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底辺映画監督唯一の名作 ~そしてそれに連なる窮屈で退屈な続編達~
しおりを挟むとある男の脳内で『第一回 黒澤最強決定戦』が行われたのは、男が中学生の頃であった。出場選手は、世に知られた黒澤の名字を持つ者達。その知名度や、持ちうる能力を発揮し勝ち残り形式で戦うのだ。
無精髭にニット帽を被った俳優、身体を張ることを厭わないトリオの女芸人、大会開催に寄与した漫画の主人公。現実と空想の垣根を超え集まった数多の強者達を抑え、優勝の座を勝ち取ったのは某映画監督であった。
なぜ男は、そのような大会を開催したのか。それは、男の名もまた『黒澤』であったからだ。訪れたモラトリアムに際し、自身の起源を血筋ではなく同じ苗字を持つ誰かに託したかった。ただそれだけのことだった。
そうして男は、最強の黒澤である某映画監督に憧憬を抱くようになった。
それから時が流れ、男は、いや黒澤は映画監督となった。実のところ、映画監督になるのに大した苦労はなかった。高校では映画同好会、大学では映画サークルを経て、卒業後は自主製作映画に取り組み、そうして映画監督を自称するようになっただけだから。
しかし、問題なのは自称次代の黒澤には良い映画が作れないという一点にあった。
『黒澤』の名を冠しながら、つまらない映画を作り続ける彼を周囲は嘲笑った。しかし、それも仕方あるまい。なぜなら、世間一般の言う良い映画と、黒澤が望むそれとには大きなズレがあったからだ。そして、黒澤はそのズレを孤高と解し愉悦に浸りさえした。
何しろ、中学生時代にわけのわからない大会を脳内で開くような男である。世間一般と感性がズレていたとしても然るべきであろう。
では、黒澤の求める良い映画とは何か。それは、ずばり「感情の振れ幅」であった。感動作を見て涙を流すこともあろう、ホラー映画で震えあがることもあろう、いわば、映画とは人の心を揺り動かす力がある。黒澤は、その力に妄執したのだ。
その心の振れるベクトルに関係なく、ただただその振れ幅の絶対値のみを黒澤は追い求めた。結果、黒澤の作る映画はまるでジェットコースターのように展開が空転し、歪でチグハグなものとなってしまうのである。
黒澤は、映画の続編が嫌いであった。それは、そもそも続編ありきで撮られた作品ではなく、人気の出た作品で後々に続編が作られるといった類のものだ。『2』はまだいい。だが『3』はダメだ。
「たたき上げの名作、洗練された二作目。そしてそれに連なる窮屈で退屈な続編達」
これは、ダメなほうの黒澤の言である。黒澤は、続編が面白くなくなる原因を「商業主義」であると断じている。続編は、常に「前作」や「売上」という期待に縛られている。そこに自由な発想が入り込む余地は少なく、結果として前作をなぞる窮屈で退屈な作品ができあがるのだ。
では、そうして出来上がった駄作は誰の責任であろうか。それは、映画を作った制作陣ではなく彼らをしばりつけたスポンサーや観客たち、映画を売り買いする商業主義者達にこそあると黒澤は嘯く。そして、「罪を憎んで人を憎まず」とばかりに「商業主義」を憎むようになった。
結果、黒澤の作る映画は観客に見せることを放棄した独りよがりで益々つまらないものへ成り果て、誰一人として感動させることのできない駄作と罵りをたわまることとなったのである。
◆
だが、黒澤は止まることを知らなかった。飽くなき探求心で、己の映画がどうすればよい映画となるのかを模索し続けた。観客など知らぬ、売れ行きなど知らぬ、ただ一人でいい。俺の作る物語で、心の針を飛ばしてやると。
黒澤は、性根がねじ曲がり、何をするにも不器用で、ただ前に進むしかないと宣いつつ右斜め後方に這いずるような男であるが、ただ一点だけ人より秀でていることがあった。それは、女運の良さである。
生まれ持った端正な顔立ちと、どこか憂いをもった影のミスマッチのおかげだろうか。世の女どもが、ひと時も彼を放っておくことはなかった。映画監督という職業柄も相まって、黒澤は自身の映画に出演した女優と懇ろな関係になることがしばしばあった。
彼の映画が、こっぴどく罵られるのも、もしかするとそうしたやっかみもあったのかもしれない。
しかし、そうは言っても黒澤は売れない映画監督である。収入は少なく、その不器用さから生活力も無いに等しい。付け加えれば、黒澤は女より映画を愛する男であった。どんなに良い女であろうと、一方通行では愛は成り立たない。女たちは、次第に彼の下を去っていった。
ただ一人を除いて。
その女は、黒澤がよく通う弁当屋の娘であった。整った顔立ちながら、能面のように表情が変わらず、また心内も静かで穏やかな女であった。二人が夜を交わすようになるまで、そう長い時間はかからなかった。何の劇的な展開もなく、ただ淡々と二人の関係は深まっていき、いつからか同じ部屋で寝泊まりするようになっていた。
ある日、女がその能面にいつになく影を落とし不安そうな表情を見せた。黒澤が問いかけると、女は子ができたことを告げた。黒澤は、あれだけやればさもあらんと落ち着いたものであった。
しかし、さすがの黒澤も女を孕ませたとあっては放っておくわけにもいかない。こうあっては、片膝をつき愛の言葉と指輪を贈るほかないと身を固める覚悟を決めた。だが、黒澤には金が無かった。日々の飯ですら、彼女の僅かな収入に頼っているというのに指輪など買えようがないではないか。
黒澤は、最後の手段に打って出た。近くの工場で拾ってきたナットを、映画の大道具から借りたグラインダーでひたすらに削ったのだ。彼女の指の大きさを思い浮かべながら、黒澤はひたすらに、ただひたすらに火花を散らした。そうして、出来上がった歪な指輪をポケットに収め彼女の下を訪れた。
女は、大粒の涙をこぼし声をあげた喜んだ。目じりが下がり、口角が上がり、目元と頬を赤くはらした。日頃の能面とは打って変わって、くしゃくしゃになったその表情に黒澤は大きく驚いた。思えば、己から愛の言葉を囁いたことなどなかった。贈り物をしたことさえも。
その日、黒澤は知ってしまった。人を涙が出るほど喜ばせることが、如何に簡単なことであるかを。誰一人として感動させることができなかった俺が、いまたった小さで歪な指輪と粗削りな愛の言葉だけでこんなにも彼女のことを感動に打ち震えさせている。
商業主義を敵視し、独りよがりな人生を送ってきた黒澤にとってそれは契機となった。人を感動させるのに、難解なストーリーや技巧にこった演出など不要なのだ。ほんのわずかな、寄り添う心、誰かを喜ばせたいという奉仕の心。ただそれだけで、人々の心は大きく動かされるものなのだ。
◆
黒澤は、大病を患い50を前にして死んだ。
黒澤の死に顔は、とても満足したものであった。黒澤明に憧れ、映画に、誰かを感動させることに全てを注いだ人生は報われたのだ。黒澤は、その数こそ多くはないが確かに自身の組み立てた物語で人々を感動させ、激怒させ、悲哀に暮れさせることができていた。
黒澤の葬式には、多くの女が訪れた。そして、その女たちの左手薬指には皆一様に金属部品を削って作られた歪な指輪がはめられていた。そう黒澤は知ってしまったのだ。己が誰かを感動させることができる唯一の方法を。
おわり
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