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3章
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しおりを挟む「大丈夫? ……足、くじいてない?」
リフィの小さな手が、俺の手の中にある。
あの時と一緒だ、と思った。はじめて別荘の庭で会ったあの時と。
一瞬顔を上げたリフィと視線がからみ合い、言葉もなく見つめ合った。
ああ、リフィがいる。本物のリフィだ。過去じゃなく、今この瞬間のリフィが――。
それは泣き出したいくらいの喜びで、全身が震えそうなくらいだった。
「あっ……、ごめんなさい。私、よろけて……」
リフィが慌てて抱きとめられたままの体勢を立て直し、体が離れた。
「けががないなら、良かった……」
ふらついている様子もないし、足をくじいたりはしていなそうだ。そのことに安堵して、そっとリフィの様子をうかがう。
果たして俺とほんの少しでも話をしてくれる気はあるだろうか。それとも――。
「……」
「……」
二人の間に、きまずい沈黙が落ちる。
もしかしたら、リフィは俺と話なんてしたくないのかもしれない。でも。
「あ……あの、リフィ。ちゃんと話もしないでこんなことになっちゃったからさ。少し話がしたいんだ……。どうかな?」
祈るような気持ちで、リフィの返事を待った。
少しの間を置いて、リフィはこくり、と小さくうなずいてくれた。
「ありがとう……! 嬉しいよ、すごく。で、あのちょっとここは人が多すぎるから、向こうの東屋で話そう」
「……うん」
小さな肯定の声に、思わず口元が緩んだ。
たったこれだけのことが、たまらなく嬉しかった。
婚約している時は、リフィの声を聞けることも、こうして同じ空間に一緒にいられることも日常だと思っていた気がする。
でも、そんなはずない。永遠に続く日常なんて、ありはしないんだ。
東屋に向かう間、俺もリフィも一言も発しなかった。
後ろを静かについてくるリフィは、ずっと足元を見つめていた。
もしかしたら踵が高い靴のせいで、歩きにくいのかもしれない。なんていったってここは森で、足元は舗装もされていないんだし。
また転んでしまわないように、ゆっくりと後ろの気配に意識を集中されて東屋まで歩く。
本当は手を差し伸べて手をつないだほうがいいんだろうけど、今の俺とリフィは婚約者同士じゃないから、これが精一杯だ。
東屋のある辺りは招待客もまばらで、話をするにはぴったりな場所だった。
「座ろうか……」
こくりとうなずいて向かいの椅子に座ったリフィが、ふとテーブルの上に落ちた一枚の葉っぱをつまみ上げた。
「ミコノスの葉っぱ……」
リフィが小さくつぶやいた。
ふと見上げれば、もう花の盛りが終わったミコノスが、青々とした葉を茂らせていた。
葉擦れの音が心地いい。
今ミコノスの花がもし満開だったら、あの時と同じだったのに。あの日と同じようにミコノスの花の中で穏やかに微笑むリフィの姿を、もう一度見たい。
そんなことを思った。
「リフィ……。君にどうしても伝えたいことがあるんだ。聞いてもらっていいかな?」
意を決して口を開いた。
もうこの手の中には、過去をやり直せる魔法の手鏡もないけれど。
きっとこれが、リフィとちゃんと向き合える最後のチャンスだと思うけど。
今この瞬間を無駄にするわけにはいかないんだ。どうしても今伝えないと、きっと死んでも死にきれない。
だから。
「まずはあやまらせて欲しい。今まですぐにこうして会って話をしにこなくてごめん。ちゃんと君と話をするべきだったのに、本当にごめん」
テーブルに頭をすりつけるように、頭を下げる。
リフィからは何の反応もない。
「それから……、婚約中もちゃんとしたデートにも誘わなくて、まともに会話も上手にできなくてごめん。君といると俺余裕がなくていっぱいいっぱいで、自分のことしか見えてなくて。だめな婚約者で、本当にごめん」
そっとリフィの様子をうかがうと、リフィは困ったように眉尻を下げて目に涙をいっぱいためていた。
その涙に、リフィの今まで抱え込んでいた不安が表れているような気がして胸が痛い。
俺はすうっと大きく息をのみこみ、一番伝えなきゃいけないことを口にした。
「それと、これは君に一番言わなくちゃいけないことなんだけど……。俺は……」
緊張と不安でごくり、と喉が鳴る。
でもそれを跳ねのけて、口を開いた。
「俺は、リフィのことが好きだ。初めて会った時から、ずっと好きだし今も大好きなんだ。好きすぎて、五年たっても顔もまともに見られないし、話もうまくできなくて。でも――」
心臓が壊れそうなくらい、ドキドキと跳ね上がった。
本音を言えば、今にも吐きそうだ。手も震えているし、顔だって真っ赤に違いない。でもここまで来てカッコ悪いとか情けないなんて言っていられない。
「でも、好きなんだ。君のことが好きで、どうしてもあきらめられない。どうしても……俺は君にそばにいてほしいんだ!」
東屋の中に、自分の声が響いた。
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