上 下
12 / 22
第二章

しおりを挟む
 リネットは薄暗い廊下を進み、奥の階段を上がっていく。通された部屋は思ったより広かった。マントルピースの上には古びた蝋燭立てとマッチ箱が置いてあり、そこかしこに植物の束が吊り下げてある。

「この植物は?」
「イラクサです。乾燥させてお茶にすると、薬効があるので。良ければお飲みになりますか?」

 食器棚に近づいたリネットは、柳模様の紅茶茶碗を取り出そうとしたが、イーサンは急いで制止する。

「いえ結構」

 ダイニングの隣をちらりとのぞくと、ベッドルームがあった。質素なベッドが置かれ、このあたりの下宿には珍しく風呂まである。

「良い部屋ですね。お家賃も高いでしょう?」
「安くはありません。オルコット夫人の審査も厳しいので、空き室は多いですよ。真下の部屋も最近出ていきましたし」

 たとえ部屋が空いていようと、気に入らない人間には貸さないらしい。オルコット夫人はその辺り、徹底しているのだろう。

「それはやはり、家賃の支払いに苦慮して?」
「みたいですね。うちも苦しいときは、月曜日の朝に一張羅の晴れ着を質草にするんです。土曜日の夜にその週のあがりで請け出せば、週末もなんとか過ごせますから」
「しかし最近は、そういうこともないんですよね?」

 リネットは不安そうな顔でうなずく。

「はい。一体どこで何をしているやら」
「少々調べさせていただいても?」
「もちろんです」

 了承を得て、イーサンは手近なチェストの引き出しを開けた。

「ご主人は煙草を嗜んでおられるんですか?」

 イーサンは質問しながら、陶製のパイプを取り上げた。年季が入っており、長く愛用されてきたのがわかる。

「えぇ。どちらかというと、酒より煙草のほうを好んでいました」
「こちらは、植物学の本のようですね?」
「その本とパイプをポケットに突っ込み、ハンカチに包んだ小さなパンを持って、時々ふらっと出掛けるんです」
「どこに行かれるんです?」

 リネットは首をかしげ「さぁ」と言って続ける。

「取るに足らない雑草を、幾らか摘んで帰ってくるんです。イラクサなんかは、役に立つからまだいいんですけど」

 イーサンは軽くうなずき、他の引き出しも開けていく。剪定ばさみやベニヤの板、野帳など、カールの几帳面な性格を表すように、植物採集用の道具が整理されて入っていた。オルコット夫人が評した大人しくてシャイな方、という印象が伝わってくるようだ。
しおりを挟む

処理中です...