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現代から不思議の国へ:少女時代
新年の挨拶
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夏から秋にかけては目まぐるしく慌ただしく過ぎていった。気がつくと16歳になっていた。誰にも誕生日なんて言っていないけどね。花の16歳。
12月のある日、閣下から内密の話があると呼ばれた。フリーダと私以外は人払いをされた上で。
「エリザベス」と閣下は縮み上がっている私に気づかず「其方の身の上についての話だ」と本題を切り出した。「其方は死んだ叔父の娘、ということにしてある」
それなら前も聞いた。
閣下は「だが叔父は未婚だった」と眉間に深い皺を寄せた。「かつて叔父は平民に娘を産ませていた。だが引き取ろうとはせず女ともども切った」
よくある話。特にお貴族なら平民の女性なんて簡単に捨てるだろうな。
「結局、叔父は8年前に死んだ」
なぜかフリーダの眉間に皺が寄った。酷い死に方をしたのかな? フリーダの様子に構わず閣下は話を続けた。
「そして3年前、婚約が決まったばかりの妹フィリピーナまでもが」と閣下は突然話を切り「ハイド家の人間は私1人になったため、叔父の娘を探した。だが10年前の寒波で亡くなっていたようだ」
私は小さく手を挙げ「私はその亡くなっていたはずの女の子になるんですか?」と尋ねた。
閣下は「ああ」と頷き「ハイド家に置いておく理由として十分な上、偶然にも同じ年だからな。更にエリザベスという名は平民であっても、貴族であっても違和感はない」とのことだった。
見つかってからの3年は貴族として振る舞えるよう教育していた、と言うことになり、私のこの国でのフルネームは「エリザベス・ライムンダ・ルツ・ジュダ・ド・ハイド」と言うことになった。「ライムンダ」とは閣下のお母様の名前。「ジュダ」は閣下の叔父の名前。「ルツ」はフリーダの案だった。聖書に出てくるルツから取れば「忠実な女」というイメージがつくらしい。
✳︎
2021年の幕開けを迎えた。
領地持ちの貴族が一斉に領地を離れるわけにいかないらしく、領地持ちの貴族は日程を少しずつズラして国王陛下に挨拶をするらしい。去年ハイド家は1月の下旬だったが、今年は1月6日となった。
1月5日、首都アウリスに到着し王城の客用寝室で過ごした。
翌朝、着替えが終わると明美はふう、と息を吐いた。
ハイド家の唯一の女性、と言うことになっている私の衣装は閣下の意向により華やかなものが仕立てられた。
胸元は淡いアクアブルーでチラチラとキラキラしている。そしてウエストには鮮やかな紺色のシルクの大きなリボンがついている。スカート部分にはホワイトゴールドで刺繍された花の意匠が。後ろのトレーンには鮮やか紺色のドレープで丸い束が作られていた。こんなにも華やかなドレスでも裾の長さは変わっていなかった。新年の挨拶の時、慣例では女性は家を象徴する色を衣装に入れるが、ハイド家は鮮やかな紺色だった。
視界に入った鏡に映るのが自分でない知らない誰かに見える。
鏡を見つめていると閣下が迎えに来てくださり慣れた様子で手を差し出してくださった。私はドキドキしながら手を取り、閣下の歩くスピードにつんのめりそうになりながら歩き始めた。
一昨年の今頃、私はイタリアにいた、その後はインド。色々あって10年ぶりに日本に帰国した、その時点で私は14歳だった。イギリスに滞在した後、2週間のつもりでゴーディラックに来て、気がつくと2度目の新年を迎えて……。来年はどうなるんだろう? こんなことなら来なければ…………。
鮮やかな紺色の、慣れないヒール靴で転ばないように気をつけているうちに謁見の間に入った。赤み掛かった白い壁に金の装飾が施されている部屋。赤く金房のついた絨毯は「ここを歩け」と指図しているかのように大理石の床に敷かれていた。絨毯の行先には当然、玉座に鎮座した国王陛下が。一昨年の12月にあった40歳くらいの男性は国王陛下だったんだ、そりゃ伯爵より身分が高いよね。
綺麗な栗色だった髪には遠目からでも分かるほどの一房の白髪が生えていた。
トンと閣下に肘で小突かれた。
「ジロジロ見るな」
そうだ、そうだ。絨毯を歩いている間は斜め下を見ていなきゃいけないんだ。あとは閣下がエスコートしてくださる。
下を見ながら歩くのは大変で長く感じたが、玉座の前に着いた。そこで閣下と繋いでいた手を離した。私は何も言わなくていい。
「北風と民を治められる国王陛下に栄光と祝福を」と、閣下は口を開いた。「新年おめでとうございます。陛下のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。私にとって、陛下のご恩恵は計り知れないものであり、常に感謝の念を抱いております。特に今年はエリザベスの同席を許されたことに深くお礼を申し上げます。今年も陛下のご期待に応えられるよう、全力を尽くす所存であります」
言い終えると閣下は深々とお辞儀をした。私も閣下に合わせてお辞儀をした。
「頭を上げよ」と朗々とした声が響き、私は姿勢を戻した。
陛下と目が合った時、陛下の息を呑む微かな音が耳に届いた。陛下は少しずつ目を見開き、微かに眉根を寄せ、一息をついた。それからまた陛下は私を見つめた、私の体を舐め回すような視線だ。2年前にも似た視線を向けられたことがあって、その後は……。背筋が震えた、ゾワゾワする。
ガシッと閣下が私と手を繋いだ。この力強さに今は安心する。フリーダを思い出す、温かで安心できる。
陛下はジトリとした目線を閣下に向けた後、視線を私に戻した。
「エリザベス嬢。この1年、ハイド邸での生活は快適であったか?」
今あなたのせいで快適とは言い難いです。
と、言うわけにはいかないけど、閣下に何も喋らなくていいって言われていたのに。珍しく閣下が緊張しているのか、握る手が強くなった。適当にお世辞で話を流そう。本音は誰にも言わなくていいんだから。
「えぇ。国王陛下のご厚情の恩恵を受け、とても学びのある1年をおくっておりました」と、にこりと可愛らしく笑ってみせた。
アジア人以外から見ると幼く見える私の顔立ちはさぞかし効果があるだろう。気持ち悪い欲の対象外になるはず。
陛下は「そうか」と私と閣下を交互に見た。
「エリザベス嬢。我が宮の花となることを望むか?」
花? 宮の花……宮の女性。妻? 恋人? 確か王后いたよね? 妻妾同居!?
陛下を見上げると、陛下は閣下に目を向けず私を強く見つめていた。
「そなたが望むなら我が花となるか?」
国王陛下の妾って側室でしょ? 気持ち悪いけど、いい話だよね。きっといつかは家族ができる。
3歳の頃に父を亡くし、4歳の頃には母とも疎遠だった私にはいい話だ。そんなものになってしまえば、もうこの国から出られない。それでも、家族ができる、というのは魅力的に思える。
口を開こうとすると、閣下が手で制した。
12月のある日、閣下から内密の話があると呼ばれた。フリーダと私以外は人払いをされた上で。
「エリザベス」と閣下は縮み上がっている私に気づかず「其方の身の上についての話だ」と本題を切り出した。「其方は死んだ叔父の娘、ということにしてある」
それなら前も聞いた。
閣下は「だが叔父は未婚だった」と眉間に深い皺を寄せた。「かつて叔父は平民に娘を産ませていた。だが引き取ろうとはせず女ともども切った」
よくある話。特にお貴族なら平民の女性なんて簡単に捨てるだろうな。
「結局、叔父は8年前に死んだ」
なぜかフリーダの眉間に皺が寄った。酷い死に方をしたのかな? フリーダの様子に構わず閣下は話を続けた。
「そして3年前、婚約が決まったばかりの妹フィリピーナまでもが」と閣下は突然話を切り「ハイド家の人間は私1人になったため、叔父の娘を探した。だが10年前の寒波で亡くなっていたようだ」
私は小さく手を挙げ「私はその亡くなっていたはずの女の子になるんですか?」と尋ねた。
閣下は「ああ」と頷き「ハイド家に置いておく理由として十分な上、偶然にも同じ年だからな。更にエリザベスという名は平民であっても、貴族であっても違和感はない」とのことだった。
見つかってからの3年は貴族として振る舞えるよう教育していた、と言うことになり、私のこの国でのフルネームは「エリザベス・ライムンダ・ルツ・ジュダ・ド・ハイド」と言うことになった。「ライムンダ」とは閣下のお母様の名前。「ジュダ」は閣下の叔父の名前。「ルツ」はフリーダの案だった。聖書に出てくるルツから取れば「忠実な女」というイメージがつくらしい。
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2021年の幕開けを迎えた。
領地持ちの貴族が一斉に領地を離れるわけにいかないらしく、領地持ちの貴族は日程を少しずつズラして国王陛下に挨拶をするらしい。去年ハイド家は1月の下旬だったが、今年は1月6日となった。
1月5日、首都アウリスに到着し王城の客用寝室で過ごした。
翌朝、着替えが終わると明美はふう、と息を吐いた。
ハイド家の唯一の女性、と言うことになっている私の衣装は閣下の意向により華やかなものが仕立てられた。
胸元は淡いアクアブルーでチラチラとキラキラしている。そしてウエストには鮮やかな紺色のシルクの大きなリボンがついている。スカート部分にはホワイトゴールドで刺繍された花の意匠が。後ろのトレーンには鮮やか紺色のドレープで丸い束が作られていた。こんなにも華やかなドレスでも裾の長さは変わっていなかった。新年の挨拶の時、慣例では女性は家を象徴する色を衣装に入れるが、ハイド家は鮮やかな紺色だった。
視界に入った鏡に映るのが自分でない知らない誰かに見える。
鏡を見つめていると閣下が迎えに来てくださり慣れた様子で手を差し出してくださった。私はドキドキしながら手を取り、閣下の歩くスピードにつんのめりそうになりながら歩き始めた。
一昨年の今頃、私はイタリアにいた、その後はインド。色々あって10年ぶりに日本に帰国した、その時点で私は14歳だった。イギリスに滞在した後、2週間のつもりでゴーディラックに来て、気がつくと2度目の新年を迎えて……。来年はどうなるんだろう? こんなことなら来なければ…………。
鮮やかな紺色の、慣れないヒール靴で転ばないように気をつけているうちに謁見の間に入った。赤み掛かった白い壁に金の装飾が施されている部屋。赤く金房のついた絨毯は「ここを歩け」と指図しているかのように大理石の床に敷かれていた。絨毯の行先には当然、玉座に鎮座した国王陛下が。一昨年の12月にあった40歳くらいの男性は国王陛下だったんだ、そりゃ伯爵より身分が高いよね。
綺麗な栗色だった髪には遠目からでも分かるほどの一房の白髪が生えていた。
トンと閣下に肘で小突かれた。
「ジロジロ見るな」
そうだ、そうだ。絨毯を歩いている間は斜め下を見ていなきゃいけないんだ。あとは閣下がエスコートしてくださる。
下を見ながら歩くのは大変で長く感じたが、玉座の前に着いた。そこで閣下と繋いでいた手を離した。私は何も言わなくていい。
「北風と民を治められる国王陛下に栄光と祝福を」と、閣下は口を開いた。「新年おめでとうございます。陛下のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。私にとって、陛下のご恩恵は計り知れないものであり、常に感謝の念を抱いております。特に今年はエリザベスの同席を許されたことに深くお礼を申し上げます。今年も陛下のご期待に応えられるよう、全力を尽くす所存であります」
言い終えると閣下は深々とお辞儀をした。私も閣下に合わせてお辞儀をした。
「頭を上げよ」と朗々とした声が響き、私は姿勢を戻した。
陛下と目が合った時、陛下の息を呑む微かな音が耳に届いた。陛下は少しずつ目を見開き、微かに眉根を寄せ、一息をついた。それからまた陛下は私を見つめた、私の体を舐め回すような視線だ。2年前にも似た視線を向けられたことがあって、その後は……。背筋が震えた、ゾワゾワする。
ガシッと閣下が私と手を繋いだ。この力強さに今は安心する。フリーダを思い出す、温かで安心できる。
陛下はジトリとした目線を閣下に向けた後、視線を私に戻した。
「エリザベス嬢。この1年、ハイド邸での生活は快適であったか?」
今あなたのせいで快適とは言い難いです。
と、言うわけにはいかないけど、閣下に何も喋らなくていいって言われていたのに。珍しく閣下が緊張しているのか、握る手が強くなった。適当にお世辞で話を流そう。本音は誰にも言わなくていいんだから。
「えぇ。国王陛下のご厚情の恩恵を受け、とても学びのある1年をおくっておりました」と、にこりと可愛らしく笑ってみせた。
アジア人以外から見ると幼く見える私の顔立ちはさぞかし効果があるだろう。気持ち悪い欲の対象外になるはず。
陛下は「そうか」と私と閣下を交互に見た。
「エリザベス嬢。我が宮の花となることを望むか?」
花? 宮の花……宮の女性。妻? 恋人? 確か王后いたよね? 妻妾同居!?
陛下を見上げると、陛下は閣下に目を向けず私を強く見つめていた。
「そなたが望むなら我が花となるか?」
国王陛下の妾って側室でしょ? 気持ち悪いけど、いい話だよね。きっといつかは家族ができる。
3歳の頃に父を亡くし、4歳の頃には母とも疎遠だった私にはいい話だ。そんなものになってしまえば、もうこの国から出られない。それでも、家族ができる、というのは魅力的に思える。
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