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第14話 ライバル
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「……で、どうしてここに真広が?」
雨歌が見上げた先には真広の顔がある。心持ちムスッとし、腕を組んで立っている。
「放置できないだろ? あいつがいる場所に、俺のミューズを連れて行くってんだから」
ストーリーも無事決まり、志麻とニケのスペシャルタッグは、想像以上に仕事が早かった。ニケのコンセプト決めが伸びてしまっていたのを取り戻すかのように、順調にスケジュールを組んだ成果だ。全容を知らされた雨歌は、志麻の言う「一肌脱ぐ」の意味も分かり、そこからの役作りも順調だった。
「雨歌ちゃん!」
スタジオに入ると、開口一番そう叫んで走ってきたのは、ONAGAである。
スタジオではもう既に撮影が始まっている。ENDのメンバーは皆、衣装に身を包み、ダンスパートを撮り始めていた。
「チッ」
横で真広が舌打ちをしたのが聞こえた。
「……って、なんでお前がいるんだよ」
ONAGAが駆け寄り、あからさまに嫌な顔をする。
「どうも~」
顔を引き攣らせながら挨拶をする真広を押し退け、雨歌が頭を下げた。
「この度は、お世話になります。9colors companyより参りました、雨歌です。今日はよろしくお願いします」
業界では当たり前の挨拶だ。
「真広は……加賀見真広は付き人のようなものですので、お気になさらず」
そう告げると、ONAGAは上から下まで真広を見遣り、
「ふ~ん、付き人ねぇ」
と言い放った。
「では、私は準備がありますので」
お辞儀をし、雨歌はスタイリストの元へと行ってしまう。残された真広とONAGAは、互いを見ながら牽制し合う。
「ONAGAさんって芸能人ですよね? 熱愛発覚とか撮られたらまずいんじゃないんですか?」
「うちのグループ、別にそういうのないから。それに、今や雨歌ちゃんだって業界人だよね? 君こそ、変な噂立てられると雨歌ちゃんの足を引っ張ることになるんじゃない?」
「俺は一生あいつの隣にいるって決めてるんで。昨日今日の関係じゃないから、問題ないです」
「そんなこと言っていられるのも今の内だけじゃない?」
「そういうアンタは、あいつのなにを知ってるんです? あの日、あんたが惚れたのは雨歌じゃない。あまねだろ?」
「なっ!」
ONAGAが拳を握りしめる。図星だな、と真広は確信した。気になっているのは確かなのだろう。しかし、本当に雨歌自身が気になっているのか、確信が持てない。だからこそ会いたがったり、こうして一緒に仕事をする機会を設けたりしているのだ。
「あいつはいろんな顔を見せる。でもそれは雨歌であって、雨歌じゃない。芝居やってる人間なら、わかるでしょうに?」
挑発ではない。これは真実だ。あまねという役にのめり込んでしまったのは、ONAGAではなくシオン。それをいつまでも引きずっているようでは、ONAGAは役者として失格だ。雨歌にちょっかいを出され面白くない気持ちはあるが、それは多分、今日の撮影で終わるだろう。
「わっかんねぇだろ? 更に惚れ込んじまうかもしれないぜ?」
「……ま、否定はしない」
その可能性もある。雨歌はこれから、そうやって沢山の人間を虜にしていく人間だ。わかっている。だからこそ、いちいちこんなことでイラついている場合ではない。真広はグッと腹に力を入れると、既にスタジオでニケと共に撮影に参加している志麻のところへと向かった。
「あ、真広」
真広を見つけた志麻が手を挙げる。
「どう?」
声を掛けると、志麻が目を輝かせる。
「すっごいよ! スタジオでの撮影なんて見たいと思ってもそう見られるもんじゃないからねっ。ニケさんの撮影テクもめちゃくちゃ勉強になるし、何よりENDがカッコいいんだから!」
見渡すと、テレビで見たことのある本物のENDメンバーが全員揃っている。当たり前だが、オーラが半端ではない。それに、話には聞いていたがニケという監督のビジュアルもすごい。ピンクの髪にピチピチのデニム。ラメの入った髑髏のTシャツに金糸で描かれた龍が背に乗るスカジャンだ。センスの良し悪しはわからないが、パンクであることは確かだった。
「雨歌は踊らないんだろ?」
真広が訊ねると、志麻が頷いた。
「もちろん踊らないわ。舞うけどね」
「……舞う?」
真広が聞き返すが、志麻には無視された。
「このあと撮るのは、ENDの皆さんと雨歌の共演シーン。それが終わったらENDの皆さんはお終いで、雨歌だけのイメージシーンね」
進行表を見ながら説明をする。すっかり業界人をしている志麻を見て、真広は肩を竦めた。
「カメラチェック入りまーす」
スタッフの一人が声を出すと、演者とスタッフがモニター前に集まる。音楽が流れ、ダンスシーンが映し出されると、真広は息を飲んだ。確かにすごい。プロというのはここまでの動きをするものなのかと感心する。いつの間にか隣にいたONAGAが「カッコいいだろ?」とドヤ顔で囁いてきた。
「そっすね」
棒読みで返す。
カメラチェックのあと、休憩を挟む。演者、スタッフ共に昼を食べ、午後に備えた。
「さすがにメイクも衣装も時間が掛かるわね」
時計を見ながら、志麻がそう口にする。
「そういや、雨歌ってなんの役なんだ?」
「は? あんた、知らないで来たの?」
「……知らないけど?」
そう言ってむくれる真広に、志麻は
「百聞は一見に如かず、ね」
そう言ったと同時に、スタジオからワッと歓声が上がった。
「……マジかよ」
真広が目を見開いた。
「綺麗~!」」
「すっごい!」
「豪華だな~」
姿を現したのは、艶やかな衣装に身を包んだ、一人の花魁だったのだ。
白塗りにド派手なメイク。髪は、横兵庫と呼ばれる花魁独特の形。髷を横に大きく張り出すように結い上げており、蝶が羽を広げているようなシルエットが特徴だ。もちろん、カツラである。そして幾重にも重ねられた艶やかな着物。最後に羽織った打掛には、赤地に大輪の牡丹の花が栄える。
幾人かのスタッフが着物の裾を掴みこちらに歩いてくるその表情は、既に雨歌のものではない。
「すっご……」
圧巻なのは、その見た目だけではない。雨歌が放つ雰囲気が、何者も寄せ付けないようなピリピリとしたものなのだ。気高く、美しく、媚びない生き物……花魁。
「じゃ、みんな一度集まって~」
ニケが声を掛けると、メンバーが雨歌を中心に集合する。
「これから撮るのはこういうシーンになります」
モニターを見せ、説明を始める。画面上では棒人間が動いている映像が流れ、口で説明するより早い。メンバー全員、真剣な顔で画面に見入る。全体の流れ、カメラ位置、どこで誰の踊りを抜くかなど細かいチェックを重ねる。
雨歌も、この日のためにENDの振り付け担当と練習を重ねてきた。偶然にも雨歌の通うダンススクール出身だったこともあり、練習は大いに盛り上がった。その成果が、試されるのだ。
「クレーンの他にもカメラ動くから、くれぐれも気を付けて。最高の画を撮りたいので、よろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく!」
「お願いしまーす!」
ワッと盛り上がる。
「では、音出しますのでストップ掛かるまで続けてください! ミュージック、スタート!」
いよいよ撮影が、始まる。
雨歌が見上げた先には真広の顔がある。心持ちムスッとし、腕を組んで立っている。
「放置できないだろ? あいつがいる場所に、俺のミューズを連れて行くってんだから」
ストーリーも無事決まり、志麻とニケのスペシャルタッグは、想像以上に仕事が早かった。ニケのコンセプト決めが伸びてしまっていたのを取り戻すかのように、順調にスケジュールを組んだ成果だ。全容を知らされた雨歌は、志麻の言う「一肌脱ぐ」の意味も分かり、そこからの役作りも順調だった。
「雨歌ちゃん!」
スタジオに入ると、開口一番そう叫んで走ってきたのは、ONAGAである。
スタジオではもう既に撮影が始まっている。ENDのメンバーは皆、衣装に身を包み、ダンスパートを撮り始めていた。
「チッ」
横で真広が舌打ちをしたのが聞こえた。
「……って、なんでお前がいるんだよ」
ONAGAが駆け寄り、あからさまに嫌な顔をする。
「どうも~」
顔を引き攣らせながら挨拶をする真広を押し退け、雨歌が頭を下げた。
「この度は、お世話になります。9colors companyより参りました、雨歌です。今日はよろしくお願いします」
業界では当たり前の挨拶だ。
「真広は……加賀見真広は付き人のようなものですので、お気になさらず」
そう告げると、ONAGAは上から下まで真広を見遣り、
「ふ~ん、付き人ねぇ」
と言い放った。
「では、私は準備がありますので」
お辞儀をし、雨歌はスタイリストの元へと行ってしまう。残された真広とONAGAは、互いを見ながら牽制し合う。
「ONAGAさんって芸能人ですよね? 熱愛発覚とか撮られたらまずいんじゃないんですか?」
「うちのグループ、別にそういうのないから。それに、今や雨歌ちゃんだって業界人だよね? 君こそ、変な噂立てられると雨歌ちゃんの足を引っ張ることになるんじゃない?」
「俺は一生あいつの隣にいるって決めてるんで。昨日今日の関係じゃないから、問題ないです」
「そんなこと言っていられるのも今の内だけじゃない?」
「そういうアンタは、あいつのなにを知ってるんです? あの日、あんたが惚れたのは雨歌じゃない。あまねだろ?」
「なっ!」
ONAGAが拳を握りしめる。図星だな、と真広は確信した。気になっているのは確かなのだろう。しかし、本当に雨歌自身が気になっているのか、確信が持てない。だからこそ会いたがったり、こうして一緒に仕事をする機会を設けたりしているのだ。
「あいつはいろんな顔を見せる。でもそれは雨歌であって、雨歌じゃない。芝居やってる人間なら、わかるでしょうに?」
挑発ではない。これは真実だ。あまねという役にのめり込んでしまったのは、ONAGAではなくシオン。それをいつまでも引きずっているようでは、ONAGAは役者として失格だ。雨歌にちょっかいを出され面白くない気持ちはあるが、それは多分、今日の撮影で終わるだろう。
「わっかんねぇだろ? 更に惚れ込んじまうかもしれないぜ?」
「……ま、否定はしない」
その可能性もある。雨歌はこれから、そうやって沢山の人間を虜にしていく人間だ。わかっている。だからこそ、いちいちこんなことでイラついている場合ではない。真広はグッと腹に力を入れると、既にスタジオでニケと共に撮影に参加している志麻のところへと向かった。
「あ、真広」
真広を見つけた志麻が手を挙げる。
「どう?」
声を掛けると、志麻が目を輝かせる。
「すっごいよ! スタジオでの撮影なんて見たいと思ってもそう見られるもんじゃないからねっ。ニケさんの撮影テクもめちゃくちゃ勉強になるし、何よりENDがカッコいいんだから!」
見渡すと、テレビで見たことのある本物のENDメンバーが全員揃っている。当たり前だが、オーラが半端ではない。それに、話には聞いていたがニケという監督のビジュアルもすごい。ピンクの髪にピチピチのデニム。ラメの入った髑髏のTシャツに金糸で描かれた龍が背に乗るスカジャンだ。センスの良し悪しはわからないが、パンクであることは確かだった。
「雨歌は踊らないんだろ?」
真広が訊ねると、志麻が頷いた。
「もちろん踊らないわ。舞うけどね」
「……舞う?」
真広が聞き返すが、志麻には無視された。
「このあと撮るのは、ENDの皆さんと雨歌の共演シーン。それが終わったらENDの皆さんはお終いで、雨歌だけのイメージシーンね」
進行表を見ながら説明をする。すっかり業界人をしている志麻を見て、真広は肩を竦めた。
「カメラチェック入りまーす」
スタッフの一人が声を出すと、演者とスタッフがモニター前に集まる。音楽が流れ、ダンスシーンが映し出されると、真広は息を飲んだ。確かにすごい。プロというのはここまでの動きをするものなのかと感心する。いつの間にか隣にいたONAGAが「カッコいいだろ?」とドヤ顔で囁いてきた。
「そっすね」
棒読みで返す。
カメラチェックのあと、休憩を挟む。演者、スタッフ共に昼を食べ、午後に備えた。
「さすがにメイクも衣装も時間が掛かるわね」
時計を見ながら、志麻がそう口にする。
「そういや、雨歌ってなんの役なんだ?」
「は? あんた、知らないで来たの?」
「……知らないけど?」
そう言ってむくれる真広に、志麻は
「百聞は一見に如かず、ね」
そう言ったと同時に、スタジオからワッと歓声が上がった。
「……マジかよ」
真広が目を見開いた。
「綺麗~!」」
「すっごい!」
「豪華だな~」
姿を現したのは、艶やかな衣装に身を包んだ、一人の花魁だったのだ。
白塗りにド派手なメイク。髪は、横兵庫と呼ばれる花魁独特の形。髷を横に大きく張り出すように結い上げており、蝶が羽を広げているようなシルエットが特徴だ。もちろん、カツラである。そして幾重にも重ねられた艶やかな着物。最後に羽織った打掛には、赤地に大輪の牡丹の花が栄える。
幾人かのスタッフが着物の裾を掴みこちらに歩いてくるその表情は、既に雨歌のものではない。
「すっご……」
圧巻なのは、その見た目だけではない。雨歌が放つ雰囲気が、何者も寄せ付けないようなピリピリとしたものなのだ。気高く、美しく、媚びない生き物……花魁。
「じゃ、みんな一度集まって~」
ニケが声を掛けると、メンバーが雨歌を中心に集合する。
「これから撮るのはこういうシーンになります」
モニターを見せ、説明を始める。画面上では棒人間が動いている映像が流れ、口で説明するより早い。メンバー全員、真剣な顔で画面に見入る。全体の流れ、カメラ位置、どこで誰の踊りを抜くかなど細かいチェックを重ねる。
雨歌も、この日のためにENDの振り付け担当と練習を重ねてきた。偶然にも雨歌の通うダンススクール出身だったこともあり、練習は大いに盛り上がった。その成果が、試されるのだ。
「クレーンの他にもカメラ動くから、くれぐれも気を付けて。最高の画を撮りたいので、よろしくお願いいたします!」
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