼女に身を任せるだけだった。彼女の思うままに、彼女の求めるままに、俺はその時を過ごしていく。それは……どこまでも悦楽に満ちていた。
この物語の結末はどこにあるのだろうか。
昨日までならば自分は失命でも受け入れていた。しかし今は失命の結末を厭悪する自分がいた。
望むのならば、このままモノクロームと共に。生き抜いて、彼女と共に幸福な日々を。そんなことばかり思っていたのだ。
それがどこまでも都合のいい話だと言われたとしても。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる