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閑話集

冬の一時(3)

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「お帰りなさい!!」

「お帰り!!」

家に帰って来た俺を出迎えたのは、何故だか上機嫌なシオンとカレンだった。
2人とも、笑顔を絶やさないまま俺の傍を落ち着かずに佇んでいる。

(どうしたんだろ?)

そう思って首を傾げると、カレンも首を傾げた。

「どうしたの?」

「それは俺のセリフだよ。一体どうしたの?上機嫌だけど」

そう聞くと、カレンは含みのある笑みで俺を見た。
そして、少しだけニヤリと笑う。

「分かった?でも教えてげない!まだ秘密だからね!」

「??」

つまり、今は教えてくれないということだろうか。

(まあ、カレンが凄い嬉しそうだし悪いことじゃないだろう)

そう考えて、すぐに食堂へ向けて歩き始めた。
既に、夕食が完成している時間だろう。
あまり待たせると、折角の料理が冷めてしまう。

(それにしても、喜んでくれるかな?)

今、この場には”存在しない”ネックレスのことを考えて、俺はそう内心で呟いた。
作ったのは俺だし、完成形も見た。
かなり上出来なネックレスに不満は無いのだが、やはり不安にはなるものだ。

「~♪~~♪」

(でも、まあ・・・・・カレンが上機嫌だから良いや)

そう考えて、深く考えるのは止めた。

食堂の前に辿り着く途中、あまりに上機嫌過ぎてカレンが道を間違えるなどのトラブルはあったが、すぐに着いた。
興奮が抑えられないように俺の行動を今か今かと待つシオンとカレン。

(本当に、どういうこと・・・・・・・・・?)

内心で首を捻りつつ、俺は扉を開けた。

♪~♪~~♪~~~♪

爽快なファンファーレが鳴り響くと同時に、俺の視界一杯に光が映った。
色鮮やかな食卓が並び、豪勢な食材が目立って見える。

「・・・・・ぁわ~!」

思わず、柄にも無い口調が飛び出しかけて、思わず口を閉ざした。
それくらい、この光景は輝いてみえる。

「何時もありがとうリュウ!!」

「ありがとうございます。リュウさん」

そんな俺を見て、2人は嬉しそうな表情でそう言った。
呆然とした顔で振り返ると、メイドや執事、そういった人々までもが、俺に頭を下げて直立している。

(っていうか、45°とか凄くない・・・・・・・・・・?)

全員がほぼ同じ角度で頭を下げているのに、若干驚きもした。

――でも、それ以上に。

(ああ。これは、良いな・・・・・・・・・・・)

嬉しかった。
何よりも、迎えてくれる存在が。
笑顔で、迎え入れてくれて、こうやって感謝してくれているのが。

日本での毎日と違って、帰りを待ち望む人が多く居る。

(あぁ・・・・・・・・・・・ッ!)

ふと、頬を流れ落ちる涙に気付いた。

「?」

「どっ、どうしたの!?もしかして、嫌だった・・・・・・?」

そんな俺を見て、すぐに目前にカレンが来た。
下から俺の顔を見上げるような体勢で、俺に不安そうな顔を見せてくる。

心の中に、大きな穴が空いたような感覚に陥った。
真っ暗な心に、独り取り残されたような、酷く孤独な感覚。

――俺の中の何かが、砕け散った気がした。

「カレンッ!!!」

「ふゃ!?」

その細い身体を、精一杯抱きしめる。
子供が親に甘えるように、力強く、決して離さないように。
その温もりを求めるように。

「・・・・・・・・・・大丈夫よ」

「!!」

カレンが耳元で、優しく囁いた。
それは、酷くすんなりと頭の中で反芻して、不安が一気に押し返されていく気がした。

それと同時に、俺の頭を撫でる優しい手を感じた。

「大丈夫、大丈夫」

何が、なんてカレンに分かるか分からない。
ただ、ただ俺の事だけを心配して、安心させようと呟くカレンに、俺は救われていた。
温もりが、囁きが。腕の中にある人の感触が、俺の心を治していく。

「・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・・・」

「当然よ。私は、リュウの婚約者なんだから」

そうやって、当然のように言うカレン。
顔を真っ赤にしているのに、何とも成さそうに振舞っている。

――大丈夫よ。

その言葉が、頭の中で響き渡っていく。
何回も、何十回も、反芻されては暖めていく。

それに比例するように、俺も腕の力を抜いていった。
腰と足に力を込めていき、重心を整えていく。
俺の変化に気付いたように、カレンもまた笑みを浮かべて、撫でていた手を退かした。

そして、俺は立ち上がる。

(ありがとう)

もう一度、今度は心の中でそう呟いた。
伝わるかは分からないが、伝わって欲しいと、そう思う。

「じゃあ、夕食にしましょう?」

「そうですね」

カレンの言葉に賛成するように頷いたシオン。
俺は、カレンに声を掛けた。

「カレン」

「何?」

振り向いたカレンの、その瞳を見つめる。
その奥に反射するぼんやりとした俺の姿を見据えながら、俺は一歩ずつ前へと歩み出る。
朱に染まった頬が、カレンが恥ずかしいのだ、と主張している。

そんなカレンの唇に、俺も唇を重ねた。

ッ!

その位の、軽い、触れた程度のキス。
でも、カレンにとっては、宝石よりも価値の高い行動。

ボッ、と急速に赤く染まった顔を隠すように手で覆ったカレンが完成した。

(ここだ・・・・・・・・・・・・)

「カレン。・・・・・・・・・・これを」

そう告げて、俺はネックレスを取り出した。

翡翠色をした宝石で出来たチェーンの所々に金が散りばめられている。
そして、その先頭の宝石は、ピンクに透き通った、宝石だ。

それを見て、呆けたように立ち尽くしたカレンの首へ、俺はネックレスを着けた。

「大好きだよ」

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