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しおりを挟む「メロイーズ様……とおっしゃいましたわね? それは何かの間違いに違いありませんわ。あなたの恋のお相手が、ファルビア殿下であるはずがないのです」
やわらかな衣擦れの音とともに、優雅な仕草で歩み寄るその姿。そのたたずまいは凛として、気品に満ちている。
磨かれていないままの原石がメロイーズならば、この令嬢は丁寧に時間と手をかけてこれ以上なく磨き上げられた宝石そのものだった。
それが誰であるのかに気がついた観衆が、はっと息をのんだ。
一気に緊張感を帯びた空気と近づく気配に、メロイーズが令嬢を鋭い目で見やった。
「それ、どういう意味です? あなたは一体……」
「……これは失礼いたしましたわ。お初にお目にかかります。私は、ロスデール侯爵家の長女リステアと申します。メロイーズ様」
瞬間、メロイーズの目が大きく見開かれた。
「ロスデール侯爵家って……確か、ファルビア王子と婚約中の……」
震える声で問いかけたメロイーズに、リステアは無言のまま淑女らしい挨拶で応えた。
リステア・ロスデール。代々王室とのつながりの深い名家であるロスデール侯爵家の長女で、ファルビアの婚約者として名を知られる貴族令嬢である。一介の民に過ぎないメロイーズも、その名に覚えはあったらしい。
動揺の色を浮かべたじろいだメロイーズではあったが、すぐに口元を引き結び声を上げた。
「で、でも婚約はなくなったって聞いたわ……。ファルビア殿下が私にそう言ったもの! 他の王子の婚約者に据え替えることになったんだって……。だから私と恋仲になっても何の問題もないんだって!」
さすがのリステアも、その言葉にピクリと反応した。
「まぁ、それはまたあんまりな嘘をついたものですわね……。ですがそれはとんでもない誤りですわ。私は今も、正真正銘ファルビア殿下の正式な婚約者です。解消などしてなどおりません」
「……で、でも私は確かにそう聞いたわ! 殿下が嘘をついたっていうの!?」
婚約者としての余裕に圧されたのか、メロイーズがじりと後ずさった。リステアは落ち着いた表情を微塵も崩すことなく、まっすぐにメロイーズを見やった。
「……メロイーズ様。大変にお気の毒とは思いますが、おそらくメロイーズ様が一夜とともにした男性は、ファルビア殿下ではございません。まったくの別人ですわ」
「はっ!?」
「つまり、誰かがファルビア殿下の名をかたってあなたをたぶらかしたのです。ですから、婚約が解消したなどというそんな嘘を……」
メロイーズの顔がみるみる真っ赤に染まった。
「なっ……!? いくらファルビア殿下を私に取られて悔しいからって、そんな嘘を……!」
リステアは静かに首を横に振った。
メロイーズがどんなにその相手と愛をささやきあったとて、真実は変えられないのだ。
「いいえ、嘘ではございません。あなたが一晩をともに過ごしたそのお相手が、ファルビア殿下その人でない証明は簡単につきますわ。……きっとここにいらっしゃる皆々様も、それがわかっていらっしゃるはずです」
「ど、どういうこと……!?」
メロイーズは目に見えて狼狽した。
「そ……そんなこと、あるはずないわ……。あの人がファルビア殿下じゃないなんつ、偽者だなんてこと、あるはず……! 確かに聞いたんだもの……。私はそれを信じて……、だから……」
観衆から注がれる憐れみの視線に、メロイーズの声が次第に小さくなっていく。
次第に勢いが消えていくのを見て取ったリステアは、なだめるように静かに告げた。
「すべてはメロイーズ様自らの目でお確かめになった方がよろしいかと存じますわ。僭越ながら、私もそのお手伝いをさせていただきます。……正直、こんな事態は私にも到底看過できませんし」
「……私の、目で?」
「えぇ……。その方がきっと、真実をのみ込めるかと存じます」
メロイーズが小さくうなずいたのを見て、リステアは速やかに衛兵をそばに呼び寄せ何事かをささやいた。
「はっ!! ただ今……!!」
すぐさま衛兵が、大広間からかけ出していく。
その後ろ姿を見つめ、リステアはメロイーズには気づかれぬようそっと安堵の色がにじむ息を吐き出したのだった。
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