上 下
31 / 34
ラストオーダー 勇者根性スピリッツ

スピリッツの作り方

しおりを挟む
 魔王も、千鳥足テレポートが使えるのか。だが何故、普通のテレポートではなく千鳥足テレポートを使ったのだろうか。そんな俺の疑問を察して、遊び人が間髪入れずに声をかけてくる。


「普通のテレポートじゃ、私に逃げ先を悟られると思ったんでしょ! 勇者! 私たちも千鳥足テレポートで追うよ!」


「だめだ……俺は、もう千鳥足テレポートはつかえないんだ」


「はい?」


「なあ、俺の顔を見てくれ。ウイスキーを飲んでも、ちっとも赤くなってないだろう?俺の中の女神の力が、俺を酒に酔えない身体にしてしまったんだ。魔王を倒さない限り、俺の体はこれからもずっと酒に酔うことはないんだ」


 遊び人は、驚きの表情を浮かべ固まってしまった。何かを必死に考えているのだろうか、時折「でも」とか「だって」と口に出しているがあとが続かない。


「酔えない俺に、千鳥足テレポートは使えない。つまり、もう魔王を追うことはできないんだ」


 俺は、再び言い聞かせるように遊び人に伝えた。


「だ、だったら、なおさら魔王を追わなくちゃ。キミはともかく私は酔っているんだから、二人でなら千鳥足テレポートはつかえるはずよ。それに魔王を倒せば、またお酒に酔えるようになるじゃない!」


 遊び人の提案は、確かに一考の余地のあるものだった。たしかに、二人でなら千鳥足テレポートが発動するかもしれない。だが、失敗したらどうなる。以前、遊び人が一度目の失踪を果たしたとき俺は幾度も千鳥足テレポートを試み、失敗した。あの時の、鼻をつんざく海水の痛みが思い起こされる。もし海にでも、川にでも落ちたりしたら頭だけの彼女はどうなる。自ら浮き上がる術も持たずに、暗い水の底へと沈んで行ってしまうのではないだろうか。


「無理だよ遊び人。……それに俺はもう勇者じゃない、俺は《ビール》なんだ。もう俺に魔王を倒す理由はない」


 俺は、彼女に千鳥足テレポートを使わせぬべく適当にそれらしい理由を並べ立てる。


「じゃあ、私の為に追ってよ。勇者に理由がなくても私にはあるの! 世界中の皆が普通に酒が飲める世界を作るのを手伝ってよ!」


 遊び人の声は、震えている。だが、俺にはその理由がわからなかった。


「手伝うさ。俺には教会にも頼れる伝手がある。なにも魔王軍を手中におさめる必要はない」


 そうだ、わざわざ自ら危険に飛び込む必要なんてない。もう、魔王のことなんて、俺のことを殺そうとする体のことなんて忘れて、二人でゆっくり暮らすのもいいじゃないか。


「そんな、つまんないこと言わないでよ!」


 遊び人は、その目に大粒の涙をためていた。
 何故だ。なぜキミはそこまで、魔王に執着しているんだ。


「頭だけの私には、どうにもならないの。お願いだから手伝ってよ勇者」


 今までみたこともない激昂ぶりに、俺はたじろぐ。以前の喧嘩でも、彼女はここまでの怒りは見せなかった。一体何が、彼女を突き動かしているというのだ。


「もう正直、私の目的なんてどうでもいい。……いや、どうでもよくはないけどどうでもいい!」


「お、落ち着けよ」


「落ち着いていられるわけないでしょ。なに!? 酒に酔えない身体になったってどういうこと!?」


「それは、女神からもらった耐性の力で……」


「もう、一緒にお酒をシコタマ飲んでも二人で酔って、笑って、馬鹿話に講じることもできないってこと!? そんなの私には耐えられない! 私は、酔っぱらって心中だだ洩れのそんな勇者が好きだったんだ!」


 そういうと、彼女は本格的に泣き出してしまった。うわああうわあああとまるで子供のように声をあげて泣いている。

 俺は、立ち上がり彼女の目をぬぐう。ああ、愛しい女を泣かしてしまうなんて俺は勇者として、いや男として失格だ。
 剣を腰に差し、クロークをまとう。彼女に一声かけ、彼女の頭をマフラーごと腰に結わえ付ける。


「勇者?」


 彼女は、心配そうに俺を見上げている。俺は、それに微笑み返しカウンターバーに並べられた酒瓶に向き合う。片っ端から手に取り、その琥珀色のアルコールを体に充填していく。空になったら、次を、それが空になったら更に次を。何杯も、何杯も、何杯も。

 だが、俺の体は一向に酔う素振りを見せない。悔しさに、視界がにじむ。だが、その手は緩めない。
 腰に結った頭が、声をあげる。「がんばれ」と。その声は、少しずつ大きくなっていく。遂には、部屋中に遊び人の声援が響き渡った。 


「がんばれ勇者! キミは、ビールなんかにとどまる男じゃない! そんなアルコール度数の、チェイサー程度の男じゃない! ぐつぐつぐつぐつと魂を燃やせ! 煮詰まった醸造酒は蒸留酒を生むんだ! そうだキミはビールなんかじゃない! その魂は、勇者という生きざまに染まったスピリッツだ!」


 酒瓶を握る手に力が入る。


 あまりに力を籠めすぎたせいか、思わず眩暈がする。足元がふらつき、全身の力が抜けていく。
 巡る思考はまわりすぎて、その複雑に絡み合ったシナプスをほどいていく。

 魔王を倒すのが勇者の役目。彼女の体に関する誤解。酒造業界で一丸となって禁酒法を無くしたいという遊び人の思惑。勇者の力を失い、再びアルコールに酔う身体を取り戻す。そのすべてが、今やどうでもよくなっていく。とりあえず、よくわからないが魔王を倒せばいいんだろう。酔っ払い特有の、短絡的結論にたどり着いたとき、俺は「飛べる」確信を得た。

 
「千鳥足!」


 遊び人の顔を伺う。彼女は動かない頭で、頷いて見せた。
 俺たちは、タイミングを合わせ二人同時に掛け声をあげる。



「てれぽおおおおおおおおおおおおおとおおおおおおおお!!!」


しおりを挟む

処理中です...