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これはハズレくじを引いてしまった僕らの物語
相伝隊への呼び声
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「わかっている? 私たちは生まれる前からハズレくじを引いたの。ハズレを引いてしまった私たちは生きている限り、人間として扱われない」
「でも菊璃姉さん、僕はこうやって普通に仕事できているよ? 継父さんだって……」
僕がぎゅっと毛糸を握った。菊璃《きくり》姉さんは僕の言葉を払うように首を横に振った。
「いいえ、ダイ。継父さんだって、私たちを金づるとして見ている。私たちは和伝《なつて》人だもの。そもそも業界の人は私たちを他の俳優さんたちと同じように扱ってくれる? 同じくらいのお給料をくれる? 子役らしく早く上がらせてくれる?」
菊璃姉さんが並べ立てる僕らの日常。つばめ姉さんは黙っているし、すみれ姉さんもただ頷くだけだ。菊璃姉さんは爪でさっき届いた封筒を撫でた。
「あなたが相伝《そうでん》隊に入ればどうなる? いくら血筋で決められているとは言え、あんな、あんな……命の保証すらないところに。最近は子どもすら前線……つまりすごく危ないところに行かされているの。ここにいれば、安全よ」
すみれ姉さんは「それがお母さんの願いだったんでしょ?」と菊璃姉さんを見た。
僕はそっと2階のお母さんの部屋に視線を向けた。菊璃姉さんはずっと僕の顔を見ている。すみれ姉さんは菊璃姉さんの顔色を窺っている。つばめ姉さんは僕と菊璃姉さんの顔を交互に見ている。隅にいる百合は周囲の喧騒を知らないかのように詩集を読んでいる。
チャイムが鳴った。僕らの反応が一拍遅れた。イライラしたようにもう一度鳴った。あの鳴らし方は継父さんだ。
菊璃姉さんは「この話はお終い。もう2度と馬鹿げたことを言わないで」と立ち上がった。
「はい……。姉さん」
つばめ姉さんは菊璃姉さんをチラッと見てから僕の頭を撫でた。
「ダイ。姉さんから提案があるの。私の部屋で話しましょう?」とつばめ姉さんは僕の耳元で囁いた。
僕が返事をする前にドアが乱暴に開かれた。赤い顔をして、焦点の定まらない目をした継父さんだ。酔ってる。菊璃姉さんの腰に手を回している。
つばめ姉さんは僕の手を握ったまま二階の自室へ向かった。そして自室に鍵をした。
「百合のことはすみれが何とかしてくれるでしょうし、菊璃姉さんもどこかのタイミングで撒くでしょう」とつばめ姉さんは自分に言い聞かせるように呟いた。
つばめ姉さんが何かを握っている。何だ? 僕はギョッと顔を見開いた。
「姉さん⁈ その封筒って?」
「うん。遠藤小徳様からの通達書だね」
「それさっき菊璃姉さんが猛反対してたやつ……」
「そう」と姉さんは力強く頷いた。
窓から挿す夕陽に透けてつばめ姉さんの茶髪が金色に見える。つばめ姉さんは唇をもごもごと震わしながら封筒を開いた。
「遠藤小徳様は仰った。血筋の定めに従い、相伝隊に入るよう」と彼女は丁寧に便箋を開いた。「さっき姉さんが言っていたように、確かにあなたは相伝隊について知らないし、私も覚えていない。だけど、それは姉さんがあなたの意見も聞かず頭ごなしに反対する理由にはならないよ」
「つばめ姉さんは相伝隊についてどのくらい覚えているの?」
「そうね……、炎谷さんが私たちによくお菓子を買ってくれたり、雷電さんとこの息子さんがやんちゃ息子だったり……」とつばめ姉さんは懐かしそうにまつ毛を伏せた。「6年前に父さんが戦死したこと以外はいい思い出ばかりよ。もう誰にも言えないけど、確かに家だった」
「本当に?」
うん、とつばめ姉さんは自信ありげに頷いた。姉さんの口元を見れば分かる。9歳まで相伝隊の中で育った姉さんにとっては良い思い出がたくさん詰まっている…………集落、なのだろう? 僕は3歳だったから何も覚えてないけどね。
つばめ姉さんは僕の顔を見て、心配と安心が混ざったような笑みを浮かべた。
「それにね、ダイ。あそこでは誰も和伝人だということで差別されない」
つばめ姉さんは少し屈んで僕の肩を柔らかく掴んだ。僕とお揃いの緑の目が合う。
「ダイ。これは一生のことだから、菊璃姉さんの言うことばかり聞かなくていいの。私の言うこともよ。あなたが自分で考えて答えを出しなさい」
そう言ってつばめ姉さんは僕から離れた。ドアが激しく叩かれている。入れてよ、とすみれ姉さんのか細い悲鳴のような声が聞こえる。つばめ姉さんがドアの鍵を開けると、百合を抱き抱えるすみれ姉さんが雪崩れ込んできた。泣きじゃくるすみれ姉さんをよそに百合は呑気に本を読んでいる。菊璃姉さんはなぜ一階に残っているのだろう……。ああ、もうこれ以上考えたくない。
僕はゆっくりと顔を上げた。つばめ姉さんはすみれ姉さんの背中を摩っている。
「僕、相伝隊に行く。相伝隊に行けば、強制的に親元から離れることになるんでしょ?」
すみれ姉さんはピタッと泣き止んで「ハァ?」と僕を睨んだ。「待って。私が知らない間に何があったの?」
つばめ姉さんは「そう」と首を横に振った。「継父さんと姉さんがいなくなったら遠藤小德様と電話を繋いでおくわ」
百合を抱き上げるつばめ姉さんの表情は少しだけ柔らかかった。
月の登らぬ夜も更け、静かに朝日が差し始めた頃、菊璃姉さんは家を出て行った。継父さんがイビキを立てた。僕はこっそり居間に降りて、受話器を取った。留守電だった。まだ6時だから、帝生人のお偉いさんはみんな寝てるのかな。ピーとなった。僕はすぅと息を吸った。
「あの、僕……」
なんて言えば良いんだろう? まずは名前を言わないと。だけど名乗ったところで相伝隊に入れる人だって分かるのかな? そうだ。
「土出 鶴二の息子の東 大一です。9歳です。先日、お手紙を受け取りました。僕、相伝隊に入りたいです。どうしたらいいですか?」
継父さんの部屋から音がした。ガチャン。僕は慌てて受話器を置いた。
*
2日経った。つばめ姉さんとすみれ姉さんは仕事だ。共演する映画があるから。菊璃姉さんは継父さんに連れられての仕事だ。
皿を洗い終えると僕は服を脱水に掛けた。干す服を持って百合の様子を見に行くと、百合は昨日干した服を畳んでいた。小さな声で歌っている。兄弟の中で1人だけ髪色が明るいし、おっとりとしすぎていて少し変な子だ。僕は腰を屈めて百合の頭を撫でた。
「ありがとう。百合。綺麗に畳めたな」
百合はきょとんと顔を上げて、僕を見た。チャイムが鳴った。僕はゆっくりと立ち上がった。物干し部屋を出る前に振り返って百合を見た。
「じゃあな、百合。姉さんたちをよろしく」
階下に降りて壁を撫でながら玄関へ向かった。ドアを開けた。ゴンッと何かにぶつかった。
「あだっ」と6歳くらい、百合より少しだけ大きな女の子がおでこを抑えていた。
顎の辺りで切り揃えられた黒い髪に、白い肌の綺麗な女の子だ。その後ろに女の子を心配するように手を伸ばす青み掛かった金髪の男性もいた。女の子はすぐにシャキッと姿勢を正した。釣られて僕も背筋を伸ばした。女の子は大人のようにニコッと綺麗に笑った。
「はじめまして。相伝隊一軍の次代司令官、五月四日《つゆり》上徳 佳月《かづき》と申します。あなたをお迎えに上がりました」
「でも菊璃姉さん、僕はこうやって普通に仕事できているよ? 継父さんだって……」
僕がぎゅっと毛糸を握った。菊璃《きくり》姉さんは僕の言葉を払うように首を横に振った。
「いいえ、ダイ。継父さんだって、私たちを金づるとして見ている。私たちは和伝《なつて》人だもの。そもそも業界の人は私たちを他の俳優さんたちと同じように扱ってくれる? 同じくらいのお給料をくれる? 子役らしく早く上がらせてくれる?」
菊璃姉さんが並べ立てる僕らの日常。つばめ姉さんは黙っているし、すみれ姉さんもただ頷くだけだ。菊璃姉さんは爪でさっき届いた封筒を撫でた。
「あなたが相伝《そうでん》隊に入ればどうなる? いくら血筋で決められているとは言え、あんな、あんな……命の保証すらないところに。最近は子どもすら前線……つまりすごく危ないところに行かされているの。ここにいれば、安全よ」
すみれ姉さんは「それがお母さんの願いだったんでしょ?」と菊璃姉さんを見た。
僕はそっと2階のお母さんの部屋に視線を向けた。菊璃姉さんはずっと僕の顔を見ている。すみれ姉さんは菊璃姉さんの顔色を窺っている。つばめ姉さんは僕と菊璃姉さんの顔を交互に見ている。隅にいる百合は周囲の喧騒を知らないかのように詩集を読んでいる。
チャイムが鳴った。僕らの反応が一拍遅れた。イライラしたようにもう一度鳴った。あの鳴らし方は継父さんだ。
菊璃姉さんは「この話はお終い。もう2度と馬鹿げたことを言わないで」と立ち上がった。
「はい……。姉さん」
つばめ姉さんは菊璃姉さんをチラッと見てから僕の頭を撫でた。
「ダイ。姉さんから提案があるの。私の部屋で話しましょう?」とつばめ姉さんは僕の耳元で囁いた。
僕が返事をする前にドアが乱暴に開かれた。赤い顔をして、焦点の定まらない目をした継父さんだ。酔ってる。菊璃姉さんの腰に手を回している。
つばめ姉さんは僕の手を握ったまま二階の自室へ向かった。そして自室に鍵をした。
「百合のことはすみれが何とかしてくれるでしょうし、菊璃姉さんもどこかのタイミングで撒くでしょう」とつばめ姉さんは自分に言い聞かせるように呟いた。
つばめ姉さんが何かを握っている。何だ? 僕はギョッと顔を見開いた。
「姉さん⁈ その封筒って?」
「うん。遠藤小徳様からの通達書だね」
「それさっき菊璃姉さんが猛反対してたやつ……」
「そう」と姉さんは力強く頷いた。
窓から挿す夕陽に透けてつばめ姉さんの茶髪が金色に見える。つばめ姉さんは唇をもごもごと震わしながら封筒を開いた。
「遠藤小徳様は仰った。血筋の定めに従い、相伝隊に入るよう」と彼女は丁寧に便箋を開いた。「さっき姉さんが言っていたように、確かにあなたは相伝隊について知らないし、私も覚えていない。だけど、それは姉さんがあなたの意見も聞かず頭ごなしに反対する理由にはならないよ」
「つばめ姉さんは相伝隊についてどのくらい覚えているの?」
「そうね……、炎谷さんが私たちによくお菓子を買ってくれたり、雷電さんとこの息子さんがやんちゃ息子だったり……」とつばめ姉さんは懐かしそうにまつ毛を伏せた。「6年前に父さんが戦死したこと以外はいい思い出ばかりよ。もう誰にも言えないけど、確かに家だった」
「本当に?」
うん、とつばめ姉さんは自信ありげに頷いた。姉さんの口元を見れば分かる。9歳まで相伝隊の中で育った姉さんにとっては良い思い出がたくさん詰まっている…………集落、なのだろう? 僕は3歳だったから何も覚えてないけどね。
つばめ姉さんは僕の顔を見て、心配と安心が混ざったような笑みを浮かべた。
「それにね、ダイ。あそこでは誰も和伝人だということで差別されない」
つばめ姉さんは少し屈んで僕の肩を柔らかく掴んだ。僕とお揃いの緑の目が合う。
「ダイ。これは一生のことだから、菊璃姉さんの言うことばかり聞かなくていいの。私の言うこともよ。あなたが自分で考えて答えを出しなさい」
そう言ってつばめ姉さんは僕から離れた。ドアが激しく叩かれている。入れてよ、とすみれ姉さんのか細い悲鳴のような声が聞こえる。つばめ姉さんがドアの鍵を開けると、百合を抱き抱えるすみれ姉さんが雪崩れ込んできた。泣きじゃくるすみれ姉さんをよそに百合は呑気に本を読んでいる。菊璃姉さんはなぜ一階に残っているのだろう……。ああ、もうこれ以上考えたくない。
僕はゆっくりと顔を上げた。つばめ姉さんはすみれ姉さんの背中を摩っている。
「僕、相伝隊に行く。相伝隊に行けば、強制的に親元から離れることになるんでしょ?」
すみれ姉さんはピタッと泣き止んで「ハァ?」と僕を睨んだ。「待って。私が知らない間に何があったの?」
つばめ姉さんは「そう」と首を横に振った。「継父さんと姉さんがいなくなったら遠藤小德様と電話を繋いでおくわ」
百合を抱き上げるつばめ姉さんの表情は少しだけ柔らかかった。
月の登らぬ夜も更け、静かに朝日が差し始めた頃、菊璃姉さんは家を出て行った。継父さんがイビキを立てた。僕はこっそり居間に降りて、受話器を取った。留守電だった。まだ6時だから、帝生人のお偉いさんはみんな寝てるのかな。ピーとなった。僕はすぅと息を吸った。
「あの、僕……」
なんて言えば良いんだろう? まずは名前を言わないと。だけど名乗ったところで相伝隊に入れる人だって分かるのかな? そうだ。
「土出 鶴二の息子の東 大一です。9歳です。先日、お手紙を受け取りました。僕、相伝隊に入りたいです。どうしたらいいですか?」
継父さんの部屋から音がした。ガチャン。僕は慌てて受話器を置いた。
*
2日経った。つばめ姉さんとすみれ姉さんは仕事だ。共演する映画があるから。菊璃姉さんは継父さんに連れられての仕事だ。
皿を洗い終えると僕は服を脱水に掛けた。干す服を持って百合の様子を見に行くと、百合は昨日干した服を畳んでいた。小さな声で歌っている。兄弟の中で1人だけ髪色が明るいし、おっとりとしすぎていて少し変な子だ。僕は腰を屈めて百合の頭を撫でた。
「ありがとう。百合。綺麗に畳めたな」
百合はきょとんと顔を上げて、僕を見た。チャイムが鳴った。僕はゆっくりと立ち上がった。物干し部屋を出る前に振り返って百合を見た。
「じゃあな、百合。姉さんたちをよろしく」
階下に降りて壁を撫でながら玄関へ向かった。ドアを開けた。ゴンッと何かにぶつかった。
「あだっ」と6歳くらい、百合より少しだけ大きな女の子がおでこを抑えていた。
顎の辺りで切り揃えられた黒い髪に、白い肌の綺麗な女の子だ。その後ろに女の子を心配するように手を伸ばす青み掛かった金髪の男性もいた。女の子はすぐにシャキッと姿勢を正した。釣られて僕も背筋を伸ばした。女の子は大人のようにニコッと綺麗に笑った。
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