【完結】9colors actor ~9つの色を身に纏い、少女は嘘を味方につける~

にわ冬莉

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第17話 作戦

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 二階堂圭吾にかいどうけいご。それが、ニケの本名だ。

 二階堂家は昔から医薬品メーカーとして、新薬の研究開発から臨床試験、製造、供給に至るまで幅広く取り扱っている。一族の長であるニケの家は主に研究、開発に従事しているらしく、ニケの兄は二階堂メディカルアカデミーという研究機関で副所長をしているという。一族には医者も多くおり、ニケの妹は臨床医。従姉や叔父にも医者がいる。祖父が二階堂家を総括している会長であり、ニケの父はその下で取締役としていくつかの会社を束ねる社長だと教えられた。

「……思ったより、だ~いぶ規模が大きいわね」
 志麻が顔を引き攣らせ、笑った。

 都内のコーヒーショップで、ニケを交えての最終打ち合わせ。果たしてうまくいくのかどうか、判断がつかない状態だ。しかし、受けてしまったからにはやるしかあるまい。あとは野となれ山となれ、である。
「パーティーの参加者も多岐に渡ってるわ。政界関係者から芸能界、財界、色々ね。そんな中でどんな騒動を起こすのが有効なのか、私なりに考えてみた」
 ルーズリーフを取り出し、テーブルに並べる。

「まず、今回は私と雨歌、二人体制でやりましょう」
「志麻先輩も?」
 雨歌の目が輝く。志麻は、今でこそ演出業ばかりだが、昔はよく演劇部の舞台に立っていた。長身で、見た目も中性的。女子生徒のアイドル的存在だったこともある。 志麻の芝居は大胆で、その相貌も相まって人の目を引き付ける。

「私は全身ブランドで固めた駆け出しモデル。雨歌は田舎から出てきた歌手を夢見る女の子。ニケさんには二股かけてもらうことにした」
「えっ? ふ、二股ですかっ?」
 ニケが慌てる。そういうタイプではないのだろうことは、わかっている。
「とにかく、ご両親や集まった親戚筋にだから。不本意かもしれませんけど、お願いします」
「あっ、いやとんでもない。こちらこそよろしくお願いします。……ただ、僕に二股が務まるかどうか」
 真面目な顔で、悩み始める。

「それでいいんです。ニケさんは真面目だから、私と雨歌を前に『どちらか一人を選ぶことができない』で構いません」
「優柔不断ですね……」
「ええ。それを狙ってます」
 志麻の説明を聞き、タジタジになるニケ。

「私と雨歌の設定はこれ」
 役作りのための資料を見せる。
 志麻が演じるのは柏木《かしわぎ》シエラ、二十五歳。裕福な家庭の出で、幼いころから周りにチヤホヤされて育ってきたお嬢タイプ。ニケに近付いたのはミーハー心。しかし、財閥の御曹司だと知り、本気になる。
 それに対し雨歌が演じるのは風森千翔《かぜもりちか》、二十歳。地方出身で母子家庭。幼いころから貧乏だった千翔は、歌手を夢見て都会に出てくるも、未だ芽は出ず。ニケに近付いたのは、チャンスを手にするため。

「……すごい。こんなに細かく人物像を掘り下げるんですね」
 資料を見たニケはただ感心するばかりだ。
「ここからさらに深堀りするんです。ニケさんがシエラと千翔のどこに惹かれているのか。交際からどのくらい経っているか、二人のデートコース、思い出の場所、エピソード。その辺を詰めていきましょう」
「……えええ」

 若干引き気味のニケを巻き込み、二階堂家パーティー引っ掻き回し作戦という名のお芝居が、幕を開けるのである。


 
「ねぇ、この子……」
 楽屋でマネージャーに携帯を差し出したのは、女優の出流いずる
 三十五歳とは思えない若々しい姿に、どんな役でも完ぺきにこなす演技力。そして見た目の華やかさ。今、一番売れている女優だと言っても過言ではないだろう。

「どれです?」
 出流のマネージャーである畑山沙織はたやまさおりが画面を覗き込む。それは、ここ最近話題になっているWebで流れるCMだった。

 公園で男女が別れ話をしている。
 別れを告げられた少女は、すべてを受け入れ悲し気に微笑みを浮かべる。
 男性が一瞬だけ少女を抱き締め、苦し気に顔を歪ませその場から走り去る。
「Unstoppable Time ──時間を超える愛」
 というテロップが流れ、腕時計が映るショートバージョン。

 更にそのあと、大人になった少女が傘を差し公園を歩き、男性とすれ違う。
 すれ違った瞬間、なにかを感じ、立ち止まる女性。
 同じように男性も立ち止まり、振り向く。視線と視線がぶつかり、すべてを思い出す二人。傘を投げ出すと同時に曲が流れ、雨が止み、空が明るくなる。
 駆け寄る二人のスローモーションに虹が掛かる。
 抱き合った二人は見つめ合い、額を付け合う。微笑む女性の頬には一筋の涙が流れ、

「時間は変わらない。でも、君がいるなら、すべてが変わる──」

 のナレーションが入るロングバージョン。

「話題になってるやつですね。ENDのONAGAが出てるし、ドラマ仕立てなんで目を引くし」
「……そう、話題になってるのね」
 納得したようにそう口にする。

 この映像を見て驚いたのは、少女を演じている女優の演技だ。一人の人間が少女と大人の女性を演じることはドラマや映画でも多々ある。衣装やメイクでどうにでもできるし、さしたる技術もいらない。ただ、この女優は、大人になった状態でありながら、再会した時に一瞬だけ「少女」に戻っている。額を付けたあの時、明らかに少女だった頃の表情をしてみせた。このショートムービーを見て驚くのは、構成の素晴らしさもあるが、それにきっちり応える演技をしているところだろう。

「この映像が何か?」
「その子、わよ」
 出流が言った。畑山沙織は、ハッとして話を続ける。
「そう! 出流さんっ、私もそう思ったんです! この子絶対来るだろうな、って。だから調べたんですよ、どこの事務所の子なんだろうって。そしたら!」
「……そしたら?」
「情報、ないんです」
「……え?」
 出流が眉を寄せた。

「この女優、まだ事務所に入ってないのかなんなのか、名前が出てきませんでした。出流さんのロケの合間に、他の事務所の方と話す機会があって聞いてみたんですけど、界隈でも秘かに話題みたいですよ。出してみたいって言ってる局もあるとか」

 名前を出さないというのは、プロモーション活動の一環なのだろうか? と出流は考える。確かに謎があると、人間は探求心でその謎を解き明かしたくなるものだ。目を引くにはいいやり方かもしれない。しかし名を明かさなければ次の仕事に繋がらないとも言える。

「へぇ、面白いわね」
 大して面白そうでもない口調でそう口にした。
「調べますか?」
 出流がこんな風に他人に興味を持つことは珍しい。沙織は気を利かせたつもりだったが、
「ううん、必要ない」
 と即答されてしまう。

「それより、二階堂院長のパーティーって、何着るの?」
 普段ならパーティーなど、誘われても行かないのだが、相手が二階堂なら話は変わる。若い頃、だった時に助けてもらった恩があった。今回はただの懇親会だという話だ。肩肘張らずに参加できそうで安心だった。なにしろ台詞のない場というのは、何を話せばいいかさっぱりわからないのだ。

「前回は着物でしたから、今回はドレスでいいと思います。何着か用意しておきます」
「お願いね」
 そう言うと、鏡に向き直る。今日はバラエティー番組への出演だ。今度封切りになる映画の番宣だから仕方がないが、バラエティーは台本がないから苦手だ。しかし、黙っていては存在を認識してもらえない。仕方なく、出流は「天然お惚けキャラ」を演じることにした。素の自分があまりに地味で目を引かないため、無理矢理作ったのだ。この設定ならば、多少ちぐはぐなことを口にしても「天然だからな」で納得してもらえる。更に、普段天然キャラな出流が、舞台や映画で真面目な役を演じると、そのギャップだけで演技力が高いと評価されるのだから非常にありがたい。

「出流さん、そろそろスタジオ入り、お願いしまーす!」
 ディレクターが楽屋の外から声を掛ける。出流は小さく息を吐き出すと、立ち上がった。
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