隠れ御曹司の恋愛事情

秋月朔夕

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 あれからニ週間が経ったというのに、彼に謝ることができていない。


 というのも出張に行っていた京都の営業所で、新入社員の営業員と顧客の間にトラブルが起きてしまったからだ。本来であれば自社のトラブルは自社で解決しなければならない。だけれど今回の場合、桐山くんが掛け渡しした顧客だったために顧客が桐山くんを指名してきたのだ。

 もともと桐山くんは自分の後任に京都営業所の課長を後任に指名していた。それなのに課長は若い子にも経験が必要だろうと碌なフォローもせずに任せきりにしてしまって、圧倒的な経験不足からさまざまな失敗が重なり、とうとう顧客を怒らせた。


 そのことを上司である課長に叱責されるのが嫌でわざと『ほう・れん・そう』もしなかったらしく、顧客から課長に連絡がきた頃には契約を打ち切ると宣告され、最後に後任を指名した桐山くんにどうしてこんなことになったか話が聞きたいと言われ、急遽京都まで戻ることになった。

(桐山くん大丈夫かな?)

 いつもであれば彼の依頼する見積や発注手配、伝票発行、書類作成がわたしの主な仕事になっていた。けれど今回は対応に追われているためか連絡も来ていない。だから桐山くんに関する分は普段の半分程度となっていた。

 時間が空いたことで他の人の仕事を手伝ったり、今後の作業が楽になるように普段使うデータを纏めて書類を作っていた。
 部長から聞くところによると契約は打ち切られることはなかったので、今日にでも帰ってくると言っていたが、ここまで連絡がないのは初めてなのでどうにも心配になる。


(それに結局謝ってない……)

 最後に見た彼の小さくなった背中がやけに目に焼き付いている。
 今更わたしの謝罪なんか蒸し返すようで余計に彼のプライドを傷付けるかもしれない。だけどそれでも知らんぷりなんか出来ない――彼が帰ってきたらきっちりと謝りたかった。
 


***



 彼と話す機会は思いの外、早いものとなった。
 データを纏めるために資料室に行こうと廊下を歩いていたところに、突然会議室に引き摺り込まれ、驚いて相手を確認すれば桐山くんが、わたしの手を掴んだまま立っていたのだ。


「桐山くん」
「すみません、突然」

 彼の手がやけに熱い。
 それに髪やスーツはきちんと手入れされているけれど、クマがひどくて、顔色も悪くて疲労が滲み出ている。こんな彼の様子を見たのは初めてで、それだけでも色々あったのだと推測できる。


「わたしは大丈夫だけど……それより桐山くんの顔色が悪いよ? 今日くらいゆっくり休んでも良かったんじゃないの?」
「ご心配ありがとうございます。さすがに今日は疲れているので部長にことの次第を報告してから有給を消化しようかと……」


 わざわざ出社するのはいかにも彼らしい。だけど、それならわたしに用なんかないはずだ。まじまじと掴まれたままの腕を見つめても微動だにしない彼になんとなく指摘しにくい。せっかく彼と会えたのなら、何気ない会話をした後に、この前のことを謝ろうとした。

「桐山くんなら沢山有給余ってそうね」
「人事からは有給を消化しろ、と言われているんですが、なんとなく休めないだけですよ。花咲さんこそあんまり有給使ってないんじゃないですか?」
「わたしもあんまりっ……」

 会話の途中でずるずると、もたれ掛かるように彼がわたしに抱きしめる。
 彼らしくない行動に驚いて咄嗟に彼の胸を押せば、あっさりと彼の腕から解放される。


「桐山くん?」

 けれどそのまま床にしゃがみ込む彼に、もしかしてと思い彼のおでこに手を当てればひどく熱い。

「今、人を呼んでくるから!」


 わたし一人では意識を失いかけている成人男性を運ぶことはできない。何人か呼んで対応して貰おうと身を翻そうとすれば、彼はわたしに手を伸ばして再び抱きしめた。


「花咲さん。なんで、見合いなんてするんですか?」

 こちらに訴えるような痛切な声に心臓が跳ね上がる。こんな声を出されたら彼がわたしを想っているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

「桐山くん」
「僕は、ずっと、貴女を……」

 そのタイミングで桐山くんの電話が鳴る。彼はスマホを見て、眉間の皺を深くさせて、忌々しそうに舌打ちした。

(……え。桐山くんが舌打ち?)

 礼儀正しい彼がそんな態度をとるのを見るのは初めてだ。

 驚いて目を丸くするわたしに彼は「しまった」といわんばかりに顔を顰める。そして、小さく謝ったかと思うと、そのまま部屋を出る。


 取り残されたわたしは呆然とそこに立っていた。


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