16 / 29
16
しおりを挟む『後悔』という文字は『後に悔いる』と書くんだったなと本当にどうでもいいことが脳裏によぎった。
きっと無意識に現実逃避をしたのだろう。そんなことしたってこの状況は変わることないのに。
大体、わたしはなんでいつも学習しないのだろう。感情のまま発言してしまえば、確かにその時はスッキリするけれど、その後が大変だ。分かっているのに、やらかしてしまうわたしは学習機能のない大馬鹿だ。
現に今だってわたしの発言のせいで、室内の温度が心なしか三度程下がった気がする。恐る恐る冷気の発生源を見上げれば、感情を削ぎ落とした顔でこちらを見ていた。
「……ひっ!」
あまりの迫力にそのまま一歩下がるが、背後は壁だ。自分から逃げ道を狭めてしまう結果となる。あまりの悪手に歯噛みしたくなったけれど、それよりも早く彼はわたしの元まで歩みより、壁に手をついた。いわゆる壁ドンである。
(近い。近すぎるっ。イケメンは自分の顔が凶器にもなりえることを自覚するべきだわ)
顔が整っているからこそ怒っている顔が余計に迫力がある。きっとわたしが同じように怒ってみせても多分彼のように怖くないだろう。背筋に冷たい汗が流れ、どうすればいいかわからなくてまごついてしまう。
「ねぇ、一花。さっきまでは威勢が良かったのに、どうして今はそんなに怯えているの?」
「怯えてなんか……」
わたしのついた分かりやすい嘘に彼は鼻で嗤った。
「こんなに手が震えているのに、身体が俺を拒絶しているのに、俺に怯えていないというのか?」
それは百戦錬磨の彼と違って異性に触れられることを慣れていないからだ。完璧なる誤解なのに、ぎりっと手首が折れるのかと思う程、無遠慮に掴まれると痛みで生理的な涙が溢れそうになる。
力で屈服されるなんて嫌だ。泣きそうになっている顔なんて見られたくない。
俯いてやり過ごそうとしているのに彼はわたしの顎を掴み、強制的に顔を覗き込んでくる。
(デリカシーっていうものがないの)
それとも彼の周りに居た女の子達は彼のやることなすこと全て受け入れていたのだろうか。わたしだったら嫌だ。男と女では力の強さが全然違う。それなのに力で屈服させようとするなんて卑怯でしかない。
そんな相手に弱っているところを見せたくなくて思い切り睨んでやると不思議なことに少しだけ、ほんの少しだけ、握り込まれた手の力が緩んだ気がしたが再度同じ強さで握りしめられる。
「離れて」
「なんで? 俺達恋人なんだから良いじゃない」
「わたしは別れるって言ったはずよ」
「俺は認めていない」
「じゃあ勝手に別れるっ!」
「別れるわけないだろ!!」
堂々巡りをしている間に隙をみて腹いせがてらに彼の脛を蹴ろうとしたら、互いの足を絡ませられてしまう。お互いの吐息すらも感じられる距離なのに、攻防戦に徹しているせいで色気もなにもあったものじゃない。
恋人の絡みというより組み手をしているというのが正しいかもしれない――純粋な力の競り合いで興奮してしまったわたしはまた余計なことを口走ってしまう。
「そもそもわたしのどこが好きなの?」
怒鳴りつけるように捲くし立てれば、意外なことに彼は突然ふいっと顔を逸らせる。状況が違うだけで恋人同士だったらよくある質問だと思うのになにが彼を動揺させたというのか。不思議に思って彼の顔を無理矢理覗き込めば、何故だか距離を置かれた。
(え、なになになに? わたしまた無意識の内に蓮くんの地雷踏んだの?)
それは困る。自分の身が心配になってにじり寄ろうとしたが、彼はさらにわたしから距離をとり、よろよろと下がっていく。そしてついには顔を見せることなく、無言のまま保健室から飛び出ていった。
「なんなの……」
呆然と呟くわたしに答えてくれる人はもう居なかった。
けれどわたしの見間違いではなければ、彼の耳は確かに赤く染まっていた。
5
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる