女神が過去をやり直せる手鏡をくれたので、婚約解消された元婚約者に今度こそ愛を乞うことにした

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
18 / 24
3章

しおりを挟む



「大丈夫? ……足、くじいてない?」

 リフィの小さな手が、俺の手の中にある。
 あの時と一緒だ、と思った。はじめて別荘の庭で会ったあの時と。

 一瞬顔を上げたリフィと視線がからみ合い、言葉もなく見つめ合った。


 ああ、リフィがいる。本物のリフィだ。過去じゃなく、今この瞬間のリフィが――。

 それは泣き出したいくらいの喜びで、全身が震えそうなくらいだった。

「あっ……、ごめんなさい。私、よろけて……」

 リフィが慌てて抱きとめられたままの体勢を立て直し、体が離れた。

「けががないなら、良かった……」

 ふらついている様子もないし、足をくじいたりはしていなそうだ。そのことに安堵して、そっとリフィの様子をうかがう。

 果たして俺とほんの少しでも話をしてくれる気はあるだろうか。それとも――。

「……」
「……」

 二人の間に、きまずい沈黙が落ちる。

 もしかしたら、リフィは俺と話なんてしたくないのかもしれない。でも。

「あ……あの、リフィ。ちゃんと話もしないでこんなことになっちゃったからさ。少し話がしたいんだ……。どうかな?」

 祈るような気持ちで、リフィの返事を待った。

 少しの間を置いて、リフィはこくり、と小さくうなずいてくれた。

「ありがとう……! 嬉しいよ、すごく。で、あのちょっとここは人が多すぎるから、向こうの東屋で話そう」
「……うん」

 小さな肯定の声に、思わず口元が緩んだ。

 たったこれだけのことが、たまらなく嬉しかった。

 婚約している時は、リフィの声を聞けることも、こうして同じ空間に一緒にいられることも日常だと思っていた気がする。
 でも、そんなはずない。永遠に続く日常なんて、ありはしないんだ。


 東屋に向かう間、俺もリフィも一言も発しなかった。




 後ろを静かについてくるリフィは、ずっと足元を見つめていた。

 もしかしたら踵が高い靴のせいで、歩きにくいのかもしれない。なんていったってここは森で、足元は舗装もされていないんだし。

 また転んでしまわないように、ゆっくりと後ろの気配に意識を集中されて東屋まで歩く。
 本当は手を差し伸べて手をつないだほうがいいんだろうけど、今の俺とリフィは婚約者同士じゃないから、これが精一杯だ。

 東屋のある辺りは招待客もまばらで、話をするにはぴったりな場所だった。

「座ろうか……」

 こくりとうなずいて向かいの椅子に座ったリフィが、ふとテーブルの上に落ちた一枚の葉っぱをつまみ上げた。

「ミコノスの葉っぱ……」

 リフィが小さくつぶやいた。

 ふと見上げれば、もう花の盛りが終わったミコノスが、青々とした葉を茂らせていた。

 葉擦れの音が心地いい。

 今ミコノスの花がもし満開だったら、あの時と同じだったのに。あの日と同じようにミコノスの花の中で穏やかに微笑むリフィの姿を、もう一度見たい。
 そんなことを思った。

「リフィ……。君にどうしても伝えたいことがあるんだ。聞いてもらっていいかな?」

 意を決して口を開いた。

 もうこの手の中には、過去をやり直せる魔法の手鏡もないけれど。
 きっとこれが、リフィとちゃんと向き合える最後のチャンスだと思うけど。

 今この瞬間を無駄にするわけにはいかないんだ。どうしても今伝えないと、きっと死んでも死にきれない。

 だから。

「まずはあやまらせて欲しい。今まですぐにこうして会って話をしにこなくてごめん。ちゃんと君と話をするべきだったのに、本当にごめん」

 テーブルに頭をすりつけるように、頭を下げる。

 リフィからは何の反応もない。

「それから……、婚約中もちゃんとしたデートにも誘わなくて、まともに会話も上手にできなくてごめん。君といると俺余裕がなくていっぱいいっぱいで、自分のことしか見えてなくて。だめな婚約者で、本当にごめん」

 そっとリフィの様子をうかがうと、リフィは困ったように眉尻を下げて目に涙をいっぱいためていた。
 その涙に、リフィの今まで抱え込んでいた不安が表れているような気がして胸が痛い。

 俺はすうっと大きく息をのみこみ、一番伝えなきゃいけないことを口にした。

「それと、これは君に一番言わなくちゃいけないことなんだけど……。俺は……」

 緊張と不安でごくり、と喉が鳴る。

 でもそれを跳ねのけて、口を開いた。

「俺は、リフィのことが好きだ。初めて会った時から、ずっと好きだし今も大好きなんだ。好きすぎて、五年たっても顔もまともに見られないし、話もうまくできなくて。でも――」

 心臓が壊れそうなくらい、ドキドキと跳ね上がった。

 本音を言えば、今にも吐きそうだ。手も震えているし、顔だって真っ赤に違いない。でもここまで来てカッコ悪いとか情けないなんて言っていられない。

「でも、好きなんだ。君のことが好きで、どうしてもあきらめられない。どうしても……俺は君にそばにいてほしいんだ!」

 東屋の中に、自分の声が響いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。 涙を流して見せた彼女だったが── 内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。 実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。 エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。 そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。 彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、 **「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。 「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」 利害一致の契約婚が始まった……はずが、 有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、 気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。 ――白い結婚、どこへ? 「君が笑ってくれるなら、それでいい」 不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。 一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。 婚約破棄ざまぁから始まる、 天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー! ---

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...