枯れない花

南都

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第四章 「戦闘」と「曼殊沙華」

第十四話

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 そんな優しさにつけこむわけにもいくまい。

「はい。出来得る限りは」

「ありがとうございます。絶対ですよ、衝動からくる約束でなくとも」

「分かっています。約束は守りますよ」

 全くの本心と言えば嘘になる。それでも彼女からの約束という形ならば果たさなければならない。
 そのような意志は確かにあった。

 それを悟ったように満足げに頷けば、モノクロームはくるっと回りを見渡す。それに合わせるように、自分も周囲を再度確認する。

 駐車場、止め石があるものだ。
 設置された止め刺の数は二十近い、しかし停められた台数は一台だ。夜間であることを考慮しても、その数はあまりに少ない。
 明滅を繰り返す看板が放置されている辺り、暫く手入れもされていないのだろう。

「あの家の付近の駐車場と遜色はないものの、ここらも負けず劣らず伽藍堂(がらんどう)のようですね。近場にも駐車場はいくつかあったものの、どこもほとんど停まっていない」

「まぁ言ってしまえば田舎ですからね。土地は余っているものの……といったところでしょうか。しかしこういう雰囲気、私は好きですよ」

「俺もですよ。実際に住むとなると不便さが目立つかもしれませんが……」

 都会と異なり、食べ物を買いに出るだけでも一苦労なのだろう。
 電車でどこへでも行けるわけではない、夜中に近場のコンビニエンスストアに立ち寄ることも難しい、何でもそろう場所があるわけでもない。

 それでも、この自然と調和した雰囲気はいいものだ。開放感に満ちている。空を見上げれば満天の星空、都会では見られない空だ。

 正面を見ればモノクロームも空を見上げている。胸に手を当て、白い息を空へと漏らす。

 自分の視線に気がつけば、浮かべた愛想笑い。続けてぴんと指先を立てれば、「そういえば」と、その指を自身の頬へと軽くあてがう。

「知っていますか、伽藍堂って、伽藍神をまつる祠のことらしいですよ。祠、正式に言えば堂ですかね。そこが広々としていたため、がらんどうと呼ばれるようになったらしいです」

  指が開かれ、その手のひらが頬を軽く包む。そしてふふっ、とどこか得意げな笑顔を浮かべ、モノクロームは軽く髪をかきあげた。
 耳へと持ち上がった髪の毛、シロツメクサの入れ墨が露になる。

 思わぬ蘊蓄うんちくを知っているものだ。花の知識といい、彼女は思わぬ知識をよく知っている。

「初耳です。がらんとしている、という言葉の起源もそこなのかもしれませんね」

「豆知識です。『がらんとしている』の語源は分かりかねますが」

 顔を傾け、困ったように笑う。同時に耳へと掛かっていた髪が崩れ、さらっと地へとしなやかに髪が落ちた。

 本当に、些細な動作が可愛らしいものだ。この人と二人、自然の絨毯に仰向けに寝転がり、空を見上げたのならきっと快い気分になれるだろう。
 ここに広がる開放的な空気感の中ならば、本来ならば奇異の眼で見られそうな物事でも許容される気がした。

 河川敷や公園といった場所で人目をかいくぐって二人で仰向けに倒れる、ロマンに満ちた話だ。
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