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現代から不思議の国へ:少女時代
宇宙の向こうと繋ぐ架け橋
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ハイド伯爵は私の向かい側の座席に座っていた。伯爵は少し柔らかくなった声で言った。
「其方の名前を1つ残らず明かしなさい」
ミドルネームも含めてってことだな。
「アケミ・エリザベス・ディオリ・ガヴィーナ・エアリーです」と正直に答えた。
ハイド伯爵は私をギロリと睨みながらこめかみをゆっくりと突つき始めた。少し怖い、怒らせた?
ハイド伯爵は深々とため息を吐き「其方の名はエリザベス・ド・ハイドとする。私の死んだ叔父の娘ということにしておきなさい」と命じた。
私はこくっと頷いた。怒っていた原因は平民のくせに名前が長すぎたから? ペンダントに手を伸ばしかけたけど、ハイド伯爵の視線に気づき誤魔化すため頬を掻いた。荷物は取り上げられたけど、これだけは取り上げられたくない。お母さんがくれたものだから。
「エリザベス。これからはガヴィーナと名乗らぬように」とハイド伯爵は言った。
私は緊張したまま反射的に「はい」と答えた。それから言われた内容に気がついて「なぜですか?」と上目遣いでハイド伯爵をキョトンとしているように見つめた。
冷えた風が馬車のカーテンの隙間から忍び込み私はブルリと震えた。12月6日だか、12月25日だか分からないけど寒かった。夕日も沈んだ今、馬車の外は軽くホワイトアウトしていた。
✳︎
ハイド伯爵がこちらに寄り付かなくなってから2ヶ月経ち、3月になった。ここは伯爵の別邸らしい。ここで私は意外と静かな生活を送っていた。「静か」とはもちろんそのままの意味。だれとも会話することのない生活。使用人たちは私を異邦人扱いして、言葉をかけてこない。
それなりに広い私に割り当てられた部屋。壁の色は森の中にいるような深い緑。壁の中ほどの高さには、おとぎ話(たぶん『眠れる森の美女』)の場面が描かれた細い壁紙が張り巡らされている。暖炉の前方の金網には木が模されている。ベッドにはレースのついた綺麗なシーツ。引き出しと彫刻の多い書き机。部屋の中央には3つの椅子とテーブルがある。私はテーブルにつき頬杖をついて暖炉の火を見ている。
こちらを見て侍女たちがヒソヒソと声を交わし合う。内容は分からなくても、侮蔑や好奇心、嫉妬、同情――感情だけは伝わる。私には言葉が通じないことになっているから問題ないと思っているのだろう。でもね、声のトーン、顔色、身振り、聞いている人の反応。それらを見れば何を話しているのかは察しがつく。それらをもとに私は3ヶ月掛けて語彙を増やした。
最初に覚えたのは代名詞や指示語だった。侍女が相手を指差せば「あんた」、あの侍女の上下関係は分かるようになった。自分のスカーフを幸せそうに指差せば「これ」、新品なのだろう。私を指差せば「あのお嬢さん」、わずかに嘲笑う響きが籠っている。
何かを指差してから指差す向きをクイっと変えたら「~をあっちに持っていって」。このフレーズを覚えてから名詞のレパートリーも増えた。
ピアノで鍛えた耳を、4歳の頃から1人で各国を転々とした私を舐めないで。
うん。また何かを話している。
ここは私の部屋なのに何で堂々と長々とおしゃべりをするなんて。舐められたものね~。
聞こえた。ジェニンナは『あたし____しました』とお腹を撫でている。マーサは驚きながらも優しく肩を抱いている。マーサも何か言っている。どうせ、「おめでとう」とか「体をだいじにしてね」とか言っているんだろうなぁ。たぶん、妊娠したんだ。
私が生まれた時、喜んでくれた人はどのくらいいたんだろう? お父さんは? お母さんは?
婚約者がいたのに駆け落ちして20歳で私を産んだお母さん。母方の実家は、私が生まれたのを契機に母と絶縁した。私の誕生を喜んでくれる母であれば再婚相手より私を愛して。
父は……分からない。でも喜んでくれた父なら通りすがりの子どもより、小さな娘との未来を優先してくれたはず。
妊娠の知らせを喜び合う彼女たちは、まるで遥か彼方の星々のように輝いている。その光は私には眩しくて眩しくて……涙が、目がジリジリと焦げる。彼女たちが笑い合う声は、私の耳にまで届いてしまう。私は、どこの星からも弾き出された存在で……。ぬくもりが欲しくて堪らず宇宙を彷徨った末、ただ片隅で「寒い」と感じながら息をしている。宇宙の片隅とあちらの世界が繋がることはない。
いつか、いつかこの国を出て結婚出来る年になったら、私を愛してくれる人と結婚したい。
ため息を押し殺し、窓辺で頬杖をついた。雪はまだ止まない。
馬車の音。ハイド家の紋章。伯爵が来たのだ。私はマーサに身振りで馬車が来たことを伝えると、マーサは慌てて私の身支度を整えた。ハイド伯爵が私を呼んだ時には、私の身支度はすっかり終わっていた。
伯爵の私室で、私は優雅に見えるよう努めてソファに座った。
「其方は、本当によく似合うな」と伯爵は言った。少し驚いた。初めて誉められた気がする。
このドレスは、朱色のドレスにクリーム色が挿し色に入っていて金縁リボンもついている。裾はくるぶしまでの長さがある。袖や裾に段々のフリルがついていて、動くたびにフリフリと揺れる。髪はハーフアップでリボンが編み込まれている。複雑で私にはマネできない髪型。
このドレスは急に住まわせてもらうことになって、伯爵の姉妹か誰かのドレスをお直ししたものらしい。
この別邸での伯爵の私室に通され、優雅に見えるよう伯爵の向かい側のソファに座った。
「其方は本当に何でも似合うな。その髪の色や肌の色合いによく映えるな」と伯爵は珍しく誉めてくれた。
この朱色とダークブロンドの髪は相性がいいのかな。
「ありがとう存じます。閣下におかれましてはいかがお過ごしでしたか?」
「いつも通りだ」と伯爵は首を振り「そのようなことより、其方の春の衣装の仕立ては来週来ることとなった」と話を変えた。
「そうでございますか」と私は笑顔を見せて「閣下、ありがとう存じます」とお礼を言った。
伯爵は微かに眉間に皺を寄せ「そなたは15であるから、春になればようやく丈を伸ばせるな」と謝罪とも取れるようなことを言った。
こっちだと15歳で大人扱いで、女性は足先まで届くくらい長いドレスを着るらしい。でも屋敷にあったドレスの中で私の身長に合うドレスは少女向けのもので裾がふくらはぎの中間までものしかなかった。それをなんとかフリルで調整していた。
「いえ、閣下にはいつもお気遣いいただき、感謝ばかりです」
伯爵は私の目を見た後、こめかみを突き目をキョロキョロと動かした。
「しばらく来られなかったが、困っていることや変わったことはないか?」と尋ねた後、ティーカップを持ち上げた。
困っていることはない。侍女のおしゃべりを止めさせられたら言葉を覚えられなくなるもん。本音を言えば、そろそろ教科書がほしい。そうだ。
「私、こちらの言葉を覚えましたの」
伯爵はティーカップをガチャリと置き「何と言った?」と聞き返した。厳しさより困惑が伝わってくる。
私はにっこりと微笑んでから「あれは花瓶です」と窓辺の花瓶を指差した。「あの花を生けたのはマーサです」
伯爵は愕然としているのか、口がくるみ割り人形のように開いている。次は何を言おうかと、私は部屋を見渡した。マーサが震えている、普段の自身の会話の内容を思い出したのだろう。
ジェニンナは近寄り「閣下、失礼いたします」と伯爵に一声かけてからゆっくりとゴーディラック語で「お嬢様、あの花の出来はいかがでごさいますか?」と私に尋ねた。
私は頭の単語帳をパラパラとめくり「春思わせます。知っています。あれ冬の花だと言うこと」と微笑みながら答えた。
ジェニンナと伯爵の両方を見つめた。興奮に頬が熱くなっている。
伯爵は「其方は……どのようにして覚えたのだ?」と深々とため息を吐き出した。
「ジェニンナたち話からです」と答えた。
まだ接続語が曖昧だなぁ。ここから先はフランス語に戻そう。
「私、先生か教科書が欲しいです。おしゃべり好きな女中でも、雑誌でもいいんです。この国の言葉を覚えたいんです」
伯爵は私の隣に移動すると、私の頬をスルリと優しく撫でた。
「其方の努力は素晴らしい。賞賛に値する。だが、なぜ言葉を覚えたいのだ? フランス語で十分であろう」
私は首を振った。「フランス語だけだと私が話せるのは閣下だけではありませんか。それだと閣下がいらっしゃらない間、私はひとりぼっちです」
伯爵は考え込むように頭を抱えた。それから、伯爵は立ち上がった。私も後を追うように立ち上がる。もう帰る時間のようだ。
伯爵は私の頬にキスしてから「1人適任者がいるので遣わそう」と耳元で囁いた。
立ち去った。「寒いから」とお見送りをさせてくれなかったけど、怒ってる?あ! 私の方が思いっきり目下なのに! お辞儀するの忘れてた!
✳︎
あれから1ヶ月経ち、65歳くらいの女性がやって来た。
伯爵のご尊父の乳母で伯爵の養育係だった、と伯爵からの手紙には書かれていた。さぞかし、躾に厳しい女性なんだろう。
カチコチと応接間に向かった。入室すると、初老の女性はゆったりとお辞儀をした。頭に幾重にもスカーフを巻いた女性で、顔を上げると柔らかな青い瞳が見えた。
「お初にお目にかかります私、エリザベス様のお供を務めさせていただきますフリーダ・ド・ローレンスと申します」
フリーダは柔らかで穏やかそうで春の訪れを感じさせる声の持ち主だった。柔らかな雰囲気の人。
私は雰囲気を壊さないよう気をつけながら「あの、エリザベス以外の名前で呼|んでいただけますか? ベスとかエルサとか」とお願いした。
何となく『エリザベス』だなんて呼ばれると雷を落とされそうでされそうで怖い。
気分を害した様子のないフリーダは「ではエルサ様、とお呼びしますね」と、カチコチだった私を春のように一瞬で解かしてしまった。
「其方の名前を1つ残らず明かしなさい」
ミドルネームも含めてってことだな。
「アケミ・エリザベス・ディオリ・ガヴィーナ・エアリーです」と正直に答えた。
ハイド伯爵は私をギロリと睨みながらこめかみをゆっくりと突つき始めた。少し怖い、怒らせた?
ハイド伯爵は深々とため息を吐き「其方の名はエリザベス・ド・ハイドとする。私の死んだ叔父の娘ということにしておきなさい」と命じた。
私はこくっと頷いた。怒っていた原因は平民のくせに名前が長すぎたから? ペンダントに手を伸ばしかけたけど、ハイド伯爵の視線に気づき誤魔化すため頬を掻いた。荷物は取り上げられたけど、これだけは取り上げられたくない。お母さんがくれたものだから。
「エリザベス。これからはガヴィーナと名乗らぬように」とハイド伯爵は言った。
私は緊張したまま反射的に「はい」と答えた。それから言われた内容に気がついて「なぜですか?」と上目遣いでハイド伯爵をキョトンとしているように見つめた。
冷えた風が馬車のカーテンの隙間から忍び込み私はブルリと震えた。12月6日だか、12月25日だか分からないけど寒かった。夕日も沈んだ今、馬車の外は軽くホワイトアウトしていた。
✳︎
ハイド伯爵がこちらに寄り付かなくなってから2ヶ月経ち、3月になった。ここは伯爵の別邸らしい。ここで私は意外と静かな生活を送っていた。「静か」とはもちろんそのままの意味。だれとも会話することのない生活。使用人たちは私を異邦人扱いして、言葉をかけてこない。
それなりに広い私に割り当てられた部屋。壁の色は森の中にいるような深い緑。壁の中ほどの高さには、おとぎ話(たぶん『眠れる森の美女』)の場面が描かれた細い壁紙が張り巡らされている。暖炉の前方の金網には木が模されている。ベッドにはレースのついた綺麗なシーツ。引き出しと彫刻の多い書き机。部屋の中央には3つの椅子とテーブルがある。私はテーブルにつき頬杖をついて暖炉の火を見ている。
こちらを見て侍女たちがヒソヒソと声を交わし合う。内容は分からなくても、侮蔑や好奇心、嫉妬、同情――感情だけは伝わる。私には言葉が通じないことになっているから問題ないと思っているのだろう。でもね、声のトーン、顔色、身振り、聞いている人の反応。それらを見れば何を話しているのかは察しがつく。それらをもとに私は3ヶ月掛けて語彙を増やした。
最初に覚えたのは代名詞や指示語だった。侍女が相手を指差せば「あんた」、あの侍女の上下関係は分かるようになった。自分のスカーフを幸せそうに指差せば「これ」、新品なのだろう。私を指差せば「あのお嬢さん」、わずかに嘲笑う響きが籠っている。
何かを指差してから指差す向きをクイっと変えたら「~をあっちに持っていって」。このフレーズを覚えてから名詞のレパートリーも増えた。
ピアノで鍛えた耳を、4歳の頃から1人で各国を転々とした私を舐めないで。
うん。また何かを話している。
ここは私の部屋なのに何で堂々と長々とおしゃべりをするなんて。舐められたものね~。
聞こえた。ジェニンナは『あたし____しました』とお腹を撫でている。マーサは驚きながらも優しく肩を抱いている。マーサも何か言っている。どうせ、「おめでとう」とか「体をだいじにしてね」とか言っているんだろうなぁ。たぶん、妊娠したんだ。
私が生まれた時、喜んでくれた人はどのくらいいたんだろう? お父さんは? お母さんは?
婚約者がいたのに駆け落ちして20歳で私を産んだお母さん。母方の実家は、私が生まれたのを契機に母と絶縁した。私の誕生を喜んでくれる母であれば再婚相手より私を愛して。
父は……分からない。でも喜んでくれた父なら通りすがりの子どもより、小さな娘との未来を優先してくれたはず。
妊娠の知らせを喜び合う彼女たちは、まるで遥か彼方の星々のように輝いている。その光は私には眩しくて眩しくて……涙が、目がジリジリと焦げる。彼女たちが笑い合う声は、私の耳にまで届いてしまう。私は、どこの星からも弾き出された存在で……。ぬくもりが欲しくて堪らず宇宙を彷徨った末、ただ片隅で「寒い」と感じながら息をしている。宇宙の片隅とあちらの世界が繋がることはない。
いつか、いつかこの国を出て結婚出来る年になったら、私を愛してくれる人と結婚したい。
ため息を押し殺し、窓辺で頬杖をついた。雪はまだ止まない。
馬車の音。ハイド家の紋章。伯爵が来たのだ。私はマーサに身振りで馬車が来たことを伝えると、マーサは慌てて私の身支度を整えた。ハイド伯爵が私を呼んだ時には、私の身支度はすっかり終わっていた。
伯爵の私室で、私は優雅に見えるよう努めてソファに座った。
「其方は、本当によく似合うな」と伯爵は言った。少し驚いた。初めて誉められた気がする。
このドレスは、朱色のドレスにクリーム色が挿し色に入っていて金縁リボンもついている。裾はくるぶしまでの長さがある。袖や裾に段々のフリルがついていて、動くたびにフリフリと揺れる。髪はハーフアップでリボンが編み込まれている。複雑で私にはマネできない髪型。
このドレスは急に住まわせてもらうことになって、伯爵の姉妹か誰かのドレスをお直ししたものらしい。
この別邸での伯爵の私室に通され、優雅に見えるよう伯爵の向かい側のソファに座った。
「其方は本当に何でも似合うな。その髪の色や肌の色合いによく映えるな」と伯爵は珍しく誉めてくれた。
この朱色とダークブロンドの髪は相性がいいのかな。
「ありがとう存じます。閣下におかれましてはいかがお過ごしでしたか?」
「いつも通りだ」と伯爵は首を振り「そのようなことより、其方の春の衣装の仕立ては来週来ることとなった」と話を変えた。
「そうでございますか」と私は笑顔を見せて「閣下、ありがとう存じます」とお礼を言った。
伯爵は微かに眉間に皺を寄せ「そなたは15であるから、春になればようやく丈を伸ばせるな」と謝罪とも取れるようなことを言った。
こっちだと15歳で大人扱いで、女性は足先まで届くくらい長いドレスを着るらしい。でも屋敷にあったドレスの中で私の身長に合うドレスは少女向けのもので裾がふくらはぎの中間までものしかなかった。それをなんとかフリルで調整していた。
「いえ、閣下にはいつもお気遣いいただき、感謝ばかりです」
伯爵は私の目を見た後、こめかみを突き目をキョロキョロと動かした。
「しばらく来られなかったが、困っていることや変わったことはないか?」と尋ねた後、ティーカップを持ち上げた。
困っていることはない。侍女のおしゃべりを止めさせられたら言葉を覚えられなくなるもん。本音を言えば、そろそろ教科書がほしい。そうだ。
「私、こちらの言葉を覚えましたの」
伯爵はティーカップをガチャリと置き「何と言った?」と聞き返した。厳しさより困惑が伝わってくる。
私はにっこりと微笑んでから「あれは花瓶です」と窓辺の花瓶を指差した。「あの花を生けたのはマーサです」
伯爵は愕然としているのか、口がくるみ割り人形のように開いている。次は何を言おうかと、私は部屋を見渡した。マーサが震えている、普段の自身の会話の内容を思い出したのだろう。
ジェニンナは近寄り「閣下、失礼いたします」と伯爵に一声かけてからゆっくりとゴーディラック語で「お嬢様、あの花の出来はいかがでごさいますか?」と私に尋ねた。
私は頭の単語帳をパラパラとめくり「春思わせます。知っています。あれ冬の花だと言うこと」と微笑みながら答えた。
ジェニンナと伯爵の両方を見つめた。興奮に頬が熱くなっている。
伯爵は「其方は……どのようにして覚えたのだ?」と深々とため息を吐き出した。
「ジェニンナたち話からです」と答えた。
まだ接続語が曖昧だなぁ。ここから先はフランス語に戻そう。
「私、先生か教科書が欲しいです。おしゃべり好きな女中でも、雑誌でもいいんです。この国の言葉を覚えたいんです」
伯爵は私の隣に移動すると、私の頬をスルリと優しく撫でた。
「其方の努力は素晴らしい。賞賛に値する。だが、なぜ言葉を覚えたいのだ? フランス語で十分であろう」
私は首を振った。「フランス語だけだと私が話せるのは閣下だけではありませんか。それだと閣下がいらっしゃらない間、私はひとりぼっちです」
伯爵は考え込むように頭を抱えた。それから、伯爵は立ち上がった。私も後を追うように立ち上がる。もう帰る時間のようだ。
伯爵は私の頬にキスしてから「1人適任者がいるので遣わそう」と耳元で囁いた。
立ち去った。「寒いから」とお見送りをさせてくれなかったけど、怒ってる?あ! 私の方が思いっきり目下なのに! お辞儀するの忘れてた!
✳︎
あれから1ヶ月経ち、65歳くらいの女性がやって来た。
伯爵のご尊父の乳母で伯爵の養育係だった、と伯爵からの手紙には書かれていた。さぞかし、躾に厳しい女性なんだろう。
カチコチと応接間に向かった。入室すると、初老の女性はゆったりとお辞儀をした。頭に幾重にもスカーフを巻いた女性で、顔を上げると柔らかな青い瞳が見えた。
「お初にお目にかかります私、エリザベス様のお供を務めさせていただきますフリーダ・ド・ローレンスと申します」
フリーダは柔らかで穏やかそうで春の訪れを感じさせる声の持ち主だった。柔らかな雰囲気の人。
私は雰囲気を壊さないよう気をつけながら「あの、エリザベス以外の名前で呼|んでいただけますか? ベスとかエルサとか」とお願いした。
何となく『エリザベス』だなんて呼ばれると雷を落とされそうでされそうで怖い。
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