枯れない花

南都

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第三章 「好転」と「安らぎ」

第十七話

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 沈黙、そして風呂場を立つ。モノクロームに配慮をする余裕もなかった。

 吐き気がした。世界から存在意義を否定されたようだった。
 世界は追憶を通して俺の可能性を消し去っているようだ。
 お前の過去はこうだ、次の未来もわかるだろう、と。期待した未来を否定し、行き先を示さない。

 世界、ならばお前は俺に何を求める? 何かを求めればそれとはズレたものを与える、期待すれば打ち砕く、手を伸ばせば遠のける。何を俺に求めるというのだ?

 へりに足をかけ、温泉から去ろうとする。しかしその足はモノクロームの一声でとまる。
 「シオン」、その名を呼ぶ声は甘く、これまでよりもずっと『誘い』に近かった。

「……いいんですよ」

 背を仰け反らせ、両腕を伸ばす。湯銭から上半身を出し、仰向けに彼女は俺へと手を差し出している。
 紅潮した顔も、腕からへそまで火照った身体、溶けてしまいそうな笑顔で俺を見ている。

 身体が脈打つのを感じた。鼓動が高まる、血流が体を駆け巡る。
 顔全体が焼けるように熱い、きっと耳まで赤いのだろう。格好のつかない顔をしている、泣きそうな顔をしているかもしれない。

 弱った心には効果的すぎた、彼女という存在は。これまで耐えていた自分など消え去った、もはや堪えようもない。

「……どうなっても知りませんからね」

 跪く、そして顔をモノクロームへと近づける。
 体と同様、色目かしく濡れ、光沢がかった口元へと自身の口を近づける。口紅をせずとも随分と血色がいい、温泉の効果覿面てきめんというべきか。

 ふにと唇が触れ合えば、口内へ伸ばされた舌。口内をまさぐるようにしてこちらの舌へと辿り着けば、絡みつくように柔らかく愛撫される。
 こちらも絡ませてみれば、唾液をこちらに忍ばせたのち「ぷはっ」と唇を離した。

 優しく微笑んだモノクローム。逆さになったまま、ぼんやりとこちらを見ている。
 一段と紅潮している、目が潤んでさえ見えた。呼吸も荒んでいて、興奮した感情が伝わってくるようだ。

 きっと、俺も似たような表情をしている。たった一回の口付けで、こんなにも性的な快楽を得られるなんて。

「あなたもその気じゃないですか」

「依存させる気ですか、モノクロームさんは」

「本当は、ここまでするつもりはなかったんですよ。けれど……気づいてしまったから」

 仰向けの身体を起こし、湯銭の中で立ち上がる。
 そのまま縁に足の乗せたのならば、モノクロームの意図を汲んで俺もその場で立ち上がる。そうすればモノクロームは微笑み、目を伏せるように頷く。

 真っすぐ向かってくるモノクローム。そうして俺の身体へと自身の身体を重ねれば、素肌を押しつけるように俺の背へと手を回す。
 彼女は俺にだけ聞こえるように小さく声でぼやいた。

「『主人公』である必要なんてない。だから……いいでしょう?」

 押し倒される。それに抵抗などしない。もうモノクロームを受け入れていたから。

 それからは、彼女に身を任せるだけだった。彼女の思うままに、彼女の求めるままに、俺はその時を過ごしていく。それは……どこまでも悦楽に満ちていた。
 
 この物語の結末はどこにあるのだろうか。

 昨日までならば自分は失命でも受け入れていた。しかし今は失命の結末を厭悪する自分がいた。
 望むのならば、このままモノクロームと共に。生き抜いて、彼女と共に幸福な日々を。そんなことばかり思っていたのだ。

 それがどこまでも都合のいい話だと言われたとしても。
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