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1章
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しおりを挟む「じゃあ、これで契約成立ってことで!」
すべての説明を終えた女神が、満足そうに息を吐き出した。
俺の手の中には、女神の手鏡がすっぽりと収まっている。
見た目はちょっと高価そうな洒落た感じだけれど、でもごく普通の手鏡にしか見えない。
「……あ、でもひとつだけお約束していただきたいんです! 決してこの手鏡を持っていることを、誰にも口外しないでくださいね」
女神の真剣な表情が、つい気になった。
「……もし口外しちゃったら、どうなるんだ?」
やっぱりここは女神の強大な力で、とんでもない呪いか何かが降りかかるとか?
「そんな怖いことしませんよぉ。私、これでも祝福を与える女神なんですからねっ! ただ単に、途中で他の方に使われてデータが台無しになったら困るんです。データ、すごく大事なんですからね」
「あ、へぇ……」
なんとも拍子抜けではある。
まぁ確かにこれを悪用しようって人間も中にはいそうだけど。女神の力を使えば、そのくらいくらでも監視して止められるのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はこくりとうなずいた。
「では、データを楽しみにしてますわね! よい過去をお過ごしくださいねぇ」
そう言って、女神はいまだ困惑顔のままの俺を残し。
瞬きひとつ分する間に、目の前から消え去ったのだった。
見た目だけはそれなりの、手鏡を残して――。
◇◇◇◇
女神はほくほくとした笑顔を浮かべ、空を浮遊していた。
これでデータも手に入るし手鏡もいい感じだってほめてもらえたし、とご満悦な様子で夜空を漂う。
けれどあの人、なんだか勘違いをしている気もするのだけれど、と女神は顎に指を当てた。
「過去に戻れるとは言ったけど、あの手鏡は決して過去を変えられるものではないのよね……」
でもあのメリルという青年は、過去を変えられると勘違いしていたような気もする。
「私の説明が悪かったのかしら……? でもそう簡単に過去が書き換えられちゃったら、大変だもの」
あの手鏡は、あくまでシュミレーション用だ。ただ自分が過去に選ばなかった未来がどんなものだったのかと、のぞき見ることができるだけの。
女神は、しばし難しい顔で考え込んだ。
「ま、でも大丈夫よね。一度戻ってみればわかることだし。もし今が変わらないと気づいてがっかりしても、やっぱり今を大事にしなきゃってきっと気づいてくれるわ。うん」
女神は筋金入りの楽観主義者、いや楽観主義神であった。
まだ起きてもいないことをあれこれと心配して考えても、仕方がない。いざとなれば女神の力で祝福を与えれば、人間の人生など簡単に幸福に導くことができるのだから。
もちろんそんなことはそうはしないけれど。
人間には人間の力がある。
強大でもなければ必ずしも善とは限らないとても弱くて不安定な力だけれど、でもなかなかにしぶとくて簡単には失われないしなやかな力が――。
「だから人間って興味が尽きないのよね。そのためにも、この手鏡で集めたデータはきっと役に立つわ。となれば……」
女神は、もうすっかりメリルのことなど忘れた様子で懐からもうひとつの手鏡を取り出した。
「さ、もうひとりくらい被験者が必要よね。あの若者と対照的なデータという意味では、同じくらいの年頃の女の子なんてぴったりなんだけど。どこかに過去に戻りたがっている子は、いないかしら?」
そして女神は再び目を輝かせながら、次の被験者探しに夜に眠る町をきょろきょろと見渡すのだった。
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