13 / 28
朝陽の過去 *シリアス
朝陽が「我儘」を覚える前に、
「我慢」を覚えてしまったのは、きっと小学生になるよりも前だった。
夕方の薄暗い部屋。
カーテンは閉め切られ、空気は甘ったるい香水と煙草の匂いが混じっている。
玄関の鍵が閉まる音と、女の笑い声。
母の声が、知らない男の声と絡むように響く。
「ねえ、琉璃。今日も綺麗だな」
「もう、やだぁ」
朝陽は部屋の奥、冷暖房のない小さな空間で、膝を抱えて座っていた。
襖一枚で仕切られているだけの部屋は、音を遮るにはあまりに薄い。
——静かにしなきゃ。
そう思って、息を殺す。
床に敷いた毛布は薄く、冬は寒く、夏はじっとりと湿っていた。
母、琉璃は水商売をしていた。
昼間には別の男が家にいて、夜になるとまた違う男が来る。
朝陽にとって、家にいる男性の顔を覚える意味はなかった。
どうせ、すぐにいなくなる。
「この子がいなきゃ、もっと稼げてただろうに」
「子持ちかぁ……」
その言葉が、襖越しに、はっきりと聞こえる。
意味は、完全には分からなかった。
けれど、胸がぎゅっと締め付けられる感覚だけは、はっきりと覚えている。
——ぼくが、いるから。
母が大変なのは、自分のせいだ。
幼い朝陽は、そう理解した。
だから、なるべく目立たないようにした。
泣かない。
欲しがらない。
音を立てない。
学校から帰ると、机の上に少しだけ置かれたお金を見つける。
それで食材を買い、洗濯をし、掃除をした。
何年着ているか分からないTシャツ。
色あせたズボン。
穴が空いても、縫えばいい。
——まだ、使える。
そう言い聞かせていた。
母は朝陽に向かって「いなければよかった」なんて、直接は言わなかった。
けれど、「自分でできるでしょ?」という言葉が、何度も繰り返された。
自分でできる。
できなければ、価値がない。
朝陽の中で、そんな式がいつの間にか出来上がっていた。
⸻
中学一年生の春。
母が、一人の男を連れてきた。
「この人と、結婚することになったの」
その男の名は、元(はじめ)。
会社員で、穏やかな目をしていた。
すぐに引っ越しが決まり、三人での生活が始まった。
母は水商売を辞め、コールセンターで働き始めた。
元は朝、朝陽と同じ時間に家を出て、途中まで同じ道を歩く。
それだけのことが、朝陽には新鮮だった。
——家族、みたいだ。
困惑しながらも、胸の奥が少しだけ温かくなる。
テストで八十点を取ったとき、元は目を細めて言った。
「すごいじゃないか」
その一言が、嬉しくてたまらなかった。
もっと頑張ろう、と思った。
掃除も、洗濯も、料理も、勉強も。
料理の腕は壊滅的だった。
食べられなくはないけれど、微妙な味。
それでも朝陽が台所に立つと、元は止めなかった。
代わりに、週末に作り置きをしてくれるようになった。
「朝陽は勉強、頑張ってるからな」
そう言ってくれる声が、誇らしかった。
半年ほど経った頃。
期末テストで、朝陽は学年一位になった。
元は、自分のことのように喜んだ。
「すごいな。何か、ご褒美をあげないとな」
その言葉に、胸が高鳴る。
「偉いな。何か、お父さんにして欲しいことはあるか?」
その問いに、朝陽は少し迷ってから、口を開いた。
「……一緒に、料理をしたいです」
元は驚いたように目を見開き、それから笑った。
「そんなことでいいのか」
「はい」
「いいぞ。週末に時間を取ろう」
その約束が、嬉しくて嬉しくて。
朝陽は、久しぶりに「楽しみ」を抱えた。
⸻
週末。
キッチンに並んで立つ。
オムライスの作り方を教わりながら、卵を混ぜる。
フライパンから立ち上る匂い。
「上手だぞ」
そう言われた瞬間だった。
「――あんたなんか、いなければよかったのに!!」
鋭い叫び声。
振り返ると、母・琉璃が立っていた。
目を吊り上げ、今にも手を上げそうな勢い。
あなたにおすすめの小説
光と瘴気の境界で
天気
BL
黒髪黒眼の少年・はるは、ある日下校途中にトラックに轢かれると、瘴気に侵された森で倒れていた。
彼を救ったのは、第二騎士団長であるアルバート。
目を覚ましたはるは、魔法や魔物も瘴気も知らず…
アルバートの身に危険が迫ったその瞬間、
彼の中で眠っていた“異質な力”が覚醒する。
古来より黒目黒髪は“救世主の色”であり、膨大な力を持っているとされている。
魔物と瘴気で侵されているエクリシア王国の国王ははるの存在を知るとその力を彼の体が壊れようとも思うがままに使おうとする。
ーー動き始めた運命は、やがて大いなる伝承の核心へと迫って行く。
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
風に立つライオン
壱(いち)
BL
BL非王道全寮制学園の生徒会役員の主人公。王道転入生によって学校内の秩序や生徒会の役割だとかが崩壊した。金、地位、名誉、名声、権力、全てを手にしている者になったつもりでいたのは誰だったのか。
王道を脇役に主人公は以前出会った生徒会長の父との再会、恋人だった義父の病んでそうなカンジに眩暈がしそうだった。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。