【完結】9colors actor ~9つの色を身に纏い、少女は嘘を味方につける~

にわ冬莉

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第4話 アクシデント

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「相変わらず地味ね」
 待ち合わせ場所で雨歌を見た志麻の第一声である。
「問題ないでしょ、別に」

 早朝。まだ夜が明けきれない時間帯だというのに、志麻は気合が入ったワンピースにメイクもばっちりだった。推しのコンサートに向かうそれと似た感覚なのだろう。片や、雨歌はタイトなロングスカートにパーカーを羽織り、キャップを被っている。長い前髪も大きな丸メガネも、いつもと同じだ。

 始発電車に乗り込み、渋谷へ向かう。まだ目覚める前の都会の風景は、いつもとは違う一面を見せてくる。人のいない交差点。巨大なビルには昇りたての太陽から放たれる陽の光がわずかに当たり、この巨大なビル群に命を注いでいるかのようだった。

 電車を降りると、志麻のあとに続く。撮影は駅から少し離れた公園で行うらしい。

「今日の撮影はWeb用のCMなんだけど、人気のダンスボーカルグループ『END』のONAGAさんがメインらしいんだ」
「ふ~ん?」
 疑問形で返答する雨歌に、志麻が立ち止まり、訊ねる。
「まさかENDを知らないなんてことは……」
「知ってますよ、一応。でも個人の名前までは知らない」
 スパッと言い切る。
「嘘でしょっ? ONAGAさんだよ? リーダーだよっ?」
 食い気味の志麻を押し退け、
「ああ、なんとなくわかりました。あの、いつもへらへらしてる人だ」
 と口にする。
「へらへらって、あんた……」

 志麻が頭を抱えた。ENDのONAGAと言えば、今や老若男女を問わず皆のアイドルだ。歌もダンスも出来る上、この前出演したドラマが大ヒット。誠実で真面目な御曹司にもかかわらずヒロインに振られるという役を見事に演じ、役者としても話題になったばかりだった。

「なんのCMなんです?」
「高級腕時計」
「……は? なんでそれを公園で?」
 高級腕時計のCMなら、スタジオでいいのでは? という雨歌の素朴な疑問を前に、何故か志麻がドヤ顔で腰に手を当てる。

「そこが、奇才である小暮様の狙いね。スタジオでそれっぽい格好して綺麗なモデル使って撮ればいいだけなのに、一体どんな構想でどんな画を求めてて、どんな演出してくるのか、今から見ものだわ!」
 大興奮である。
「なるほどねぇ」
 志麻が興奮する気持ちもわからないではない。メーカーだって、きっとラグジュアリーな美しい映像を求めているはずだ。それを、あえて公園で……しかもCGなどを使うのではなく、現地で撮影。一体何を考えているのか、まったくわからなかった。

「あ、ほら、あそこじゃない?」
 駅からしばらく歩いたところにある公園。周りは高級住宅街で、少し先にはビル群。撮影隊と思われる人たちが、既に機材を持ち込み始めている。数台の車。そしてその前で数人が話をしていた。
「あああっ、小暮様だわっ」
 雨歌の腕を引っ張りながら、志麻がはしゃぐ。
 しかし、どうも様子が変だ。小暮は他のスタッフたちと何か揉めているように見える。それとも、撮影現場とはこんな感じなのだろうか?

「だからさぁ、俺は最初から言ったよな? どこの誰とも知らないやつは嫌だ、って!」
「それは……だって仕方ないじゃないですかっ。まさかこんなことになるとは」
「そもそも事務所のゴリ押しだったんだろ? なのになんでこんなことになるんだよ?」
「自分にもわかりませんよっ。まさか今日の今日でこんな……」
 漏れ聞こえてくる話からして、やはり何かあったようだ。志麻の耳がダンボになっている。目がギラギラと輝き、吸い込まれるように小暮へと近付く。

「ちょっと、志麻先輩っ」
 遠くから盗み見る、という話だったにもかかわらず、どんどん歩いて行ってしまう。腕を掴み止めようとするが、止まらない。

「おはようございまーす」
 何食わぬ顔で、接触。小暮を始め、数名の男性がこちらを振り向き、困惑した表情を浮かべた。
「おはようございます……って、誰?」
 スタッフの一人が反射的に挨拶を返す。志麻は悪びれた様子もなく、ずけずけと割り込んでいく。

「なにか事件ですか?」
「なにあんた、もしかしてONAGAのファンか何か? 困るんだよ、ストーカーみたいなことされちゃ」
 一人の男性にそう言われ、志麻がムッとした顔を見せる。
「違いますよっ。私が好きなのは小暮監督ですっ」
 ぴしゃりと言い切ると、ドヤ顔で相手を見返した。
「え? あ、俺? ……そりゃどうも」
 小暮があっけにとられたように志麻を見る。

「で、なにか事件ですか?」
 なおも話に入ろうとする志麻。
「君には関係ないよ。ほら、離れてっ」
 スタッフの一人に向こうへ行けと手で追い払われる。が、志麻は怯まない。なおもズイ、と身を乗り出し、
「何かお手伝いできることがあればっ」
 と食いついた。
「あのねぇ……」
 呆れたような、怒ったようなスタッフに、小暮が言った。

「なんにせよ、もう今日は無理だろ? キャスト不在じゃどうにもならんよ」
「いや、でも監督、ONAGAさん押さえられるの今日の昼間だけなんですよ。公園の撮影許可だってありますし」
「だからさぁ、だったら今からキャスト用意できるわけ? ゴリ押し女優が朝イチで仕事ドタキャンした責任って誰がとるわけ? 俺だって予定詰まってんだよ。そっちで用意してよ、そこそこ芝居できる子、今すぐに!」

 まだ時刻は早朝六時。芸能事務所だってこんな時間には動いていないだろう。誰かを手配するとしたって、誰を? というところも問題だった。
「キャスト不在って、相手役の子ですか?」
 志麻の目が光った。
「は? なに、まさか私が出ますとか言わないよね?」
 スタッフが半笑いで志麻を見た。完全に馬鹿にしたような顔だ。だが小暮はまんざらでもない様子で、
「……なるほど、それもいいか」
 と呟く。志麻は男前女子である。背も高く、顔立ちも整っていた。

「駄目ですって! 彼女、身長高すぎますよ」
 スタッフに言われ、小暮が肩を落とした。
「ああ、そうか。ONAGA君と並ぶんだもんな」
 そう言って頭を掻く。

「だったら!」
 志麻が雨歌の後ろに回り、その背中を押した。
「この子、どうです?」
「ちょっとっ」
 雨歌が慌てて志麻に向き直った。
 小暮と、スタッフ二人が顔を見合わせ、同時に溜息を吐く。
「いくらなんでも……」
「誰でもいいってわけじゃないからね」
「悪いけど」

 酷い言われようだ。しかし、志麻と並んでいる雨歌はとにかく地味。三人の反応はもっともだった。
 そんな三人に、志麻は携帯を差し出した。
「これ、見てもらっていいですか?」
「え? なに?」
「動画?」
 三人が画面を覗く。

『このあーし、ギャル探偵の松本イチゴちゃんを怒らせたようねっ。今からすべての真実を、白日の下に晒してあげちゃうんだから、覚悟なさいっ!』

「げっ!」
 雨歌が思わず声を上げた。それは先日の松本イチゴの映像。志麻は録画して持っていたのだ。

「……これが、なに?」
 小暮が画面を見ながら訊ねると、志麻が自信満々な表情で、
「これ、この子ですよ」
 と、雨歌を指す。
「えええっ?」
「嘘だろっ?」
「声、違うじゃんっ」
 三人が、画面と雨歌を交互に見た。雨歌は所在なさげに視線を逸らす。

「役者の卵なんです。どうです? 使ってみません?」
 にんまりと笑う志麻に、考え込む大人たち。
「俺は……いいと思う」
 小暮が携帯画面を見つめ、言った。
「ええっ?」
「どこの誰ともわからない素人ですよっ?」
 二人が止めるも、
「駄目ならまた考えればいいだろう。せっかく持ち込んだ機材、またバラすのか? どうせ今日の費用がチャラになるわけじゃないんだし」

 小暮が言うと、二人がう~んと唸る。

「まぁ、監督がそう言うならこちらとしては段取り組みますけど……」
「今から誰か用意するの、難しいもんなぁ」
「あ、でも彼女、素人ってことは事務所未所属なんでしょ?」
 三人が雨歌を見る。芸能事務所に登録のない未成年を使うには、保護者の承諾や契約書が必要になるのだ。

「あ、それでしたら大丈夫です。アスナ企画の佐伯二三男が保証人になりますので」
 志麻がサラッと言ってのける。
「アスナ企画?」
「え? アスナ企画さんの関係者?」
 アスナ企画は、志麻の父親が勤めている会社である。主に地方テレビ局の番組制作などを請け負う会社だが、活動拠点は関東近郊であり、都内でもそれなりに知られていた。
「アスナ企画さん、うち仕事したことあるよ」
「そうなの? 戸田P」
 スタッフの一人は戸田というらしい。Pとは、プロデューサーのことだ。とするならもう一人が助監督ということになるのだろう。

「アスナ企画の佐伯二三男は私の父です。彼女にとっては叔父になります。全権委ねられているので問題ないかと」
 志麻は好き放題話をでっち上げると、鞄から佐伯の名刺を出す。三人はそれを見て、
「業界関係者か。それなら大丈夫か……」
 と納得する。この業界では、関係者の子供をCMやドラマに使うことがよくあるのだ。記念に出してほしいという親も多く、芸能活動に憧れを持つ我が子をゴリ押ししてくることなどもある。時にはスタッフの家族をエキストラとして採用することも日常的だった。

「じゃ、決まりで」
 志麻がパンと手を叩く。

「で、どういった感じなんですか?」
 志麻が興味津々で身を乗り出す。こんなに簡単に事が運ぶとは思っていなかった志麻だが、それだけ切羽詰まったスケジュールだったのだろう。

 小暮は手にしていた台本と絵コンテを手渡した。アイドルであるONAGAではなく自分に興味を示した目の前の少女に、小暮は少しばかり関心を抱いていた。業界関係者の娘だということもあるのだろうが、撮影に興味を持ってくれる若者は今や稀だと言ってもいい。

「君、俺のファンだって言ってたけど、もしかして監督目指してる?」
「はい! 私は小暮監督の『花の大地』を見てから、ずっと監督にゾッコンなんですよ!」
「え? 花の大地って……俺が高校の時の」
「自主制作映画ですよね!」
「なんでそんなの知ってるの?」
「小学生の頃、小暮監督の高校の文化祭で見ました。あの時のパンフレットは今でも宝物です!」
「えええ!」

 何故か二人で盛り上がっている。まさか小学生の頃から小暮ファンだったとは、雨歌もさすがに知らなかった。筋金入りだったのだ。
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