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この手を伸ばす先:ティレアヌス
手のひらに宿る未来
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数日前私は汽車に乗り込んだ。さっき汽車から馬車に乗り換えた。ボーヴァー家の邸宅でボーヴァー伯爵夫人、ハイド伯爵と約束があるから。
約束と言っても1週間前、電報で送られてきたもの。電報で送ってきた、という事は緊急。緊急、と言えば10日前の襲撃に関する話だろうなぁ。
私はため息をついた。ふと目の前のアンネリースを見ると寝ていた。アンネリースが寝ている所なんて初めて見た。ここ10日、忙しかったからねぇ。でもアンネリースの体は脱力してないし、浅そうな眠り。
14時を過ぎたころ馬車がボーヴァー邸に着いた。アンネリースが起きた。アンネリースに手を引かれ、馬車を降りた。
ボーヴァー邸の執事が恭しく迎え入れてくれた。執事さんによるとボーヴァー夫人は庭園の東屋にいるらしい。客用寝室で旅行着からゴーディラック式のゴテゴテドレスに着替えた。着替え終え、執事さんが案内してくれている間、屋敷の人が見ていないことを確認してから軽く腰を伸ばした。ここ1週間汽車に乗っていたから腰がバッキバキ! 右足首は痛い!
庭園の石畳の上を歩き、右足首の痛みに軽く冷や汗をかきながらも東屋に着いた。ボーヴァー伯爵夫人はレースを編んでいた。私に気づくと嬉しそうに微笑みレースをテーブルに置いてお辞儀した。私もお辞儀を返すと勧められた席についた。
ボーヴァー伯爵夫人は「ヨハネスは遅れるそうですわ。最近駅では手荷物の確認がしつこいとか」とすまなさそうに眉根を寄せた。
「そうですの」と私は心配になった。
駅での手荷物の確認がしつこくなった理由に、この間の襲撃事件はどれくらい関係しているんだろう?
沈みそうな考えを払おうと、すぅと深呼吸した。前来た時と比べて空気が涼しい。前ボーヴァー伯爵夫妻と会ったのは結婚した直後で、去年の夏の入り口に差し掛かった頃だった。胸一杯に花の香りが広がる。夏の花は枯れ始めていて秋の花が蕾を膨らませている。アウレリオと比べてここは夏の終わりが少し早い。
ことりと目の前にティーカップが置かれた。
ボーヴァー伯爵夫人は「ハーブティーです。こちらの名産物ですわ」と一口飲んでみせた。
私は一口飲んでから「いい香り」と顔が綻んだ。
ハーブティー、あまり飲んだことはなかったけど好きになるかも。このハーブティーは口当たりが優しくて、心が和らぎそうないい香りだ。
ボーヴァー伯爵夫人は「あなたは……ヨハネスとの関係はどう?」と音を立てずにカップをソーサーに置いた。
カップの水面に映る私の瞳が一瞬揺らいだ。それから深呼吸をして一口飲んだ。
「結婚から1年。あなたは体調を崩し遠方で療養していた、と聞いた。あなたはヨハネスのことを今、どう思っているの?」とボーヴァー伯爵夫人は続けた。
私は少し考えてから「大事な方だと考えております、ヨハネス様は私の夫にあたる方ですから」と答えた。
もちろん嘘偽りのない言葉だ。それからハイド伯爵が用意した私の経歴と、私の本当の経歴の重なる部分を思い出した。
「父も母もない私にとってヨハネス様は……この世でただ1人の家族ですから」と答えた。
ボーヴァー伯爵夫人は「そうだったわね」とどこか上の空のように呟いた。それから人払いをした。
ボーヴァー伯爵夫人はこちらをじっと見つめた。赤紫の瞳を真っ直ぐ向けられた。
ボーヴァー伯爵夫人は「あなたの本当のご家族はご存命なの? 国王陛下とヨハネスが用意した経歴でない本当のご家族よ」と誤魔化すことなど許されないような顔で尋ねた。
動揺してカップを膝の上に落としてしまった。幸いなことにカップは空だった。
私は動揺しながらも「なぜそのことをご存知なのですか?」と問い返した。
「あなたの経歴上、実父となっているジュダ•ド•ヨハネスは……私の両親と、ヨハネスの父と兄君を殺した人なのよ。配慮に欠けるところがあってもヨハネスがそんな男の娘を娶るはずも、私の養女とするわけがない」とボーヴァー伯爵夫人は目を光らせた。「そう考えあの子に問い詰めたの。そしたらあなたの経歴は便宜上のものであると教えてくれた」
顔から血の気が引いた。咄嗟にカップを膝の上に落とした。ハイド伯爵の叔父様が……? そんな過去があったの? 前ハイド伯爵の家族について教えてくれたフリーダはこのことを知っていたのかな? 私はカップを拾った。声が震えないよう腹を意識した。自然と背筋が伸びた。
「おっしゃる通り、私はヨハネス様の従妹ではありません。さきほどお聞きになった私の実父は15年前に亡くなっています。実母は生きていますが14年前から疎遠です」とハキハキ答えた。
ボーヴァー伯爵夫人は「なら……」と言葉を続け掛けた。
その時、「遅れてしまい申し訳ありません。継母様、エリザベス」とハイド伯爵が入ってきた。
ボーヴァー伯爵夫人は「いいのよ。こちらは養女との語らいを楽しんでいたもの」と朗らかに答えた。
「お変わりありませんか? ヨハネス様」と私はハイド伯爵に目礼した。
ハイド伯爵は「ああ。其方は襲撃に遭った際、足を怪我したと聞いたが……」と私の顔色を確認するように見つめた。
「ええ。ですが固定していればちゃんと歩けるので問題はありませんわ。ありがとうございます、ヨハネス様」
心配させまい、と首を傾げながら微笑んだ。やがて日が沈み始め私たちは屋敷に戻った。夕食をいただいた後、ボーヴァー伯爵夫人がハイド伯爵に囁いた。
「いいこと、ヨハネス。あなたはエリザベスと話す機会を多めに作らなくてはいけないわ。彼女を第二夫人と降格した上で新たに第一夫人を娶るなら尚更あなた達は話さなくてはいけないわ」と。
耳が痛いなぁ、と思いながら案内された客用寝室に足を踏み入れた。こざっぱりしていてラベンダーの香りがする。湯浴みを終えた後、ベッドの上にある小さなラベンダーの束に気づいた。
同じく湯浴みを終えたハイドは「いい香りだな」とラベンダーの香りを嗅いだ。
「ええ」と私はベッドに腰掛けた。
その拍子にギプスを巻いた右足首が顕になった。ハイド伯爵は心配そうに眉根を寄せた。私は構わず持ってきた本を読み始めた。ハイドもベッドに入り、座っている私に密着するように横になった。
「今は何の本を読んでいるんだ?」とハイド伯爵は私の髪に手を伸ばした。
「看護に関する本です。先の襲撃の際、知らないことが多いことを痛感したので……」と私は本から目を離して答えた。「包帯の巻き方1つ知らなかったんです」
襲撃を話題に出した途端、ハイド伯爵は起き上がり居住まいを正した。真面目な話だと感じ私は本を膝の上に置いた。ハイド伯爵は真っ直ぐ私を見つめた。
「エリザベス。其方は別荘で働く子どもに衛生や栄養に関することを教えていると聞いた。またその子どもの姉が結核と聞き、弟も引き取ったと」
「はい。そうすべきと感じたので」
「襲撃の時、其方が市場にいた理由はその2人に栄養に関することを教えるためだったと」
「はい」
アンネリースかフリーダに聞いたのかな。ハイド伯爵は深々とため息を吐いた。
「なぜそのようなことを。危うく其方は……」とハイド伯爵は何を言うべきが迷ったように言葉が途切れた。
「必要だと感じたので……」
ハイド伯爵は「必要?」と不思議そうに片眉を上げた。
「はい。あの2人には知識が必要だと感じたのです。感染病で死ぬことがないよう、命を守るための知識が」
「だが其方がすることではないであろう? その2人は所詮平民の子だ」
私は「いいえ。私がしたかったのです」と首を振った。
ハイド伯爵の目を見ながらゆっくり考えた。自分の心を耕すように。
「私、あの子たちの力になることで私は不要な存在じゃないと思いたかったのかもしれません」
「其方が不要などと誰が言った?」とハイド伯爵は苛立つように私の肩を掴んだ。
私はひょいと肩を竦めた。それからベッドから出てそっと窓のカーテンを捲った。煌煌と月が輝き、あたたかな光をもって雲すら透けるほど夜空を照らしている。
月の光が私の頬を包む。私はゆっくりとハイド伯爵を見た。
「私、あの子たちの力になりたい。私にはそれなりの知識と、あなたが下さった地位もある。伸ばすことのできる手がある。手を伸ばす先がある。だからこの手が届く限り伸ばしたいんです」
ふとダニエルとジョエルの顔を思い出した。ダニエルは怪我の影響は小さくもう元気だ。ジョエルはダニエルを気遣いつつ元気一杯、元気にネズミ退治をしている。くすりと笑みが溢れた。
ハイド伯爵は信じられないものを見たように目を見開いた。それから何かを納得したように苦しげに頷いた。
「ヨハネス様?」と私は再びベッドに座りハイド伯爵の頬に触れた。「私、そんなにおかしなことを言いましたか?」
「いや」とハイド伯爵はゆっくり首を振った。「1つ納得がいったのだ。襲撃犯共がなぜ、お前をティレアヌスの女王に、と主張していたのかを」
え? 意味が分かんない。私がティレアヌスの女王? 私とハイド伯爵が旧ティレアヌス王家と関わりの深い血筋だってことはこの間彼らが言っていたけど。
肩を押される強い力で視界がぐいんと変わり、ハイド伯爵越しに天蓋が見えた。ハイド伯爵が私を押し倒したようだ。ハイド伯爵は私の頬をゆっくりと撫でた。こそぐったくなるくらいゆっくりと撫でた。視線が熱い。ハイド伯爵は私の額に口付けた。
「10月までに其方はティレアヌスを出てアウリスへ帰還しなさい。もしもまた似たような騒動があれば陛下がどのような決断を下されるのか……。使用人の少年らを守りたいのなら、帰ってきなさい」
目を大きく見開いた。灯が眩しくてすぐに目を瞑ったけど。アウリスへ帰った所で私の居場所があるのか分からない。春にはマカレナが嫁いでくるから。でも……。
私は目を開きゆっくりと頷いた。
「分かりました。それが守ることに繋がるのなら」
約束と言っても1週間前、電報で送られてきたもの。電報で送ってきた、という事は緊急。緊急、と言えば10日前の襲撃に関する話だろうなぁ。
私はため息をついた。ふと目の前のアンネリースを見ると寝ていた。アンネリースが寝ている所なんて初めて見た。ここ10日、忙しかったからねぇ。でもアンネリースの体は脱力してないし、浅そうな眠り。
14時を過ぎたころ馬車がボーヴァー邸に着いた。アンネリースが起きた。アンネリースに手を引かれ、馬車を降りた。
ボーヴァー邸の執事が恭しく迎え入れてくれた。執事さんによるとボーヴァー夫人は庭園の東屋にいるらしい。客用寝室で旅行着からゴーディラック式のゴテゴテドレスに着替えた。着替え終え、執事さんが案内してくれている間、屋敷の人が見ていないことを確認してから軽く腰を伸ばした。ここ1週間汽車に乗っていたから腰がバッキバキ! 右足首は痛い!
庭園の石畳の上を歩き、右足首の痛みに軽く冷や汗をかきながらも東屋に着いた。ボーヴァー伯爵夫人はレースを編んでいた。私に気づくと嬉しそうに微笑みレースをテーブルに置いてお辞儀した。私もお辞儀を返すと勧められた席についた。
ボーヴァー伯爵夫人は「ヨハネスは遅れるそうですわ。最近駅では手荷物の確認がしつこいとか」とすまなさそうに眉根を寄せた。
「そうですの」と私は心配になった。
駅での手荷物の確認がしつこくなった理由に、この間の襲撃事件はどれくらい関係しているんだろう?
沈みそうな考えを払おうと、すぅと深呼吸した。前来た時と比べて空気が涼しい。前ボーヴァー伯爵夫妻と会ったのは結婚した直後で、去年の夏の入り口に差し掛かった頃だった。胸一杯に花の香りが広がる。夏の花は枯れ始めていて秋の花が蕾を膨らませている。アウレリオと比べてここは夏の終わりが少し早い。
ことりと目の前にティーカップが置かれた。
ボーヴァー伯爵夫人は「ハーブティーです。こちらの名産物ですわ」と一口飲んでみせた。
私は一口飲んでから「いい香り」と顔が綻んだ。
ハーブティー、あまり飲んだことはなかったけど好きになるかも。このハーブティーは口当たりが優しくて、心が和らぎそうないい香りだ。
ボーヴァー伯爵夫人は「あなたは……ヨハネスとの関係はどう?」と音を立てずにカップをソーサーに置いた。
カップの水面に映る私の瞳が一瞬揺らいだ。それから深呼吸をして一口飲んだ。
「結婚から1年。あなたは体調を崩し遠方で療養していた、と聞いた。あなたはヨハネスのことを今、どう思っているの?」とボーヴァー伯爵夫人は続けた。
私は少し考えてから「大事な方だと考えております、ヨハネス様は私の夫にあたる方ですから」と答えた。
もちろん嘘偽りのない言葉だ。それからハイド伯爵が用意した私の経歴と、私の本当の経歴の重なる部分を思い出した。
「父も母もない私にとってヨハネス様は……この世でただ1人の家族ですから」と答えた。
ボーヴァー伯爵夫人は「そうだったわね」とどこか上の空のように呟いた。それから人払いをした。
ボーヴァー伯爵夫人はこちらをじっと見つめた。赤紫の瞳を真っ直ぐ向けられた。
ボーヴァー伯爵夫人は「あなたの本当のご家族はご存命なの? 国王陛下とヨハネスが用意した経歴でない本当のご家族よ」と誤魔化すことなど許されないような顔で尋ねた。
動揺してカップを膝の上に落としてしまった。幸いなことにカップは空だった。
私は動揺しながらも「なぜそのことをご存知なのですか?」と問い返した。
「あなたの経歴上、実父となっているジュダ•ド•ヨハネスは……私の両親と、ヨハネスの父と兄君を殺した人なのよ。配慮に欠けるところがあってもヨハネスがそんな男の娘を娶るはずも、私の養女とするわけがない」とボーヴァー伯爵夫人は目を光らせた。「そう考えあの子に問い詰めたの。そしたらあなたの経歴は便宜上のものであると教えてくれた」
顔から血の気が引いた。咄嗟にカップを膝の上に落とした。ハイド伯爵の叔父様が……? そんな過去があったの? 前ハイド伯爵の家族について教えてくれたフリーダはこのことを知っていたのかな? 私はカップを拾った。声が震えないよう腹を意識した。自然と背筋が伸びた。
「おっしゃる通り、私はヨハネス様の従妹ではありません。さきほどお聞きになった私の実父は15年前に亡くなっています。実母は生きていますが14年前から疎遠です」とハキハキ答えた。
ボーヴァー伯爵夫人は「なら……」と言葉を続け掛けた。
その時、「遅れてしまい申し訳ありません。継母様、エリザベス」とハイド伯爵が入ってきた。
ボーヴァー伯爵夫人は「いいのよ。こちらは養女との語らいを楽しんでいたもの」と朗らかに答えた。
「お変わりありませんか? ヨハネス様」と私はハイド伯爵に目礼した。
ハイド伯爵は「ああ。其方は襲撃に遭った際、足を怪我したと聞いたが……」と私の顔色を確認するように見つめた。
「ええ。ですが固定していればちゃんと歩けるので問題はありませんわ。ありがとうございます、ヨハネス様」
心配させまい、と首を傾げながら微笑んだ。やがて日が沈み始め私たちは屋敷に戻った。夕食をいただいた後、ボーヴァー伯爵夫人がハイド伯爵に囁いた。
「いいこと、ヨハネス。あなたはエリザベスと話す機会を多めに作らなくてはいけないわ。彼女を第二夫人と降格した上で新たに第一夫人を娶るなら尚更あなた達は話さなくてはいけないわ」と。
耳が痛いなぁ、と思いながら案内された客用寝室に足を踏み入れた。こざっぱりしていてラベンダーの香りがする。湯浴みを終えた後、ベッドの上にある小さなラベンダーの束に気づいた。
同じく湯浴みを終えたハイドは「いい香りだな」とラベンダーの香りを嗅いだ。
「ええ」と私はベッドに腰掛けた。
その拍子にギプスを巻いた右足首が顕になった。ハイド伯爵は心配そうに眉根を寄せた。私は構わず持ってきた本を読み始めた。ハイドもベッドに入り、座っている私に密着するように横になった。
「今は何の本を読んでいるんだ?」とハイド伯爵は私の髪に手を伸ばした。
「看護に関する本です。先の襲撃の際、知らないことが多いことを痛感したので……」と私は本から目を離して答えた。「包帯の巻き方1つ知らなかったんです」
襲撃を話題に出した途端、ハイド伯爵は起き上がり居住まいを正した。真面目な話だと感じ私は本を膝の上に置いた。ハイド伯爵は真っ直ぐ私を見つめた。
「エリザベス。其方は別荘で働く子どもに衛生や栄養に関することを教えていると聞いた。またその子どもの姉が結核と聞き、弟も引き取ったと」
「はい。そうすべきと感じたので」
「襲撃の時、其方が市場にいた理由はその2人に栄養に関することを教えるためだったと」
「はい」
アンネリースかフリーダに聞いたのかな。ハイド伯爵は深々とため息を吐いた。
「なぜそのようなことを。危うく其方は……」とハイド伯爵は何を言うべきが迷ったように言葉が途切れた。
「必要だと感じたので……」
ハイド伯爵は「必要?」と不思議そうに片眉を上げた。
「はい。あの2人には知識が必要だと感じたのです。感染病で死ぬことがないよう、命を守るための知識が」
「だが其方がすることではないであろう? その2人は所詮平民の子だ」
私は「いいえ。私がしたかったのです」と首を振った。
ハイド伯爵の目を見ながらゆっくり考えた。自分の心を耕すように。
「私、あの子たちの力になることで私は不要な存在じゃないと思いたかったのかもしれません」
「其方が不要などと誰が言った?」とハイド伯爵は苛立つように私の肩を掴んだ。
私はひょいと肩を竦めた。それからベッドから出てそっと窓のカーテンを捲った。煌煌と月が輝き、あたたかな光をもって雲すら透けるほど夜空を照らしている。
月の光が私の頬を包む。私はゆっくりとハイド伯爵を見た。
「私、あの子たちの力になりたい。私にはそれなりの知識と、あなたが下さった地位もある。伸ばすことのできる手がある。手を伸ばす先がある。だからこの手が届く限り伸ばしたいんです」
ふとダニエルとジョエルの顔を思い出した。ダニエルは怪我の影響は小さくもう元気だ。ジョエルはダニエルを気遣いつつ元気一杯、元気にネズミ退治をしている。くすりと笑みが溢れた。
ハイド伯爵は信じられないものを見たように目を見開いた。それから何かを納得したように苦しげに頷いた。
「ヨハネス様?」と私は再びベッドに座りハイド伯爵の頬に触れた。「私、そんなにおかしなことを言いましたか?」
「いや」とハイド伯爵はゆっくり首を振った。「1つ納得がいったのだ。襲撃犯共がなぜ、お前をティレアヌスの女王に、と主張していたのかを」
え? 意味が分かんない。私がティレアヌスの女王? 私とハイド伯爵が旧ティレアヌス王家と関わりの深い血筋だってことはこの間彼らが言っていたけど。
肩を押される強い力で視界がぐいんと変わり、ハイド伯爵越しに天蓋が見えた。ハイド伯爵が私を押し倒したようだ。ハイド伯爵は私の頬をゆっくりと撫でた。こそぐったくなるくらいゆっくりと撫でた。視線が熱い。ハイド伯爵は私の額に口付けた。
「10月までに其方はティレアヌスを出てアウリスへ帰還しなさい。もしもまた似たような騒動があれば陛下がどのような決断を下されるのか……。使用人の少年らを守りたいのなら、帰ってきなさい」
目を大きく見開いた。灯が眩しくてすぐに目を瞑ったけど。アウリスへ帰った所で私の居場所があるのか分からない。春にはマカレナが嫁いでくるから。でも……。
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