光と瘴気の境界で

天気

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王都

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魔力塔を出たあとの、はるの様子は――
一見すれば落ち着いているようで、どこか“綱渡り”のようだった。

魔力波形は致命的な乱れではない。
だが、アルバートが一歩でも距離を取れば、わずかに揺らぐ。

「……依存、というより“共鳴”だな」

ミエルが波形計を見つめながら低く呟く。

「アルバートの魔力が、はるの基準点になっている」

「それも、かなり深いところでだ」

セナは苦々しく眉を寄せた。

はる本人は、椅子に腰掛けたまま、少しぼんやりと前を見つめている。
意識はある。問いかけにも答えられる。
だが、視線はどこか定まらず、額にはうっすら汗が滲んでいた。

「……はる、気分は?」

「……大丈夫、……ただ……ちょっと、熱い……」

指先は冷たいのに、内側から熱がこもっている。
魔力を消費した反動――典型的な症状だった。

「今日は、完全に終了だ」

セナはきっぱりと告げる。

「これ以上は危険だ。魔力を消耗してる。部屋へ戻るぞ」

アルバートは何も言わずに頷き、はるの前に屈むと、
そっと体を抱き上げた。
はるは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、抵抗はしない。

「……すみません……」

「謝るな」

短く、静かな声。

そのまま、アルバートははるを抱え、客室へと戻っていった。



夜。

熱は、さらに上がった。

はるは寝台の上で、浅い呼吸を繰り返している。
頬は赤く、額は熱を帯び、時折うなされるように眉を寄せた。

「……いや……だ……」

か細い声。

セナが濡れ布を替え、波形を確認する。

「熱、上がってきたな。……魔力の流れも、さっきより不安定になっている」

「……夢を見ているのか?」



『……また、来たね』

闇の中で、黒の声が囁いた。

『きみは、触れた。
 “こちら側”に』

はるの指が、きゅっとシーツを掴む。

「……アル……バート……」

いつもなら――
手を握り、頭を撫でれば、呼吸はすぐに落ち着く。

だが今夜は違った。

アルバートが手を握っても、撫でても、
はるの魔力は細かく揺れ続け、呼吸も乱れたまま。

「……っ」

アルバートは一瞬、歯を食いしばる。

(……足りない、か)

次の瞬間、彼は外套を外し、静かに寝台へ腰を下ろした。

「……失礼する」

そう言って、はるの隣へ横になる。

そして――
抑えていた魔力を、ゆっくりと解放した。

荒々しくならないよう、極限まで制御しながら。
ただ、“そこに在る”と示すように。

澄んだ魔力が、はるを包む。

「……大丈夫だ」

低く、囁くような声。

「ここにいる」

闇の中で――
はるは、確かにその存在を感じた。

『……邪魔だな』

黒の声が、不快そうに遠ざかる。

魔力の揺れが、徐々に静まっていく。

やがて、はるの呼吸が整い――
うっすらと、目が開いた。

ぼんやりとした視線が、アルバートを捉える。

「……あ……」

力の抜けた声。

はるは、無意識のまま、アルバートの胸元へ擦り寄った。

その温もりを確かめるように、額を押し当て、
小さく、安心したような息を吐く。

「……い、る……」

そして――
そのまま、深い眠りへ落ちていった。

アルバートは、腕を回し、はるを抱き留めたまま動かない。

魔力を絶やさぬよう、静かに流し続けながら、
眠るはるの表情を、ただ見守る。

(……守る)

それだけを、胸に刻みながら。

夜は更け、
王城の客室には、二人分の静かな呼吸だけが残っていた。







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