声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気

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冷たい風が、石壁を叩きつけるように吹きつけていた。

レグナリア王国最北――フロスト辺境、ヴァルクレスト要塞。

雪と氷に閉ざされたこの地で、生き延びること自体が選ばれた者にしか許されない。

その最前線に立つ男、
カイゼル・フォン・ヴァルクレストは、書状を一瞥すると、無造作に机へと放り投げた。

「……またか」

淡々とした声には、わずかな苛立ちが滲んでいる。

副官が言葉を選ぶように口を開いた。

「はい。南方の伯爵家より、ご令嬢との縁談の打診が――」

「断れ」

即答だった。

「ですが……既に三度目でして」

「何度でも同じだ」

興味すらない、と言わんばかりの声音。
副官は小さく息をついた。

――王族の血を引く侯爵。
――魔物の大侵攻を単騎で食い止めた英雄。

その名声が、余計なものばかり引き寄せる。

(くだらん)

カイゼルは窓の外へ視線を向けた。

吹き荒れる白。
視界を奪う雪嵐。

この地で一夜を越えられる人間など、ほんの一握りだ。

それでも、南の温室で育った貴族たちは理解しない。

“ヴァルクレスト侯爵と婚姻できる”という一点だけで、
この地に足を踏み入れようとする。

――そして、死にかける。

「……先日の件は」

副官が、やや疲れた声で続けた。

「はい。例の令嬢ですが……道中で遭難しかけまして」

「生きているのか」

「ええ、かろうじて。兵を出して回収しました」

「……無駄な労力だ」

吐き捨てるように言う。

救わなければ死ぬ。
だが、救えばまた同じことが繰り返される。

その繰り返しに、カイゼルは心底うんざりしていた。

「今後、同様の打診は――」

「すべて断れ。例外は不要だ」

「承知いたしました」

副官が一礼し、書類をまとめようとした、その時。

「……ただ」

カイゼルが、ふと口を開く。

「婚約破棄、だったな」

「……はい?」

副官が顔を上げる。

「さきほどの報告書だ。今回の件とは別に……」

机の端に積まれていた書類を指で叩く。

「アルヴェイン家の令息。名は……エアリス」

副官はすぐに思い出した。

「ああ……はい。確かに。婚約破棄されたと」

「この国で、か」

「ええ……かなり珍しいかと」

レグナリア王国において、婚約はほぼ絶対だ。
政治と家同士の結びつきの象徴であり、それを破棄するなど、よほどの理由がなければ起こらない。

「……家族からも切り捨てられたようで」

「当然だろう」

淡々と返す。

婚約を破棄された者は、家にとって“価値のない存在”になる。
それはこの国の常識だった。

「処遇としては……どこかへ厄介払い、かと」

「だろうな」

そこまで言って、カイゼルは一度、思考を止めた。

(……どうでもいい)

本来なら、それで終わる話だった。

誰がどうなろうと関係ない。
この地に来る者は、すべて自己責任だ。

「――婚約を打診する」

「……はい?」

副官の声が、珍しく裏返った。

「いま、何と――」

「アルヴェイン家に書状を送れ」

カイゼルはすでに次の書類に目を落としている。

「その令息に、婚約を申し込む」

「しょ、少々お待ちください!なぜそのような――」

「理由が必要か?」

冷ややかな視線が向けられる。

副官は言葉に詰まった。

(必要、だろう……普通は)

だが、この男に“普通”は通じない。

「……どうせ誰でも同じだ」

カイゼルは興味なさげに言い放つ。

「断られても構わん。受け入れられても関わる気はない」

あまりにも投げやりな言葉だった。

「書状だけ送れ」

「……承知、いたしました」

副官は戸惑いを隠しきれないまま、一礼した。




それから数日後。

要塞の門前に、一台の馬車が現れた。

「……またか」

見張りの兵が顔をしかめる。

豪華な装飾もない、簡素な馬車。
しかし、この地に来る時点で、まともな判断力を持っているとは言い難い。

「止まれ!ここはヴァルクレスト要塞だ!」

兵が声を張ると、御者が慌てた様子で手綱を引いた。

「お、お待ちください!我々は――」

震える声で差し出されたのは、一通の書状。

封蝋に刻まれた紋章を見て、兵の表情が変わる。

「……侯爵様宛だ」

すぐさま内部へと通達が走る。

やがて門が開き、馬車はゆっくりと要塞の中へと進んだ。




報告を受けたカイゼルは、わずかに眉をひそめた。

「……来たのか」

「はい。アルヴェイン家よりの返書と共に……」

副官は一拍置いてから続ける。

「その……ご本人が」

「…………は?」

今度は、カイゼルが沈黙した。

「婚約を、受け入れるとのことで……」

「……そうか」

短く、それだけを返す。

興味はない。
関わるつもりもない。

「お通ししますか?」

「……ああ」

わずかに間を置いて、カイゼルは頷く。

「確認だけはしておく」







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