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ランドルフがくれた縁
しおりを挟むまるで小さな森のようなモーリア侯爵家の庭に、ミリィたちはあんぐりと口を開いた。
自然な形で配された木々の中に見事にバラや美しい緑や花が溶け込んでいて、鳥たちのさえずりも聞こえてくる。これが公園や公共の施設などではなく、普通のお屋敷だというのだから驚きだ。
「素敵ねぇ……。あ、ほら! 見て、お母様。あんなところに鳥の巣が」
「本当ね! 気取ったところなんてちっともなくて、でもちゃんと手入れは行き届いていて……。持ち主の魅力って、お庭にも現れるのね」
思わずここが慣れない社交の場だということも忘れ、母と感嘆の声を上げた。
父はといえば、集まった客たちのそうそうたる顔ぶれにガチガチに固まっていた。平常運転なのは、まだ七才になったばかりの弟のルイスだけ。
ルイスは一体誰に似たのかうらやましいくらいの社交性と天性の人懐っこさを発揮して、会う人会う人に天使のようなかわいらしい笑顔で挨拶をしては招待客の頬を染めさせていた。我が弟ながら、ぜひ爪の垢を煎じて飲みたい。
ミリィは背後から近づく衣擦れの音に、はっと振り向いた。
「ふふっ! お褒めいただいて嬉しいわ。ようこそおいでくださいましたわ。ミリィ様、レイドリア家の皆様」
そのふくよかな声に皆パッと頭を下げた。
「これはモーリア侯爵夫人! こ、こここの度はお招きいただき、ままままま……誠に感謝します!!」
慌てふためきどもりまくる父に、夫人はコロコロと軽やかに笑った。
「そうかしこまらないでくださいな。実は私、ミリィ様にずっとお会いしたいと思っていたんですの。リーファ会の活動は評判ですもの!」
「えっ!? そんな……私こそ、ずっとあなたに憧れていたんですっ! 私もいつか夫人のように、もっと慈善活動ができたらって!」
目をきらめかせるミリィに、夫人が破顔した。
「あら! 嬉しいわ。じゃあまずは、あなたに私のお友だちをご紹介するわ! さぁ、こちらへ!」
そう言って夫人は、次々と招待客に紹介してくれた。
「こちらは私の慈善活動の良き協力者でもある、バルデア卿よ。もちろんご存知ね?」
「ふぁっはっはっはっはっ! おぉ、こちらがランドルフ殿の大切な婚約者のご令嬢か。ふむ……。なるほどなぁ。あのランドルフ殿が必死に頼み込んでくるわけだ」
「はっ、はじめまして! どうぞよろしくお願いいたしますっ」
バルデア卿は、見た目は気のいいおじいちゃんといった風貌の人物である。けれど昔はとんでもなく重責を担う重鎮だったのだから人は見た目によらないものだ。
バルデア卿はふむふむとあごをなでながら、じいっとミリィを見やりにっこりと笑った。
「あのランドルフ殿がわざわざ手紙をよこすなど珍しいこともあるものだと思ったが、こんなにかわいらしいお嬢さんならばうなずける。あの男もついに、生きる喜びを見出したということか!」
バルデア卿は、今は田舎で夫婦ふたりのんびり南瓜作りやら趣味の魚釣りに精を出しているらしい。当時は鬼と呼ばれるほど厳しい人だったらしいが、田舎暮らしがよほど合うのか、今は少し体もふっくらとして実に朗らかだ。
はじめはガチガチに緊張していた父も、趣味が魚釣りと聞いてすっかり意気投合した。釣り好き同士、気がつけば疑似餌がどうのと盛り上がっている。
「それからこちらはマダムオーリーよ。王族の家庭教師を長年つとめていらした、教育のスペシャリストよ。最近では新時代の家政についてのご本を出版なさっているわ。もしかしてお読みになりまして?」
「まぁっ!! そのご本、私買い求めましたわっ。実に興味深い内容で、とても感銘を受けましたのっ!!」
マダムオーリーに食いついたのは、母だった。
なんでもその本は、これまでの貴族然とした家政ではなくいかに倹約と利のある家計の回し方をするか、について書かれているらしい。その内容が贅沢をよしとしない……というよりは贅沢とは無縁の暮らしをしてきた母に思い切り刺さったらしいのだ。
「あらあらあらあら、まぁ皆さん気が合うようで良かったわ!! あとそれからこちらは……王都で今大人気のドレスデザイナーをしていらっしゃるロぺぺ様よ? ミリィ様のことをお話したら、ぜひ守り神とその婚約者様のためにデザインさせてほしいとおっしゃって!」
「ロぺぺ様って……!! 確か予約を取るだけでも一年待ちっていう、あの有名な……!?」
いくら流行りのドレスやおしゃれにさほど興味がないとはいっても、ロぺぺという名前くらい知っている。
「おやおや、私をご存知で? これは光栄ですな。まさしく私がそのロぺぺでございますよ。ミリィ様」
ロぺぺはそう言うとにっこりと笑い、ミリィの全身をぐるりと観察すると。
「ふむ……! これはなかなか飾りがいのある方ですなっ。張りのある素材よりはむしろやわらかい素材、そう……チュールなどもお似合いになりそうですな。あとは首元はあえてすっきり見せた方がさわやかな印象を与えそうな……」
どうやらロぺぺはすっかりドレスを仕立てる気満々のようである。
ミリィは次から次へと現れるものすごい面々に、呆気にとられていた。
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